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第6話
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出来上がった肉じゃがは、大分不格好だった。明らかにじゃがいもが小さすぎる。肉じゃがというよりほぼ肉。強いて言うなら肉にんじん。篠崎は某有名料理サイトを見ながら四苦八苦する俺の周りを、ニヤニヤしながらうろちょろするばかりで、一切手伝ってくれなかった。絶対自分だって出来ないくせに、こいつ。
「一応出来たぞ」
出来上がった物をこの家で1番大きな皿に盛り付けて持っていくと、既に茶碗にご飯が盛りつけられていた。......気が利くじゃないか。
「純君、俺のわがまま聞いてくれてありがとね」
「......別に。弱み握られてるし」
可愛い。上目遣いでこんなこと言われたら、さっきまでの不平不満もたちまち消えていく。くそ、頑張ってよかったとか思っちまった。
「ふーん。じゃあ裸エプロンとか条件付けとけばよかったな」
「勘弁してくれ」
篠崎が言うと冗談に聞こえない。まさか冗談だよな。冗談であれ。
2人で向かいあい、声を揃えて「いただきます」を言うのは、何だか小っ恥ずかしかったが悪い気はしない。
「じゃがいもちっちゃいね」
「だからスーパーの惣菜買えばよかったのに」
いたずらっぽく言う篠崎に、つい大人気なく返してしまう。そんな俺に構うことなく、篠崎はご機嫌で肉じゃがを口に運んだ。......どうだろうか。やはり自分で作った料理を食べてもらうというのは、ドキドキしてしまう。反応を伺っていると、それに気づいた篠崎が俺の目を見て微笑んだ。
「超美味い」
「良かった......」
ほっと胸を撫で下ろす。満足してもらえたみたいで良かった。
「嬉しそうだね純君」
「うるさい。黙って食え」
篠崎が美味しそうに食べてくれる様子を見ていると、つい口角が上がってしまう。なんとかそれを抑えようとしていると、目の前に箸でつままれたじゃがいもが差し出された。
「ほら純君も食べなよ、あーん」
「い、いや、自分で食べるから」
「飼い主命令だよ。はい口開けて」
都合よく使いやがって......!しかし飼い主命令なので、仕方なく口を開く。そうして口にした初めて作った肉じゃがは、思っていたより美味しかった。でも今はそれどころじゃない。こんなシチュエーションが本当に現実にあるなんて24年間生きてきて思いもしなかった。それも自分相手に。かなり、恥ずかしい。
「純君顔真っ赤」
「......お前のせいだ」
後片付けを終えて一息ついていると、篠崎が俺のスマホを持ってきた。
「純君のパスワード何?」
こんなド直球に聞くヤツがあるか。プライバシー......いや俺にそれを言う資格は無かった。
「......051555」
「お、開いた。じゃあ連絡先交換しとくね」
「......うん」
それ俺がやれば良くなかったか?パスワード聞く必要無くない?別に隠すことも無いからいいけどさ。拒否権無いし。
それからしばらくして、スマホを返された。
「連絡したら最優先で返してね」
「分かったよ」
彼女か。でもそれに嬉しいと思ってしまう俺もつくづく単純だと思う。
「じゃあ今日は課題あるから帰るね」
「そっか。頑張れよ」
そうだよな、大学生だもんな。仕方がないのだが、思っていたより帰るのが早くて少し寂しい。いや何を恋人面しているんだ。大体帰るっていったって隣だし。
「俺が帰るの寂しい?」
また、分かってて聞いている。思い通りになるのは癪だけれど、質問には答えないといけない。
「ちょっとだけ」
「あはは、可愛いね純君。俺も寂しいよ」
そう言って篠崎は、俺を抱きしめた。突然の事で、身体が硬直する。篠崎の温もりと匂いに包まれて、頭がいっぱいになる。
「な、にして......」
「お土産。また連絡するね」
