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人間×人間 将軍×元敵軍人 ⑪
しおりを挟むあの日まで、冷たく静かな存在は安寧をもたらしてくれていた。
温かかく一定の感覚で振動する存在に何時しか骨抜きになってしまっていたと気付いたのは極々最近だ。
自分が匂いに敏感なのだと初めて知った。
あの場所は常に異様な匂いを纏い個人に匂いが存在すると知らなかったのに、いつの間に好き嫌いがハッキリしたのだろう。
賑やかな街並みは雑踏と笑い声で満たされていた。
世界を見て回りたいと思ったのは船の上で衝撃を受けた暗がりを照らす光を見てからだ。
暗雲の上にあるソレは簡単には見られない尊いモノ。
それが、こんなにも確り見えて、海に光が反射し辺りを照らしながら登っていく。
無意識に溢れ出たキレイという言葉に、相棒は相槌を打つだけに留め同じ様に空を見ていた。
「世界は、広いんだな。俺らが、閉じ込められてただけで……きっと、色んな事が溢れてて……楽しいんだろうな」
「外の事なんて知る術も無かった。なら、これから知っていけばいい…あいつの言った通りになったな」
「地平線に何の障害も無い。波の音ばかりで砲台の音は聞こえない。冷たい風なんて、一体いつぶりだろう」
「……リウロ。名前を変えよう。潜伏用でも戦闘用でもない、これからの名前に」
「いいな、それ。冒険者らしい名前がいい」
「どんな名前だよ。俺は落ち着いた名前がいい」
「ジャギィノ、ビリェンシー、ギャズィア……お前の名前は発音しにくいものばかりだ」
「好きで付けたんじゃねぇよ。教会の人間が適当に付けたんだ」
笑い合って過ごした時間はほんの少しだけ。
幼い頃は食べ物の確保に忙しかったし、戦場へ出ればそれぞれの戦いで手一杯で、他に目を向ける余裕も殆ど無かった。
長い間戦場に居て、真面に居れる奴なんて居ない。
俺も相棒も、壊れた果てに手に入れた今の人格を気に入っているが、他の奴らはどうか知らない。
相棒は昔、喋る事が苦手で臆病で人見知りだった。
俺も似たようなもんで毎日怯えながら生きていて、それでも年下の孤児達の為に食べ物を盗みに出掛けていた。
ああ、そういえば。
綺麗な服着て、いい体格した年下の孤児達は皆して俺達に石投げてたけど、生き残れるのかな。
戦争はまだ続く。
俺とジャギィノが終戦に向けて作った計画書が破棄された時点で、未来は変わってしまった。
徴募されてもおかしくない年齢の子達だった筈。
まぁ、もうどうでもいいんだけどね。
「じゃぁ、目指すはアッチだね。太陽が登ってきた方」
「地図にはハビラング公国って書いてある。海産物が美味くて有名らしい」
「海産物って海から取れるんだろ?じゃぁ、ここでも取れそうだな」
「俺は捌けるが料理は出来ねぇぞ」
「俺は捌き方知らないけど一通り調理出来るぞ」
「どうやって取る?」
「泳いだ時もねぇから…電気でも流すか」
「広範囲過ぎねぇ?」
「機関銃で脳ぶち抜くか?」
「機関銃の先にナイフでも付けりゃ回収出来るかもな」
「じゃぁ、あれだ。削ろう。返し付けないと抜けちまう」
「細い方がいいか。念糸で結べよ」
「そうだな。そっちの方がブレ無さそうだ」
荷物を漁り目当ての物を取り出し加工していく。
「何だかワクワクするなぁ。あっは、陣地工作に似てる」
「それよかずっとマシだ」
笑い合う俺達がそれぞれの生涯の相棒を見つけたのは、もっと先の話だ。
ガーディ。
俺は死んだ後もお前の幸せを願う。
だから、俺の行動を止めようとしないでくれ。
例えガーディが俺と共に居てくれると言ったって、立場が違うんだ。
男の俺じゃ出来ない事を、女の嫁にしてもらう為に、形のいい存在を探し出すから。
俺は、ガーディの子供を見たい。
きっと、ガーディみたいに強かで綺麗な子が産まれてくるだろうから。
……夢を見たいと言った俺を、笑ってくれていいから。
俺が死んだ後も、笑って生きていて欲しいんだ。
ワガママな俺で、ゴメンな。
「ソラッ」
ああ、最後に……お前の顔が、見たかった……。
頬を伝ったのは、冷たい雨の様な何か。
「目を開けてくれ」
聞こえる声は、酷く震えた頼りないもの。
「頼むっ」
なぁ、ガーディ。
こんな俺に構わず、さっさと持ち場に戻れよ。
お前は誰からも頼りにされる、凄い将軍なんだぞ。
「ソラウィス」
「がー、でぃ……い、けって……」
「お前を置いて、どこに行けと言うんだ」
「おま、えの……いるべ、き、とこ」
「ここ以外に、行く場所など無い!頼む、息をしてくれ。直ぐに治療班が来るから!」
「……ふは、はは……だい、じょーぶ」
「ソラ。頼む、頼むから……死なないでくれ」
馬鹿だなぁ、ガーディは。
冒険者らしい最後だろ?
俺らしい、死に方じゃないか。
惨めったらしい孤児が、ここまで生に縋り着いたんだ。
褒めてくれよ、ガーディ。
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