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クロの本能
しおりを挟む俺の肩を支点に身体を持ち上げたクロは、後ろから近付いてきた奴にかかと落としを食らわせた。
かかと落としを食らった男の手からはナイフが離れ、そのまま地面へと吸い込まれるように叩きつけられた。
クロの様子がおかしい。
フラフラと足取りが悪く、頭を何度も横に振る。
「ぐぅるる、るぅ」
捻り出されたかのような鳴き声は、普段の鳴き声とは似ても似つかないほど低くまるで獣のようだった。
立ち上がろうとする男の顔を何度も殴りつけるクロを止めるために、振り上げられた腕を掴む。
「クロ、やめろ」
俺の手を振りほどこうと腕を振るクロは、視線を男から動かさない。
「ひぐ、ば、ばけも、がはっ、や、やめ」
掴んでない方の手で男を殴り、低く唸る。
少し危険だがクロを抱き上げ、背中をさする。
「落ち着けクロ、大丈夫だ」
「うゔゔ、ぐるる」
焦点の合わない目が俺を映すと、身体の強ばりが少し解けたような気がした。
男が口元を袖で拭いながら立ち上がる。
「ひ、ヒトが、俺に手を上げるなんて!有り得ない!この化け物が!」
落としたナイフを拾い、こちらに切っ先を向ける男。
やめろ、これ以上クロを刺激するな。
ただでさえ今日は天気が悪くてクロは不調なんだ。
走り出した男の手を避け、横腹に回し蹴りを食らわせる。
男が近寄って来たのが視界に入ったのか、クロの手が俺の腕を強く掴み爪がめり込む。
「がぁ、あああ、がるるるる」
クロの頭がぐらりと揺れ、身体から力が抜けた。
気絶したのか?
男を殴り付けたせいで皮が剥けた手を治療するべく、病院へと足を向ける。
男は近くで見ていた観衆に取り押さえられ、絶叫していた。
「俺じゃなくてヒトを捕まえろ!アイツは俺を殴ったんだぞ!理性の無い獣を何とかしろ!」
ここがもし、クロの事を知らない場所なら、その発言も間違ってはいないが・・・な。
「ここは任せて」と言った近くに居た栗鼠人に頭を下げ、早足でさっきまで居た病院へと逆戻りする。
ダラリと動かないクロを抱え直し、聞こえていないだろうが頑張れと声を掛ける。
雨の日は、クロがよくクロではなくなる。
きっと本当であれば、あの獣のような姿がヒトでありクロの本来の姿なのだろう。
ヒトらしくないヒト。
病院で1度言われた、医師の言葉。
『覚悟をしておくべきだよ。ヒトは、本来こうでは無い。故に、何かしらの出来事で変わってしまうかもしれない。この子は、紛れも無くヒトだから』
ーーーver
「うるさいわねぇ。いい?この地域であのヒトを知らない人は居ないのよ」
「アンタ以外は知ってるの、あのヒトをね。他のヒトなら疑いもしたけど。あの子が相手なら、どうせアンタが何か仕掛けたんでしょ?」
「こいつナイフ持ってるし、クロちゃんこれに反応したんじゃない?」
「ご主人様を守るヒトなんて、マジで物語の登場人物かよ」
「手怪我してたし、大丈夫かな」
「クロちゃんの本能、ヒトって言っていいの?ってレベルで草生える」
「噛み付くんじゃなくて殴りつけてたもんねぇ。飼い主の手は振り払うだけだったし」
「あーあ、馬鹿なことしたな、お前」
くすくすと笑われ、男の顔は赤く染った。
「あの子、ーーのお気に入りだぜ?」
「ーーーの方でも有名だよな」
「え、ーーだけじゃないんだ?」
放たれた言葉に、今度は真っ青になる。
「相手が悪かったな、おっさん」
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