俺の方は放心状態だったが、篠崎はしっかりとした足取りで、鍵までかけて家を出ていった。俺の方はというと、情けなくへなへなとその場に座り込む。年下にしてやられて悔しいような、でもその何倍も満たされてしまって。幸せだと感じてしまって。1人になった部屋で、急にこの生活が失われるのが怖くなった。ふと、スマホから受信音が鳴る。慌てて開くと、それは篠崎からだった。「おやすみ」の文字と共に、可愛らしい絵文字。今の子はこんなスタンプ使うのか。こちらからも「おやすみ」と返すと、すぐに既読がついた。つい、スクリーンショットを撮ってしまう。少なくとも篠崎との繋がりは、まだここにある。この幸せは失われていない。酷く安心すると共に、確実に、着実に、どんどん自分が戻れない深みへと沈みこんでいくのを感じる。篠崎蓮という男の、底無しの沼に。
もうしない、と決めた晩から1週間ほど経過しただろうか。自分の意思は守り通せている。とはいえ、昔は全然平気だったのに、今はかなり苦しい。全部あの男のせいだ。俺の身体がこんなになってしまったのも、全部全部。今日もまた、無理やり床に就く。あれから篠崎は忙しいらしく、会えていない。そんなに月日が経過した訳でもないのに、会いたくて会いたくて、馬鹿みたいに毎日篠崎のことばかり考えている。俺はこの男に恋焦がれたまま死んでいくのかもしれない。ああ、それでもいい。それでもいいから神様。願わくば、彼と繋がっていられるこの日々が、少しでも長く続いていきますように。眠りにつこうとした、その時。受信音が鳴り、光に慣れない目を無理に開きながらメッセージを確認した。篠崎からである。今何時だと思ってるんだ、全く。何時にきたって慌てて開いてしまう俺も俺だが。内容は、「明後日休みなら、水族館行かない?」といったものだった。明後日は奇跡的に休みだった。すぐに「行く」と返す。メッセージが来たのが1人の時で良かった。この気持ち悪いニヤケ面を誰かに見られなくて済む。篠崎に会う予定が出来た。それだけで、俺の世界はこんなにも希望に満ちる。憂鬱な明日も、約束の日までのカウントダウンが進むと思えば、なんてことはない。
「楽しみ......だな」
呟きは、誰に聞かれることも無く、部屋の闇に熔けていった。
「一応出来たぞ」
出来上がった物をこの家で1番大きな皿に盛り付けて持っていくと、既に茶碗にご飯が盛りつけられていた。......気が利くじゃないか。
「純君、俺のわがまま聞いてくれてありがとね」
「......別に。弱み握られてるし」
可愛い。上目遣いでこんなこと言われたら、さっきまでの不平不満もたちまち消えていく。くそ、頑張ってよかったとか思っちまった。
「ふーん。じゃあ裸エプロンとか条件付けとけばよかったな」
「勘弁してくれ」
篠崎が言うと冗談に聞こえない。まさか冗談だよな。冗談であれ。
2人で向かいあい、声を揃えて「いただきます」を言うのは、何だか小っ恥ずかしかったが悪い気はしない。
「じゃがいもちっちゃいね」
「だからスーパーの惣菜買えばよかったのに」
いたずらっぽく言う篠崎に、つい大人気なく返してしまう。そんな俺に構うことなく、篠崎はご機嫌で肉じゃがを口に運んだ。......どうだろうか。やはり自分で作った料理を食べてもらうというのは、ドキドキしてしまう。反応を伺っていると、それに気づいた篠崎が俺の目を見て微笑んだ。
「超美味い」
「良かった......」
ほっと胸を撫で下ろす。満足してもらえたみたいで良かった。
「嬉しそうだね純君」
「うるさい。黙って食え」
篠崎が美味しそうに食べてくれる様子を見ていると、つい口角が上がってしまう。なんとかそれを抑えようとしていると、目の前に箸でつままれたじゃがいもが差し出された。
「ほら純君も食べなよ、あーん」
「い、いや、自分で食べるから」
「飼い主命令だよ。はい口開けて」
