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アンさん

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人間×森人 ⑥

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新しいお家にきた。


前の家より世界樹に近い。


ただ真っ黒で崩れ落ちそう、最初はそう思った。


「この家は立て直しもできるんだけど…リル爺が「好きにさせてみろ」って言ってて…どう?ここは嫌?」


好きにしていい?


え、この家俺が好きにしていいの?


「気に入った?」


一つ頷き、黒い家に手を伸ばす。


「ああ、まだダメだよ」


…?


今、好きにしていいって…?


「次きた時に、ね?」


そっか、次きた時か。


それまでにどんな風にするか考えとこ。


楽しみだなぁ。


俺、この街で根っこ生やすんだ。


世界樹も歓迎してくれたから、魔力に余裕ができたら世界樹と繋がれるように沢山草花を咲かせないと。






数日後、あの真っ黒な建物は緑に覆われていた。


いい。


とてもいい。


森の中にいるみたいですごい安心する。


人間が住むための部屋は壁の中だけ生やして見える内側には何も生やさないようにしたし、食堂みたいな所はもしも用に水を多く含む草を見えない所に沢山生やしておいた。


燃えたら何も出来ないからね。


俺は学んだんだ、もう失いたくない。


俺の部屋は…そう、俺の部屋。


俺の部屋が出来たんだ。


俺の部屋はそれはもうすごい。


沢山生やしに生やしたんだ。


お陰で魔力の回復が早いし、とても息がしやすい。


「ライー」


この男、ラティスは毎日毎日俺を起こしに来てはそのまま部屋の中に持ち込んだ机で朝食を摂る。


俺にも甘い果物や見た時の無い種を分けてくれるから、まぁ許容してあげている。


「おはよう」


『「おはよう」』


草花を通して会話をする事が、日常になりつつあるのも事実だ。


声を出す練習もしているけれど、中々音として成り立たない。


人間だった時は当たり前に話していたと思うんだけど…難しい。


甘い果実を齧り、中に入っている種を口の中で転がす。


この果実美味しいし、新しく生やそうかな…でも、最近生やし過ぎている気が…うーん…。


「ライ、いい知らせがあるんだ」


頭を傾げれば、ラティスは微笑んでお茶を一口飲んだ。


「この辺りの所有権を手に入れたんだ。新しい土地は柵で囲って、分りやすくするよ。その中なら好きにしていいからね」


『「広くなるの?」』


「うん。ライ沢山植物を生やしてたけど、最近は生やす場所が無くて悩んでたでしょ?もっとライが過ごしやすくなるように、俺からの贈り物だよ」


ラティスって、やっぱりお金持ってるんだな。


土地って安くないはずだけど。


「森人のライを囲っておきたいっていう上の思惑もあるんだけどね」


『「森人に価値を見出す人間なんて珍しいよ。森が無ければ何も出来ない存在を、囲おうだなんてさ…人間って、本当分かんない」』


「ライに価値が無かったら、この世の存在全てに価値がないよ」


『「真顔で言うの止めてくれる?」』


種を噛み砕き飲み込めば、頭の中でこの植物がどう育ったのかが浮かんでくる。


草花と森人は常に一緒だ。


記憶の受け継ぎも、次世代の繁殖も。


森人が居れば途絶える事は無い。


『「今日は雨だよ。ちゃんと雨具を持って行って」』


「分かった」


『「ラティスは頷くだけだ。前回もそうだった」』


「覚えていてくれて嬉しいよ」


『「マヌケは嫌いだ」』


「以降気を付ける」


取り留めの無い日常。


平和で平穏で、とても充実した日常。


半分森人に戻れた喜びと、ほんの少しの残念さ。


昔っからの我儘は、転生しても直らなかったみたいだ。






目の前が白くなったり暗くなったり、赤くなったり。


人間はどうしてこう激情を持て余すのだろう?


怒りに染ったラティスは武器を取り、冷静さを取り戻すために深く呼吸を繰り返す。


俺の首元には、鈍く光るナイフが当てられていた。


「森人!森人!森人!もうたくさんだ!どんなに森人に追い縋っても、何もしてくれやしないじゃねぇか!!!!」


「森人は管理者だ。判断を下し、世界を変える力を持つのは世界樹だ」


「その世界樹が!もう枯れ始めてんだよ!枯れちまったらこの国はどうなる?無くなれば多くの人間が路頭に迷うんだぞ!」


「それこそ森人には関係無い話だ」


「俺らはもう何も差し出せやしない所まで来てんだよ!」


差し出す?


