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アンさん

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人間×人間 将軍×元敵軍人 ⑩

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「ソラ?」


朝から仕事へ行き、夜分遅くやっと帰ってきたと思ったら何かソラの様子がおかしい。


普段なら真っ先に布団へ来て疲れたーと呟いては俺に抱きつきすぐ眠りにつく筈が、今日は長椅子へ行ったきりこちらを見ようともしない。


「どうした?何かあったのか?」


長椅子の上で丸まったソラは、ああ、と呟いたきり動きもしない。


暫く静寂が続き、ソラは少し手を動かし手招いた。


「どうしたのだ?」


「な、んか……すげぇ、気持ち悪ぃ」


「体調を崩したのか?何故それを早く言わない」


「魔法、が…使えない……耐性も、効果が、見えない」


「は?何があった?」


「わかんねぇ………アイツらに酒飲まされた辺りから、胸焼けがあって……そっからずっと気持ち悪ぃ…………」


「アイツら、とは誰だ?いや、待て。先にアレオンを呼ぼう。治療を受けてからの方がいいだろう」






「それで、ソラウィス殿。何を飲まされたか分かりますか?」


アレオンを呼び治療を頼んだが、ソラに治療魔法が効かない、と聞き焦る。


「ソラ、辛いだろうが教えてくれ」


「わかん、ねぇって……【アフラディズィアク】は分かったんだけど…その前、酒に、何か…」


「あ、あふら……とは?」


ソラの時折混ざる母国語はこの国のモノとは違い聞き取りづらく意味が分からない。


通訳が出来る者だって、殆ど居ない。


海の向こう側というのもあるが、潰えた国の言語であり、共通語でしか交易もしていなかった。


共通語で賄える程度の言語は広がりにくく態々その言語を取得しようとは思わないからだ。


「あー…何…ほら、あの……せいりょくざい?だっけ?それと違って……もっと、こう……」


「媚薬、か?」


「あー、それ、かなぁ……たぶん」


「脈拍と呼吸が乱れているのは媚薬によるものだとして…魔法が効かないのは、何故でしょうか」


「ぜんとうやく……だっけ?」


「ぜんとうやく?ぜんとう…やく…」


「あの苦い薬……【インヒバトリィ】……あー……わかんねぇ。頭痛てぇし、回んねぇ……何だった…よく、前線で使った…そ、がい?よくせい?そんな、薬」


「阻害薬物、ですか?この国では規制されているはずです」


「アイツら、確か……ヒーランから、来たって……」


「ヒーラン……薬大国ですね。阻害薬物を飲まされたなら、先ず吐き出させましょう。その後水分を補給して体に回った分を薄めて排出させる必要があります。ソラウィス殿。少々お辛いでしょうが、頑張りましょう」







「うげ…ぇ……ぁ、はぁーっ、はぁーっ」


魔力阻害の影響か仮面は容易く取れ、その下に酷い顔色を隠していたソラは嘔吐薬を飲み胃にある物全部を吐き戻している最中だ。


規制薬物が流れている可能性から、アレオン以外にリーウェンとロゼライも集まり顔を歪めている。


規制薬物……薬物耐性、毒物耐性を持ってしても命に害する物ばかりだ。


特にソラは耐性が高い。


耐性を手に入れる前まで、ずっと耐え続けた経験がある以上普通の状態でも他の人より頑丈だ。


そんなソラがこの状態では、一般市民に死亡者が出てもおかしくない。


胸焼けがすると言っていたからか、ソラは固形物を取っていないようだ。


ずっと液体ばかり吐いている。


「ソラ。すまない。もう少し頑張ってくれ」


酷い息切れを起こすソラの背を擦りながら、アレオンが吐瀉物の鑑定をし終わるのを待つ。


「ぅぐ……ぅぅ……ぅえぇ……ごほ、ごほっ」


ついに吐き出すものが無くなったのか、黄色い液体を吐き出し噎せている。


胃液……胃の内容物は殆ど媚薬だろう。


薄めるために水も飲んだのかもしれないが、かなりの量だ。


「かなり吸収されているだろうにこの量……ソラウィス、もしかして大量に水を飲んだのか?」


「ぁー……かい、どくやく…を、飲んで……回復薬も、飲んだ……あとは、水、だと……おもう」


喋るのもキツイのだろう。


もっと早く、俺達が気付いていれば…。


ギリッと歯軋りする音が聞こえる。


ほかの三人も同じ心境なのだろう。


「ソラ、口を濯げるか?無理そうなら、一旦横になるといい」


「むり……うご、けない……ぅぁ、気持ち悪ぃ……ぅふっ、ぅぅぅ」


口を拭うこともせず、俯き息を整えようと深呼吸を始めるが、喉が引き攣るのか上手くいかないようだ。


「ぜぇ……ぜっ、ごほっ、ごほ……ぜぇ、はぁーっ、は、ぁー……」


初めて会った頃なら、ここまで弱った姿を見せなかっただろう。


付き合う前なら、逃げて一人抱え込んでいただろう。


信頼の証を嬉しく思う分、こんな目にあうのが何故ソラなのだろうと歯痒く感じた。









「もう二日もソラウィスは目覚めていないんですよ?本当に体に異変は無いんですか?」


「異変があれば直ぐに対応出来るけど、本当に何も無いんだ」


「犯人は特定出来ましたし、裁判は明日決行です。薬物が広がる事は無いでしょう。何と言っても、高耐性保持者が意識不明の重体です。街ではその噂で持ちきり……ソラウィス殿だとは知られていないようですが…それも、時間の問題かと……」