都合よく使いやがって......!しかし飼い主命令なので、仕方なく口を開く。そうして口にした初めて作った肉じゃがは、思っていたより美味しかった。でも今はそれどころじゃない。こんなシチュエーションが本当に現実にあるなんて24年間生きてきて思いもしなかった。それも自分相手に。かなり、恥ずかしい。
「純君顔真っ赤」
「......お前のせいだ」
後片付けを終えて一息ついていると、篠崎が俺のスマホを持ってきた。
「純君のパスワード何?」
こんなド直球に聞くヤツがあるか。プライバシー......いや俺にそれを言う資格は無かった。
「......051555」
「お、開いた。じゃあ連絡先交換しとくね」
「......うん」
それ俺がやれば良くなかったか?パスワード聞く必要無くない?別に隠すことも無いからいいけどさ。拒否権無いし。
それからしばらくして、スマホを返された。
「連絡したら最優先で返してね」
「分かったよ」
彼女か。でもそれに嬉しいと思ってしまう俺もつくづく単純だと思う。
「じゃあ今日は課題あるから帰るね」
「そっか。頑張れよ」
そうだよな、大学生だもんな。仕方がないのだが、思っていたより帰るのが早くて少し寂しい。いや何を恋人面しているんだ。大体帰るっていったって隣だし。
「俺が帰るの寂しい?」
また、分かってて聞いている。思い通りになるのは癪だけれど、質問には答えないといけない。
「ちょっとだけ」
「あはは、可愛いね純君。俺も寂しいよ」
そう言って篠崎は、俺を抱きしめた。突然の事で、身体が硬直する。篠崎の温もりと匂いに包まれて、頭がいっぱいになる。
「な、にして......」
「お土産。また連絡するね」
俺の方は放心状態だったが、篠崎はしっかりとした足取りで、鍵までかけて家を出ていった。俺の方はというと、情けなくへなへなとその場に座り込む。年下にしてやられて悔しいような、でもその何倍も満たされてしまって。幸せだと感じてしまって。1人になった部屋で、急にこの生活が失われるのが怖くなった。ふと、スマホから受信音が鳴る。慌てて開くと、それは篠崎からだった。「おやすみ」の文字と共に、可愛らしい絵文字。今の子はこんなスタンプ使うのか。こちらからも「おやすみ」と返すと、すぐに既読がついた。つい、スクリーンショットを撮ってしまう。少なくとも篠崎との繋がりは、まだここにある。この幸せは失われていない。酷く安心すると共に、確実に、着実に、どんどん自分が戻れない深みへと沈みこんでいくのを感じる。篠崎蓮という男の、底無しの沼に。
もうしない、と決めた晩から1週間ほど経過しただろうか。自分の意思は守り通せている。とはいえ、昔は全然平気だったのに、今はかなり苦しい。全部あの男のせいだ。俺の身体がこんなになってしまったのも、全部全部。今日もまた、無理やり床に就く。あれから篠崎は忙しいらしく、会えていない。そんなに月日が経過した訳でもないのに、会いたくて会いたくて、馬鹿みたいに毎日篠崎のことばかり考えている。俺はこの男に恋焦がれたまま死んでいくのかもしれない。ああ、それでもいい。それでもいいから神様。願わくば、彼と繋がっていられるこの日々が、少しでも長く続いていきますように。眠りにつこうとした、その時。受信音が鳴り、光に慣れない目を無理に開きながらメッセージを確認した。篠崎からである。今何時だと思ってるんだ、全く。何時にきたって慌てて開いてしまう俺も俺だが。内容は、「明後日休みなら、水族館行かない?」といったものだった。明後日は奇跡的に休みだった。すぐに「行く」と返す。メッセージが来たのが1人の時で良かった。この気持ち悪いニヤケ面を誰かに見られなくて済む。篠崎に会う予定が出来た。それだけで、俺の世界はこんなにも希望に満ちる。憂鬱な明日も、約束の日までのカウントダウンが進むと思えば、なんてことはない。
「楽しみ......だな」
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