『「なぁ、人間」』


目を見開いた男が勢い良く此方を見る。


『「お前達は、誰に唆されて誰に何を差し出した?」』


「っは?」


昔、「アイツ」が行っていた手段は、非情そのものだった。


それを嘲笑う性は今でも理解出来ない。


『「本来の森人は人間では無い。食べ物も、着る物も、それらに伴うお金だって必要無い。必要なのは水と太陽、植物を生やす土地だ。それ以外に価値は無い。そんな森人に、何を差し出した?」』


人間になれず、森人にも戻れない中途半端な存在が生き残れる確率は物凄く低い。


本来の森人が森を離れる事はしない以上、この街に入り込む森人は俺のような半端者だけだ。


「っ、金に決まってんだろ!珍しい物を好むんだろ?!それにどれだけ金がかかってると思う!」


『「珍しい物?確かに色々な草花は好きだけれど…草花って珍しいか?ああ、いや…ラティスが持ってくる果物は見た時が無い物が多いし…でも、元々森人って限定的な場所しか行けないから、この土地にあっても手が届かなけりゃ珍しいに入る…のか…?」』


「何馬鹿な事言ってやがる!宝石や鉱石、ここじゃ取れねぇ海産物とかが好きなんだろうが!」


『「どんなに頑張っても石から草花咲かすのは…出来なくはないけれど、すぐに枯れてしまうだろう?そんな石っころに興味は無い。海産物って言うと海の物か。海藻は見た時あるぞ。臭かったな」』


「は?だって、そう…森人が…言ってんだから」


ザワザワと騒ぐ民衆の声に、有り得ないという声色が混ざる。


森人って言うけれど……それは本当に森人なのか?


『「この国に居る森人は、俺とリルレーンだけなのに。そうか…森人の見分け方は、人間には難しいのか」』


俺らは直感というか何と言うか…見ただけで分かるんだけど。


「…見分け方…?」


『「森人は皆植物の種を食べる。あとは、そうだな…寝るのが好き。花を咲かせるのも得意だし、一番は世界樹と話せる事かな?地面と一体化出来るから、転移に近い事も出来る」』


「ライ、ちょっと」


『「何?」』    


「地面と一体化して俺の横に移動してみて?」


『「いいよ」』


飲み込まれるかのように地面に溶け込み、ラティスの隣に移動してラティスの服を引っ張る。


『「ほら、出来ただろ?」』


「凄いね。どうして最初から使わなかったの?というか、教えてくれなかったの?」


『「ナイフ程度が怖いわけないだろう?俺は別に刺されて死ぬ訳じゃないんだから。切られても再生すればいいだけの話だし。教えるも何も…この足で普段俺がどうやって生活していると思ってるんだ?ラティスの忘れ物だって、こうやって移動して届けてるんだから、知ってるものだと思っていたのに…知らなかったのか?」』


腐った足を斬り捨て、今は片足で生活中だ。


歩く時はツタを生やして足替わりにしたり、足だけ地面と同化して移動している。


「……気付かなかった」


『「そうか。じゃぁ新しく俺の事を知れたな。そうだ、お前」』


「え、俺?」


『「そうだ。この種をやる」』


俺にナイフを当てていた男に向けて魔力で練りあげた種を投げて渡す。


「いや、種とか……」


森人が魔力で作った種は希少なんだぞ?


