if物語

アンさん

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人間×森人 ③

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朝目覚めると、身体が汗で濡れていた。


毎夜見るあの日の燃える森の夢に、慣れる事は出来るのだろうか。


無意識に噛み締めていた歯と顎が少し痛む。


この人の街に来てから数日。


今日も窓から見える空は快晴だ。


朝の鐘が鳴り、部屋に妙齢の女性が入ってくる。


「おはようございます。本日も快晴ですね。ご様態は如何ですか?」


何を話しかけられても一切反応しない俺に、この女性はいつも笑いながら対応してくれる。


「汗を拭いましょうか。少しお待ちくださいね」


頭を下げ部屋を出ていった女性の気配に、詰めていた息を吐き出す。


……森……俺の森……。


燃えて崩れ落ち、散っていく様は絶望以外の何者でもない。


起き上がり、陽の当たる窓枠へと移動する。


……世界樹は日に日に弱くなっていっている。


だからといって、依代を持たない俺ではこの距離から何かしらが出来る訳でもない。


……失うばかりで、何も手元に残らない。


寝不足から来る頭痛と耳鳴りに、深く息を吐き出す。


この体も日に日に弱っている。


まぁ、人と同じ生活を、森人として数十年生きた俺が出来るわけもない。


睡眠は悪夢によって絶たれ、食事は胃腸が受け付けず味覚が無いから全て吐き出してしまう。


唯一水だけは何とか口から摂取出来るが、普段は草花から譲ってもらっていたから慣れない行為に喉に詰まり噎せかえりそうになる。


……もってあと数週間。


魔獣の死霊木しりょうぼくへと変わり、俺の意思は途絶えるだろう。


……依代のあった頃の綺麗な泉と小さな川、沢山の動物と色とりどりの花々が咲く森に、帰りたい。


動物達を安全な場所へ案内するのが限界だった。


怪我をした動物達を癒しながら、風で火を押さえつける事しか出来なかった。


……森を……共に生きた木達を、救う事が出来なかった。


数十年かけて作った森は、たった数時間で消えた。


死んだ依代はもう何の役にも立てない物へと変わってしまった。


胸の中に燻るこの黒い感情は……言葉にするなら何に当てはまるのだろう。






口に入った異物に、眉を顰めながらも噛み締め無理矢理飲み込む。


胃に落ちていく塊に、何かが迫り上がる感覚を水で流し込み押し留める。


……食事とは、こんなに大変な物だっただろうか。


木の実や果物ならば、何とか飲み込める。


穀物や葉っぱも、頑張れば飲み込める。


でも、肉や魚、何かが混ぜられた液体は、飲み込むところか口に入れるのさえ躊躇われる。


臭いが無理だ。


カタカタと手が震えじんわりと汗が滲んでくる。


知らずに詰めていた息を小分けに吐き出し口を抑える。


気持ち悪い。


きもち……わる、い……。


椅子から降り蹲り、上がってくるものを何度も飲み込む。


「ああ、もう、もう大丈夫ですから。吐いて、大丈夫、大丈夫」


背を撫でてくれる妙齢の女性が何度も宥めてくれるけれど声がボヤけて聞き取れない。


人として生きる事はこれ程難しい事だっただろうか。






「ライ」


笑うラティスの顔が恥ずかしくて見れない。


こんな近距離で優しく接されるのは初めてで、どうすればいいのか分からない。


赤くなっているであろう顔を両手で抑え、身を縮こませる。


「ライ、こっち見て。顔を見せて」


俺の顔など見ても何の得もない。


ラティスみたいに整っていて眼福になる様ならまだしも、俺は平均以下の顔だから。


ラティスのドロリと欲を孕む目には気付かないように目を逸らし、少しずつ距離をとる。


「ライ?」


さっきより低い声に、はたと顔を上げ目を合わせる。


「どこに行くの?」


「っ、う……ぁ、ぅぅ」


視線が彷徨い良い言い訳が思いつかない。


「ライ、おいで?」


さっき空けた距離を自ら埋める。


今のを断ったら……ああ、あの日の事は思い出さない方が身のためだ。


「ら、てぃ…ちか、い」


抱き寄せられたあと旋毛に何かが何度も押し付けられもうキャパの限界はすぐそこにある。


「ライ、俺のライ。良い子だね、ライ」


ラティスは何時だって名前を呼び褒めようとする。


ただ歩いただけで、1口食事を摂っただけで、小さな事も見落とさず笑って褒めてくれる。


「大丈夫だよ。何も怖い事は無いからね」






あの妙齢の女性ネネが云うには、ラティスは執着質で一途で心配性で真面目、らしい。


よく分からないけれど、まぁ、ほら。


利用されるだけの関係じゃ無いなら良いよね?


そう言ったら顔を顰めたネネが翌日ラティスに何かを伝え1日ベッドの住人になった。


……言葉は、難しい。


過去を話せば話す程、この屋敷の人達は俺を甘やかそうとしてくるのはきっと、見た目が子供みたいだからだ。



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