尻拭い、のち、リア充

びやヤッコ

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試験 1

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 『緒里~復活したよ~無視しないでね‪♡』

 さよなら、束の間の平穏。

 俺はスマホの画面に映った通知を見てげんなりとし、スマホを裏返した。

 悠里のスマホとパソコンを水没させてから3日目。やつのスマホは早くも買い換えられたようだった。

 あの後、万喜先輩本人に盗撮のことを確認したところ、あっさりと認めた。

 そして超小型のカメラが設置されていた場所は、なんとテレビの裏側や窓枠の隙間だった。

 見つかったカメラは合計で5つ。

 どんなに小さくてもさすがに気がつきそうだが、部屋で自由に過ごしていた俺でさえ発見していないのだから、人のことは言えない。

 部屋の掃除は清掃員の人がしているため先輩も隅々まで見る機会がなかったのだろう。

 そしてその清掃員は万喜先輩から金を受け取って指示通りに動いていたらしい。主にカメラのチェックをしていたようだ。

 ほとんど顔を合わせることのない清掃員は完全に盲点だった。

 一連の出来事は、おおごとにしたくないという黒永先輩の希望で学校側に報告することはなかったが、結局その清掃員は罪悪感からか、自主退職した。

 指示をした万喜先輩は黒永先輩から咎められることはなかったが、その後の関係は言うまでもないだろう。

 そんなゴタゴタがありながらも、時は一刻一刻と期末試験へと近づいていた。

 1ヶ月あったペア学習期間もいつの間にか残り1週間ちょっと。

 俺と黒永先輩は以前よりも勉強に使う時間を増やし、中庭には行ける時だけ行くようになった。

 と言っても黒永先輩は俺よりもずっと優秀で、勉強らしい勉強をしている姿はほとんど見ていないのに、既に試験範囲のものは網羅している。

 そんな天才的な先輩とは違い、俺は勉強をしないと頭に入らない平凡な人間であるためさすがに真似はできない。

 そういうこともあり、先輩は読書をして俺は勉強をし、分からないところがあったら教えてもらうスタイルでやっている。

 しかし……

 ヤバい、集中できない……

 先程から繰り返し何度も読んでいる数学の問題文をもう1度最初から読む。

 整式p(X)をX-2で割ると18余り………………ダメだ、こんな問題よりあっちの方が気になる…………

 俺はチラリと黒永先輩のスマホの方を見る。

 そろそろじゃないか?

 この頃毎晩この時間になると黒永先輩のスマホに電話がかかってくる。

 家からの電話らしいが、毎回嫌そうな顔をしながら電話に出る黒永先輩を見ると、どうしても気になってしまう。

 一体黒永家で何が起こっているのだろうか。

 そんなことを考えていると、先輩のスマホの画面がパッと明るくなる。

 サイレントモードのため音はないが、電話が来たことは分かる。

 「またか……悪い、出てくる」

 「あ、はい……」

 明らかに嫌そうな顔をして部屋を出ていく先輩を、毎度の事ながら心配せずにはいられない。

 事情を聞いたらさすがに悪いかな……?

 人の家の事だし無闇に聞くのはよくないと思うけど……今までこんなに機嫌が悪そうな時がなかったから気になってしまう。

 そういえば1回だけ真っ暗な中庭で何もせずにポツンと座ってたことがあったけど、あの時も確か家からの電話があったって言ってたな。

 先輩に悩みがあるなら一緒に考えたいと思うけど…………

 ドアをぼんやりと見つめながらあれこれ考えていると、それは突然ガチャリと開いた。

 あ、帰ってきた。

 どうやら電話が終わったようだ。

 先輩の眉間にはシワが寄っていたが、俺が見ていることに気がつくと、いつも通りの穏やかな表情に戻る。

 「解き終わったのか?」

 「いやー……さっきから1問も進んでないです……」

 「難しいのか?」と言って隣に座った先輩は、俺の手元を覗き込む。

 「……君なら解けそうな問題だけど」

 「ですよね、でもさっきから問題文が頭に入ってこなくて困ってます」

 俺は黒永先輩を穴が空くほど見つめる。

 「どうした?可愛いけど」

 「か、かわ……いや、そういうアピールとかじゃなくてですね……」

 どう切り出そうか悩んだ末、この人相手に回りくどく尋ねるのも無意味なことだと思い、単刀直入に行こうと決心した。

 「先輩、さっき機嫌悪かったですよね?」

 「えっ?」

 「眉間にシワが寄ってましたよ」

 俺は先輩の眉毛と眉毛の間を狙って指でツンツンと押す。

 「最近、家からの電話に出るといつもそんな顔してますけど、何かあったんですか?俺が聞いてもいいことですか?」

 そう聞くと、先輩は困ったように笑う。

 「心配させていたか……悪いな。聞きたいことがあるならどんどん聞くといい。言っただろ?俺に対して何かを我慢する必要がないって」

 「なら……先輩がなんで不機嫌になったのか知りたいです」

 「いいよ。でも話すと長くなるから、今日聞くなら勉強はここまでになるけど平気?」

 「平気です!今日聞かないと逆に勉強に手がつけられなくなる気がする……」

 先輩はふわっと笑うと俺の手を掴む。

 「じゃあ行こうか」

 「へ……?」

 行く?どこに……?話をするんじゃないの?