『「森人なら、この種を食う。食わなければソイツは森人じゃない」』


「ねぇ、ライ。絶対に食べるの?」


『「森人から森人への贈り物は食う物だ。だから俺はリルレーンから貰った物は全て食べているだろう?」』


「確かに…俺が渡したのは食べてくれない時もあるのに…」


『「人間から森人への贈り物は普通土に埋める。お前達も森人から渡された物は埋めるだろう?」』


「そりゃ、種…だし」


『「だから食えば森人だ。人間は種を食わない。俺の魔力で増やした種だ。森人なら受け取って直ぐに食う。そうでなければ、ソイツは森人じゃないし、食っても髪から花が咲かなければソイツはこの街の森人じゃない。世界樹から住む許可を貰っていない森人は、お前達人間で言う不法入国者で犯罪者だ。無理矢理にでも街から排除する必要がある」』


「何故?」


『「根っこを生やせない。生やせなければ死ぬ。死なない為に世界樹から栄養を採る。そうなれば今の世界樹では耐えられずに枯れてしまう。俺がどれだけ魔力を渡したって、世界樹から奪う者が居れば回復は見込めず果てには朽ちる」』


世界樹と共に生きる事を決めた人間は、もっと世界樹に耳を貸し共存するべきだ。


だけど、人間は植物の音を聞き取る力が無い。


だからこそ森人が架け橋となって共存する為に力を貸す。


全て、互いに生き残れる道を選んだ末の結果だというのに…何故、人間は騙し合い争い続けるのだろう?


人間だった頃の俺は、何故戦い続けていたのだろう?


『「世界樹が枯れたなら、俺もリルレーンも眠りにつく。何百年、何千年と…もう一度世界樹が返り咲く時まで、この地で時を待つ。もし…もし、世界樹が枯れ朽ちた時眠りにつかなければ、それこそ森人では無い。眠った後の事なんて、俺には分からないけれど……」』


男や周辺に居る人間は、時が止まったかのように動かない。


『「その森人に会えるなら、俺も会いに行く。役に立たない物を欲する異常者をこの目で見たい。ラティス、連れて行ってくれるだろう?」』


「……そう、簡単には……」


『「何処に居るかは知ってるの?」』


「教会に居る」


『「じゃぁちょっと言ってくる。待ってて」』


王宮へ飛び、王の机を叩く。


『「この街の教会に入りたいんだ。許可証をくれ」』


「また急に……発行には時間がかかる」


『「一年か?まさか十年とか言わないよな?」』


「年月の流れ方が可笑しいだろう。三日程だ」


『「一瞬だな!よし、出来るだけ早く寄越せ。後でラワンの実を持ってくる」』


「ラワン?!幻の果物だぞ!」


『「リルレーンがくれた。とても大きくて甘いからお前も気に入るだろう。他の奴らにも言っておけ」』


「了解した」


ホクホク顔でラティスの元へ戻り、フフンと胸を張る。


『「許可証の発行を頼んで来た。三日後だと。人間は仕事が早いな」』


「三日は確かに早いね。誰に頼んで来たの?」


『「国王だ。あいつが一番偉いんだろう?褒美も準備したし、三日後が楽しみだ。異常者か。一体どんな奴だろうか…」』


「いや待て!国王?!国王に会ったのか?!何で騎士団長は驚かねぇんだ!おかしいだろう?!」


『「おかしい?世界樹と繋がった俺に、この街で行けない場所など無い。ただ人間の規則を守って許可を取りに行っているんだ。褒めろ」』


「偉いね、ライ。凄いよ」


『「だろう?」』


無い胸を張り威張ればラティスが小さく拍手を送ってくれ、更に腕を組んでフフンと鼻を鳴らした。


凄いだろう?


俺は人間の法やら文化やらを大体理解しているのだから。


大体だけど。


俺が生きていた時より、ずっと未来だし、此処。


国王に会うのは…って聞こえたが、アイツがいつでも来ていいと言ったんだ。


謁見とか面倒な言葉は聞こえないふりをした。






「罪人達だ」


やはり森人ではなかったかー。


森人の振りをしていた人間の前に立ち、おでこを触る。


「触らないでっ」


植え付けたのは、小さな種。


『「耐えてみろ、人間」』


森人だと語った罪は、人間が裁く。


俺が与えるは、へと成る為に必要な事だ。


……耐えられなければ、ただただ栄養となるだけ。


随分楽観した生活を送っていたようだし?


ちょこっとくらい、分けてくれるよね?


……記憶は、何処までも追える。


口から出るデマカセに興味は無い。


見聞きしたもの全部、見させてもらうから。


あと、かなり痛いと思うけど、頑張ってね。


もっと苦しんだ人間が居るんだからさ。






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