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魔王×人間 ①
しおりを挟む魔王 「ティラウン」 × 人間 「ーーー」
森の中、1人の少年が地べたに座り込み黒い毛玉を空に掲げるように持ち上げていた。
(なんて…なんて、キレイな目なんだろう。俺と同じ色の筈なのに…すごくキレイだ)
(血は見あたらないが、濃い血の匂いがするな)
呪われた身2つが引き合わされた場所は、不遇にも少年が降り立ち消し去った、村だったであろう森の中に出来た更地だった。
影武者としてお前は生まれた。
お前には何も期待しない、期待すらしていない。
命令だけを聞け。
役たたずが、図に乗るな。
名など、くれてやるか、ゴミが。
口を開けば嫌味や自己を否定される言葉ばかり吐くけれど、生みの親の言葉だと仕方無くそれに全て素直に従った。
結果、大量虐殺を行いバケモノと呼ばれ、多くの呪いを持つイミゴだと言われた。
呼び名など気にした事は無い。
名前すらない俺に、渾名が出来たようなものだ。
俺は命令に従っただけだ。
俺より弱い奴が悪いだろう?
俺に反抗出来なかったのが悪いよな?
俺は影武者だ、そうあれと言われた。
例えどんなに俺を呪い、爪弾きにしようが…俺は命令に従い、結果を残す。
その結果分だけ、俺は生きていたのだと、実感出来るから。
「お前、魔王なのか?弱いのに、魔王になれたのか?スゴいな、お前、スゴい」
地面に毛玉を降ろし手を翳す。
「お前が強くなったら、殺し合おう。きっと…きっと楽しい。生きたいって、生きてるって、思える、多分」
毛玉の怪我が癒え汚れが落ち、ふわふわの濃紺色の毛玉がゆらりと揺れた。
(魔物さえ癒せる、か。暗殺者かと思いきやそうでも無いのか?感情が読み取れん)
「ああ、楽しみだ。呪いも解いてやろう。次。次会った時、もっと強くなってろ。魔王…魔王か。暗殺じゃなく、故殺のような…楽しみ」
ウットリと少しはにかむ少年を、一体誰が大量虐殺を引き起こしたバケモノだと思うだろう。
この村だった場所に居た者達も、気付けていれば…いや、結果は変わらなかっただろうが。
毛玉を何度か振り返り、少年は森の中へと進んでいき姿が見えなくなった。
(呪いまで解ける…か。ああ、俺も楽しみが出来たぞ、少年。必ずやお前を…)
毛玉は何度か強く震えた後、風に揺られ…消えた。
ーーー。
「ははっ、はははははっ」
楽しい。
強いヤツと、ずっと戦っていたい。
このままずっと、延々永永永遠、この楽しい時間が続けば良いのに。
殴り合い、魔法や魔術で牽制し合い、強く地面を蹴り、空中で弾かれ、爆音が鳴り響き、砂埃が舞い、地が割れる、まさに戦場。
互いに笑い合い、互いに相手を傷付け合い、互いに命を削るかのような、戦い。
そうだ。
1度だけで良かった。
感じたかったんだ。
互いに殺し合える、瞬間を。
武器が折れ、魔力が擦り切り、体力が喪失する。
互いに止まる事を知らぬまま、戦場となったダンジョンが悲鳴を上げる。
呪い?関係無い。
種族?知らない。
何もかもどうでもいい。
今、この時、この瞬間。
俺は間違いなく生きているし、楽しいんだ。
この楽しさが終わるのが怖い。
でも、これがきっと。
生きる、という事だろう。
正義があるから悪が存在するように、生には死がある。
この戦いが終わる頃、立っているのはどっちだろうか。
地面に仰向けに転がる俺の上に被さる魔王。
2人共もう満身創痍で立てやしないし、舞った砂埃は収まっても俺等の殺意は消えない。
「どうだった?」
ニヤリと笑い俺の首に手をかける魔王に、俺はうっとりと呟き返す。
「さいこう」
息が乱れ、身体に力が入らない。
ジンジンと指先が痺れ、瞼が重くなってくる。
腹から血が流れ出て冷えていくのに対し、足も腕も肋骨なんかも折れているのだろう、熱を持っている。
ああ、最高だった。
最後の最後まで、今まで培って来た物全てを出し切った、最期の戦いに、心臓が勝手に跳ねている。
モヤがかかったかのような頭に強く響く。
強者に栄光を、弱者に死を、という音。
俺の中にあった小さな自尊心が…誰にも負けない、誰にも渡さない俺だけの栄光が、あの日の毛玉に奪われる…?
酷く揺れる視界の中、ドクドクと煩い心臓につられてか身体がピクリと動こうとする。
なんだ…なーんだ。
俺、まだ戦えるじゃん。
痺れる手を握り、俺の首を絞める魔王の顔を殴り飛ばし、近くに落ちていた短く折れてしまった剣の刃先を…迷い無く俺は自分の胸に突き刺した。
渡さない。
コポリと口から赤黒い血が溢れ出る。
この命は、この栄光は、俺だけのものだ。
視界がボヤけきり暗くなる中見えない魔王に笑いかけ、俺は更に強く刃先を俺の身体に埋め込む。
痛みなんてずっと昔に感じ無くなった、苦しさなんて気にもしなくなった、だけど、今、だけは。
終わってしまうのが、終わらせてしまうのが…ココロクルシイんだ。
ああ、ああ。
俺、幸せ者だ。
親に恵まれなくても、兄弟に蔑まれても、環境に押し潰されそうになっても、足掻いてきて正解だった。
「ーーーーー」
伝えきれたか分からないほどの細く脆い言葉を残し、俺は意識を手放した。
死んでからが本番だと、言うのを忘れていたな。
今までで一番凶悪そうに笑った魔王は、自ら命を絶った少年に手を伸ばした。
ああ、そうだ。
こちら側へようこそ、嫁御殿。
歓迎しよう、俺の嫁として、永遠に。
少年の口から垂れる血液を舐め、己の指を切り血を口に入れてやる。
血の契りは絶対だ。
あの日からお前はもう俺のモノだったんだぞ?
誰にもくれてやるものか。
こいつの名付けは俺がする。
こいつのこれからは全て俺の物だ。
過去の事を無かったかのようにはしない。
こいつと一緒に、壊しに行こう。
こいつの見る物聞く物触る物全て俺が管理してやる。
俺と同じ呪い持ちなのだから、俺が一番の理解者になれる。
お前の欲しい物全てを用意してやる。
だから…お前に俺から離れる事が出来ない呪いを刻み付けて良いよな?
刺さった刃を抜き取り、そこから溢れ出る血を舐め口角を上げる。
殺す事以外を知らない無垢な子だ。
俺好みに育ててやるよ。
傷付いた身体が一瞬で癒え、止まっていた心臓が動き出す。
開いた目は、俺と同じ紫色。
人から魔へと堕ちた身体に慣れたら、また殺し合いをしような。
少年を抱き締め、魔王は己の城へと戻って行った。
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