 わけが分からず、引かれるままについて行くと先輩が向かった先は寝室だった。

 まさかこれから中庭にでも行くのかと思ったけどさすがにもう遅いし違ったか……

 そう思っていると突然引っ張られ、その勢いでベッドにダイブしてしまう。

 「ちょっ……先輩?!」

 「はははっ」

 「何いい笑顔で笑ってるんですか!」

 起き上がろうとすると、先輩に前から抱きしめられ、ついでに足も絡められて逃げ場がなくなる。

 「先輩もしかして酔っ払ってます?」

 「そうかも」

 「そうかもって……」

 俺の顔が先輩の胸に埋まるような形で抱きしめられているため表情が見えない。

 しかしその声はなんだか上機嫌そうだった。

 さっきまでは不機嫌そうだったのに……

 「機嫌直ったんですか?」

 「うん、緒里が可愛いから」

 「また可愛いって……もしかして俺が今まで言った仕返しですか?」

 「いや?そう思ったから言った。さっきまでずっと触るの我慢してたからこれから補充する」

 「触りたかったんだ……」

 俺も先輩の背中に手を回してギュッと抱きしめる。

 この人恋人に対しては甘々になるのか、ギャップだね。初めて会った時の俺への塩感が逆に懐かしい。

 「…………あの中庭、設計したのが俺の母親なんだ」

 「えっ?!」

 完全に気を抜いていたところに衝撃的な情報が入って目を見開く。

 見開いたところで相変わらず先輩の胸板しか見えないが……それはさておき、なぜ先輩がずっとあの中庭にこだわっていたのかようやく理解できた。

 「だから中庭が好きだったんですね……先輩のお母さんって設計士なんですか?」

 「ああ、でもあの中庭を設計したのは在学中のことだったらしい」

 「在学中?!てことはここって先輩のお母さんの母校?!」

 「そうだ。もう30年以上も前のことだけどな」

 「へぇ~!お母さんが設計した中庭を気に入ってるってことは、仲がいいんですね」

 何気なくそう言うと、黒永先輩が突然沈黙する。

 あれ?もしかして違った?

 「先輩?」

 「…………悪い、考えてたんだ。仲が良かったかどうか」

 「……?」

 まさか…………

 「俺の母親は俺が5歳の時に病気で死んだんだ」

 「え…………」

 頭を打たれたような衝撃だった。

 俺は慌てて「ごめんなさい」と謝る。

 「そうだとは知らずに……」

 「いや、謝る必要はない。言ってなかったから知らなくて当然だ」

 胸が締め付けられる感覚がする。

 5歳の男の子がお母さんを亡くした感覚なんて俺には想像もつかない。

 でもそれはきっと悲しくて辛かったはずだ。

 男の子は小さい頃特にお母さんに懐くと聞いたことがある。

 母親からの愛を幼くして失ってしまった先輩はどれほど心細かっただろうか。

 お母さんが設計した中庭に毎晩通うほどだ。きっと大好きだったのだろう。

 俺は先輩を抱きしめる腕に力を入れる。

 「優しい母親だったよ。確かに仲は良かった。でも……俺を騙した1人目の人でもある」

 「え?」

 お母さんが先輩を騙す?

 一体どういうことかと思っていると、先輩は自傷気味に笑った。

 「騙したと言っても子どもの感覚だ。病気のことを俺に伏せてたんだ。いつも俺が大きくなったら~とか、大学に入ったら~とか、あたかも自分に将来があるように話して、明るく振舞って………それで突然俺の前から姿を消したんだ。今考えると母親なりの優しさだし、子どもに自分が死ぬことを言える親なんてそうそういないことくらい理解はできる」

 しかしそんな言葉とは裏腹に、先輩の声はなにかに耐えるように苦しそうだった。

 「理解はできるけど…………受け入れられないんですね?」

 「………………ああ」

 そりゃそうだ。

 大好きな人が何も告げずに突然消えてしまうなんて、想像しただけで胸が苦しくなる。

 「母親の最期に立ち会ったのは俺と母方の祖父母だけだった。父親はその日…………愛人のところにいたんだ。病院からの電話に気づかないで、次の日の夕方になってようやく事情を知ったらしい」

 「愛……人……」

 あまりにも絶望的な状況に何も言葉が出ない。

 「本当は父親とも呼びたくない。この人が俺を騙した2人目の人物だ。正しくは俺と母親を騙した、だ。小さい頃から仕事仕事と言って家に帰らなかったことは印象に残ってる。母親とも度々衝突してたから多分女絡みだろう。自分の妻の死すら気づかなかった最低な人間で、俺のこともほとんど祖父母に任せてたくせに、今さら父親面してくるんだ」

 「もしかして最近の電話って……」

 「ああ、父親だ。母親の十三回忌のことで俺に参加しろって……でもあの人最近新しい女の人と結婚して、その人も来るらしい」

 女好きの父親に、見たこともない新しい母親。

 そんな人たちと迎える十三回忌って…………

 俺だったら嫌で嫌でしょうがない。

 「俺はそれに参加しないで、別の日に個人的に墓参りをしようと考えてるけど、毎晩電話がかかってきて正直鬱陶しい。多分会社の後継を俺にさせたいからかまい始めてるんだと思うけど」

 「あっ……そういえば黒永グループの会長でしたね」

 すっかり忘れるところだった。

 「じゃあ先輩が跡を継ぐんですか?」

 「いや、俺は継ぐ気はない」

 「そうなんですね……」

 「そういうことだから機嫌が悪かったんだ。心配をかけたな」

 「いえ……先輩のことをもっと知れてよかったです」

 こんな重いものを背負って生きてたなんて……

 しかもこれからも向き合わないといけないなんて……

 その苦しさは想像を絶するものだろう。

 先輩がこんなに沢山のことを打ち明けてくれたんだ。

 だから俺も…………俺も…………

 言わなきゃいけないのに。

 毎日のようにそう思っているのに口が開かない。

 この日も俺は自分のことを打ち明けることができなかった。
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