「副作用がどの程度なのか検討もつかない。多量摂取の実験記録等、ヒーランでも無いでしょうし。手の打ちようが無いのが現状です」


「このまま、衰弱していくのを見ている事しか出来ないなんて……」


体温が一定に保てないだけでなく、時折激しく噎せては呼吸が乱れる。


点滴で何とか持ち堪えてはいるが、何度も胃液を吐き酷い脱水症状も出てきている。


「ソラウィスが……ただでさえ細くて小さいのに…このままでは、本当に……」


「あのヒーランでも栽培を禁止していた薬物です。相当毒性が高いのでしょう……阻害薬物の中でも、相当な劇物です。言い方はアレですが、ソラウィス殿一人で収まったのはある意味良かったです」


「だが、媚薬の方は流れたみたいだな。回収は済んでいるし、飲んだ者は一時的に保護して経過を看ている、と。媚薬自体は混ざり物では無かったから、特に問題は起きていないのも僥倖だった」


「将軍はソラウィスから離れようとしません。明日の裁判にも参列するかどうか…ああ、でもそんな事より早く目覚めてあの元気な姿を見せてほしいです」







「あっは、本当……耐えて良かった」


ヘラリと笑うソラは首を回してから右足で今回の犯罪者の頭を踏んだ。


「副作用はつえーし、それを延々弱らないよう重ねがけするのは、本当に用意周到だよなー……まぁ、俺相手じゃなけりゃ、だが」


「な……ぜ……」


「お前らが捕まるの、ずーっと待ってたんだよ。俺は、やられたらやり返す性でさ。この瞬間を今か今かと待ち望んでたわけ」


倒れた主犯二人の状態はこの数日ソラが見せていた症状によく似ていた。


「明日お前ら裁判なんだってな。主犯は引き攣ってでも参加しなきゃいけないらしいから、死ぬなよ?少なくとも三日はその状態で生きていてもらわなきゃ、つまんねぇだろ……死なねぇように、俺が付きっきりで看病してやろうか?そいつがやってたみたいに、ずーっとその状態を保てるようによォ?」


この二日でソラはかなり痩せた。


呼吸も真面に出来ず、気を失っては何度も死の淵を覗いていたのでは、と思うほどに酷い状態だった。


「ソラ。ソイツらは放っておけ。どうせ有罪だ。牢屋番が見ている。ソラはまず食事を摂るべきだ」


「あー?あー……飯かぁ……飯なぁ……」


どうやら食欲がないらしい。


「ソラ。どうしたのだ。食事だぞ?」


「いや、数日食ってねぇから、肉食えねぇじゃん。粥とかだろ?あんま好きじゃねぇんだよなぁ」


「それは……致し難ないだろう」


「パン粥作ってくれっかなぁ……」


はぁ、と息を吐き出したソラは俺の前に立ちよろしく、と放った。


「よろしく?」


「おう。そろそろ足が限界で立ってるのが精一杯なんだ。運んでくれ」


「それを早く言いなさい!」


「おい、待て待て待て。横抱きじゃなくていい」


「縦抱きは疲れるだろう?」


「いや、担いでくれたらいいよ。俺の事は荷物だと思って」


「こんな軽い荷物は肩に担ぐまでもないな」


「おっと?俺は成人男性だぞ?」


「周りを見て育つといい」


「もう横にしか大きくなれねぇよ」


「横に大きくなりなさい。もう少し肉を付けなければ死んでしまう」


「どんな小動物だ。俺は健康的だったんだぞ」


「今は健康的ではないと自覚しているようで何よりだ」


「え、何…俺今馬鹿にされた?」


「まさか」


「そうだよな?え、そうだよな?おい、目を見て言えよ」


「気にするな」


「ちょ、おい、大事な事だろ!こっち見てちゃんと言えって」


「愛してる」


「あっは、素敵。違う!おい、誤魔化すなって!なぁ!」


「ソラだけだ」


「やだ照れる……って違うっつってんだろ!ガーディ!聞こえてるか?なぁ!」


「このまま部屋に行って抱き潰されるのと、客室へ行って食事を摂る、どちらがいい?」


「客室へ行って食事を摂るべきだろう」


「そうか。残念だ」


「残念?!病み上がりの俺に何するつもりだったんだ!」


「ナニだろうな」


「看病か?付き添いか?抱き潰すって聞こえたけど、抱き締めるの聞き間違いだよな?なぁ?」


「ああ、そうだな」


「ガーディ?おい、ガーディ?目が合ってないぞ!しらばっくれるつもりか?」


「元気そうだし、行き先を変更しようか」


「あ゙ー!待って、変えないでくれ!今の俺じゃ満足に使えもしないんだぞ!」


「……ほぉ?少し話し合う必要がありそうだ」


「どこ?!どこでそう思った?!待って!そっち客室じゃない!ガーディ?!食いながらじゃできない話か?何か俺はとてつもなく嫌な予感がするんだ!」


「そうか。自覚がないなら教えるべきだろう」


「やだやだ、ご飯食べたい!肉と酒で腹いっぱいになりたい!ガーディィィィ俺空腹で死んじゃうぅぅ」


「そうか。それは大変だ。すぐ食事にしよう」







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