if物語

アンさん

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ーnot BLー トアと世界樹

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俺は、幸せだった。

なんなら今も幸せだ。

好きな奴をずっと思い続けれるって…これ以上の幸せがどこにある?

一目惚れだった。

目が、合ったんだ。

たったそれだけで、俺の感情は全てそいつに向けられた。

俺を見てほしいわけじゃない。

会いたいわけでも、話したいわけでもない。

ただ、俺の中にはそいつしか居ないような感覚に胸が高鳴った。

名前も知らない、独り善がりの初恋だと、分かっていたけれど。

思い浮かぶのはいつだって笑顔で、ほかの表情は知らない。

知りたいとも思わなかった。

一目惚れなんて所詮顔でしょ?

少し口角を上げるだけのあの顔が好きだった。

勿論、ほかの動作とかも好きだったけれど、でも行き着く先は顔かな。

本来の姿に興味はなかった。

どんな性格で、どんな喋り方で、どんな存在なのか…想像するだけで満足だった。

だから、この胸の痛みも全ての感情も、この残された僅かな時間の中で折り合いをつけようと、1人になれる場所を探した。

大好き、だった。

それだけはあの時から何一つも変わらないモノで忘れたくないけど、離れようと、そう思わされた。

これが呪いの効果なのかは分からない。

だからさ、俺の全てをここに置いていくよ。

いつか、必ず、会いに来るから。

その時にまた、答え合わせをしよう。






ある時、共に生きてきた相棒に婚約者ができた。

喜んだ。

冒険者なんて、直ぐに死ぬかもしれない環境から、誰かに護ってもらう事の出来る場所へと行けたから。

だから、折半していた呪いを勝手に全て俺へと移した。

これから共に生きていく相手と、幸せな家庭を作れるように、そう願いながら。

強い呪いだった。

互いが持つ呪いは相反し、弱まった。

だから分け合っていた。

その強い呪いが全て俺の身体へと移った時、「死」がすぐそばに来ていることが分かった。

走った。

誰もいない山へ。

誰も巻き込まないように…というのは建前で、俺の最後の願いを叶える為に。

大きなうろのある木へと入り込み、目を瞑った。

大木は戸惑っていた。

それもそうだろう。

後数年もすれば腐り果てる予定だったのに、俺のような半魔族に魔力を与えられたから。

俺の持つ魔力は半魔族の中でも一際多い。

その魔力を全て大木へと移した結果、大木は世界樹へと進化した。






「良いのかい?」

良いんだ、これで。

「まだ、頑張れるだろう?」

疲れたからじゃない。俺はコレがいいんだ。

「そうか。分かったよ。ゆっくりお休み」

うん。

「 ''じぃじ'' は、いつまでも待つよ」

うん、ありがとう。

残された少ない時間の中で、世界樹は俺の祖父になってくれた。

半魔族と世界樹の家族…歪だと思いながらも、俺は嬉しかった。

半魔族は嫌悪されるから真っ当には生きられない。

この俺の呪いだって、親が付けたものだ。

相棒の呪いは、また別物だったけれど。

俺を産んでおきながら、呪うなんて…初めから産まなければよかったのに。

フワフワとした意識の中、ずっと胸の中にあった何かが消えていくように感じた。





世界樹の中で、半魔族は息を引き取った。

その顔は正に幸福そうな微笑みのまま、眠っているだけのようにも見える程であった。

世界樹は待った。

己を救ってくれた「孫」を何千何百年も待ち、「永世の世界樹」と呼ばれるようになっても待ち続けた。

そして、また今日も何事も無く過ぎていくと思っていた頃、現れた。

姿が変わっても多大な魔力を持つ己の孫が。

「ああ、可愛い私の孫。此方へおいで」

じぃじ、と小さく呟いた子を蔓を伸ばして抱き上げる。

「おかえり、トア」

人間として生まれ変わった元半魔族は、世界樹の中で何一つ変わらぬ姿をした昔の己を吸収し、また半魔族として生きる事を決めた。

理由は、単純に長く生きれるから。

折角出来た家族と、永く共に居るために。

「世界樹の加護」をーーから与えられた半魔族は複雑な感情を持つ事になった。

世界に散らばる世界樹達が己の元へやって来る事に忌避しながらも、家族が増える事に嬉々した。

短い期間で世界樹達は加護持ちの元に集まり森は瞬く間に大きくなった。

ある世界樹は「自由に生きれない」という理由から。

ある世界樹は「実りだけを奪われる」という理由から。

色々な理由を持ち、生きやすい地を探していた世界樹達は加護持ちの元へと行き着いた。

奪われるだけの場所から、与えられる場所へと願うのは「悪」だろうか。

本来なら動く事の出来ない世界樹は、魔力の殆どを使い加護持ちの元へと移転した。

失った魔力は加護持ちの放たれている魔力で直ぐに回復し、今まで出来なかった「実体化」まで可能になった事で加護持ちをもてはやし、その話が木々の間で広まっていく。

不遇な加護持ちをまるで本物の家族のように甘やかし成長を見守り続けている世界樹達は気付かなかった。

己等の生を邪魔する者たちが己等を探していた事を。

世界樹の恩恵だけ・・を受け続けていた者たちは、住み辛くなり排他される事に慣れていないが故に困惑した。

「今まで通りお世話をするから帰ってきて」と自分本位な世界樹へ届かぬ願いを抱いた。

その「今まで通り」が世界樹を束縛し、生の邪魔をしていた事実を知らぬまま享受者達は世界樹を探し回った。






探求の果てに見つけた地は桃源郷の様であった。

多くの世界樹が幹を伸ばして特有の青い葉を揺らし、樹人トレントが花を咲かせ、大きな湖を色とりどりの花弁が滑っていた。

多くの精霊が空中で踊り、外界とは違う澄んだ魔力が満ち日が反射し光っているように見える。

中央にそびえ立つ大きな世界樹は大きな実りを幾つも付けてまるで輝かんというばかりに見えた。

世界樹が実りを付けるには多大な魔力を必要とする。

外界では十年に一度実りを付けるかどうかの瀬戸際であったのに対し、この場所では殆どの世界樹が数個実りを付けている。

それだけ、この地を潤す魔力が多い。

何の穢れも無く、息を吸う度に力が湧いてくるような精錬された魔力に世界が輝いて見えるようであった。

この地に踏み込んだ者は言った。

「この地に移り住みたい」と。

その言葉を吐いたら最後、二度とこの地を見ることは叶わなくなったが。

この地は、加護持ちと世界樹の全てであった。

今は良くとも、そう遠くない未来略奪者になってしまうであろう生き物を置いておくことは絶対にしなかった。

動物の子を育てる親が一時身を置く程度なら目を瞑るが、長く住まう者を世界樹達は突き放した。

また、あの地獄のような生き様をしたくないと、殆どの世界樹が願ったからだ。

また、樹人トレント達もそう願った。

世界樹とは違い魔獣にあたる樹人トレントは、狙われやすい。

簡単に葉を取られ枝を奪われ身を燃やされる。

生きやすいこの地と加護持ちと暮らす楽しい日々を守る為、惑わす為の花を咲かせ侵入者を許さなかった。

力あるが故に入り込めた者は居ても数少なく、同じ者がこの地へと来る事は叶わないと噂された。






「久方ぶりだ、覚えているかな?」

大きな狼型の神獣フェンリルが世界樹が集結する地に降り立ったのは、とある気配を感じ取ったからであった。

「セア、の、お母さん」

セア、とは昔の加護持ちが相棒とした相手の名だ。

フェンリルの名のもとに集まった獣人の子で、同じ年齢同じ性別且つ同じ呪い持ちだった。

この数百年で全ての子が亡くなり孤高のフェンリルになってしまったが、その事実を生まれ変わったばかりの加護持ちトアは知らない。

「ああ、随分と幼くなってしまったな、トア」

トアという名はセアと旅に出る際にこのフェンリルに付けてもらった名だった。

云わばこのフェンリルはトアの名付け親である。

「セアの呪いを一身に受け、幸福を願ってくれた事感謝する。だが、あまり宜しくない選択だったがな」

己の子と同じように慈しんだ子が、己の子の為に命をかけたことを、長年忘れることは無かった。

「俺に、出来る事、それだけだった」

あの強い呪いの解呪は、昔のフェンリルでは出来ず歯痒い思いをした。

その解呪を、命をかけて行うなど誰も思いはしない。

「お前は賢すぎた。優しすぎたともいう。自己犠牲は程々にと言ってあっただろう?」

先を見据える能力が他者よりも高く、自分の命を簡単に天平にかける子だと分かっていたからこその警告も、意味を為さなかった。

「でも、幸せだった。セアも、俺も」

その自分の幸せが、どう考えても小さすぎると理解出来ない幼い子に教える方法はあるのだろうか。

「ああ、セアは家族と一生を過した。共に生き、共に老い、共に逝ってしまった。最後まで笑っていたぞ」

笑顔が似合う獣人だったのだ、セアは。

「そっか」

いつも笑いあっていたあの頃を思い出す。

もう、顔も声も定かではないけれど、雰囲気は思い出せた…ような気がする。

「呪いの所為とはいえ、お前を忘れたセアを何度叱ってやろうと思ったか。仲間であった筈なのに」

セアからは呪いと共に、記憶が無くなった。

その記憶も、トア単体が消えたのだからフェンリルは嘆いた。

最も近くに居た仲間を忘れてしまった情けない己の子セアに、助けられなかったフェンリル自分に、何かしらの衝動を抱いたのは数回ではない。

「俺は気にしない」

ふわりと笑う幼子トアに、フェンリルは鼻を寄せベロリと顔を舐めた。

「私が気にするのだ。まぁ、死んでしまった者の事は良い」

フェンリルにとって、忘れられない日で有ると共に折り合いの付けれた昔の話でもあった。

だからこそ、会いに来たのだ。

「可愛い我が子の友、ココは良い所かい?」

この子は不遇すぎた。

昔は半魔族として生まれたが故に親に捨てられ仲間を持つことも出来ずいない者として扱われた。

人でなく、魔族でもない、半端者。

身を寄せる場も無いのに、悲観せずに生きてきた子。

フェンリルと出会うまで、何度も死にかけながらも挫折せず、復讐心も持たずに純粋に「生きたい」という願いを持ち続けた強い子でもあった。

人として生まれ変わったのに、ここに親がいないということは、きっと今世でも同じ目にあったのだろう。

「ココはね、幸せでいっぱいだよ」

そう言って、乗っていた幹から飛び降りフェンリルに近付いた幼子トアは、昔のように飛び付いた。

「そうかい、そうかい。それは良かった」

抱きついてきた幼子トアを受け入れたフェンリルは、大きな体を地に伏せた。

今まで見てきた世界の中で、間違いなくこの場所が一番居心地が良い。

幼子トアの魔力は、どんなモノにも変えられる力であり全てを壊せる代物だ。

その力を間違うこと無く使えていたあの子と同じ子でありながら、何故こんなにも胸騒ぎがするのだろう。

「あのね、俺にね、家族ができたの」

フェンリルに抱きついたまま、幼子トアは目を瞑った。

「家族かい?」

この場所に人の気配はない。

ならば一体、家族とはどんな存在であろうか。

「世界樹のみんなが家族なんだよ」

世界樹と聞き、フェンリルは目を見開いた。

世界樹は確かに個体的思考を持つ特殊な木である事は知っていたが、まさか人の子を迎え入れるとは思わなかったのだ。

いや、むしろ…この魔力を元に、世界樹達はココに居るのだろうか?

「いっぱいね、ねぇねとにぃにができたんだよ。あとね、じぃじもできたの」

嬉しそうに弾む声は、昔のこの子からは発せられることは無かった。

ならばきっと、この子にとって、ココは何よりも大切な「居場所」なのだろう。

フェンリルがこの地に来るのに時間がかかったのには訳があった。

世界樹達が大きな結界を張り、樹人トレントが惑わしの花を咲かせ、精霊が風を吹かせているため外界からはこの場所はただの森に見える。

更に、幼子トアの魔力によって世界樹達が張る結界は弾くのではなく素通り出来てしまう程高度なものへとなっており、最早気付けるのは一部の強者もしくは証持ちだけであった。

「もう、あの男の事は良いのか?」

この子が生前、ずっと一途に思い続けた相手。

ほんの一瞬会っただけの、何の関係も生まれずに終わった者の事を、今の幼子トアはどう考えているのだろうか、そんな素朴な思いからの問いかけ。

「いいの。だって、もう思い出せないから」

きっと、もう、生前の事など殆ど覚えてないのだろう。

少し頬を染めた幼子トアは、一体、何をどこまで覚えているのだろう。

「セアの、お母さん」

「何だい?」

「ありがとう」

昔よりも小さな体で昔よりも不安定な感情を、この子はどこまで抱えきれるのだろうか。

「俺、セアと一緒に冒険出来て、楽しかった。呪いは怖かったけど、それ以上に色んな所行って、色んな人と出会って、嬉しかったんだ」

舞い上がるこの子の魔力は、いつ見ても、穢れのない輝く宝石のようだ。

「もう、色々思い出せないけど、いっぱい笑いあったのは覚えてるの。あの人の事思い続けれたのも、幸せだったけど、多分俺」

パチリ、パチリとシャボン玉のような魔力は割れキラキラと輝く。

「一番は、友達セアと居れたことだったと思う」

「ああ、あの子はずっと幸せだったろうさ。そうだ、トア」

「なあに?」

「もう、自分から幸せを手放してはいけないよ」

「必要なら、しょうがないって」

「その思考は捨てなさい。もう居ない者の言葉など何の意味も無い。大切な家族が悲しむ姿は見たくないだろう?」

この子は、いつまでも、親の帰りを待つ子供だ。

その親はもう二度とこの子の前には現れないのに、この子は健気にも待ち続けるのだろう。

「トア、もう過去に折り合いは付けれたのだろう?今を生きなくてはいけないよ」

ビクリと小さく揺れてから固まったトアに、フェンリルはやはり、と苦笑する。

「…うん、分かった」

間のある返事がまた、良くわかりやすい、とフェンリルは立ち上がった。

「さぁ、私はもう行くよ」

きっとこれから、この子は生前出来なかった事をしていくし、学んでいくだろう。

「また、来てくれる?」

少し俯いた幼子トアに、感情の起伏が現れた事実を実感した。

「勿論だとも」

それが少し嬉しいと思う。

この子は、きっと、またーーーー。

「へへ、またね」

だらしなく笑った幼子トアの頬を舐める。

ああ、本当に良かった。

そう、声を震わせて一鳴きしフェンリルは住処へ足を進めた。




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