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変化 2
しおりを挟む俺は今日、商業エリアに来ている。
皆テスト勉強に集中をしているのか、土曜日にしては賑わっていなかった。
商業エリアに来た理由は、ただ1つ。
偽恋人作戦を成功させるためだ。
実との作戦会議で決定した事項はこうだ。
1、恋人(偽)となるのは、夏休み直前。
2、それまでの期間は、なるべく自然な程度で接触すること。
1に関しては、悠里のショックが大きい間に閉じ込めたいという東の要望のために設定された時期だ。
そして2に関してだが、これは俺たちが好き同士かもしれないという噂を利用する方法だ。どういうことかというと、俺が突然悠里の前に実を連れて「恋人だ」と言い張ったところで信憑性がないため信じないかもしれない。しかし、俺と実が付き合う直前のカップル達がしているようなデートをよくしているという噂が広まれば、俺が悠里に実を恋人として紹介した時に信憑性が増すため、効果的であると考えたのだ。
そして今日に至るまで、お昼ご飯を一緒に食べてみたり、放課後にお互いがお互いに会いに行ってみたりと、わざと人目がある場所でそれっぽいことをしてきた。
それの延長線として計画されたのが、今日の商業エリアデートというものだったのだが……
「まさかとは思いましたけど、本当に来たんですね、黒永先輩……それから……」
黒永先輩の背後でドス黒いオーラを放つ男をチラリと見てため息を吐く。
「……万喜先輩……」
なぜだ?!なぜこうなるんだ?!
実と2人の予定だったよな?!
最近はずっとこうだ。
なぜだか分からないが、悠里の部屋に連れ込まれた日以来、黒永先輩は狂ったかのように俺のそばから離れなくなった。
いつもだったら放課後になると俺がS棟に通っていたはずなのに、ここ数日は俺の授業が終わる前から教室前で黒永先輩が待機していて、2人で寮の部屋で勉強をしてから、夜には中庭でくつろいでいる。
だがここまでは許容範囲だ。
問題は朝だ。
ここ最近、黒永先輩はS棟の部屋を使わずに、寮で生活をすることが多くなった。そして当たり前のように俺を部屋に泊めるようになった。
そのため、朝は一緒に身支度をしてから部屋を出るが、おかしなことに俺が無事に学習棟に着くまで先輩がついてくるのだ。
昼休みはわざわざこちらに来ることはないが、時折「問題はないか?」といったような安否確認のメッセージが送られてくる。
悠里のことで敏感になっているのかもしれないが、さすがにやりすぎではないか?
お陰様で、実との2人の時間がなかなか取れず、3人の時間になることが多い。
これじゃあ「緒里と副会長が好き同士かもしれない」という噂が、「緒里が副会長と黒永さんとの間で二股をかけてる」という最悪な噂になりかねない。
だから今度こそ計画通りに実行できるように商業エリアデートのことは黒永先輩に内緒にしていたが、なぜいる?!しかも番犬を引き連れて!!
「実……なんで2人が……?」
「ごっめーん!昨日S組のサロンがあったんだけど、その時うっかり言っちゃったー」
てへぺろと可愛子ぶる実に呆れてものも言えない。
こいつ……うっかりとか言ってるけど本当はわざとじゃないだろうな……?
悠里と近い雰囲気を持つ実をつい疑いの目で見てしまう。
まあ来ちゃったなら追い返すわけにもいかないしな……
異質のダブルデートってことで、もう開き直ろう。
「じゃあ何からする?俺は1回も来たことないから分かんないけど……」
そう聞くと意外なことに万喜先輩が提案をする。
「乗馬や舟遊びが定番だ」
「それって万喜さんが晴仁さんとしたいんじゃないですか~?」
ニヤニヤとしながら煽る実に、万喜先輩は鼻で笑う。
「ふんっ。煽る相手は考えた方がいいと思うけど」
あーあー
この2人も相性最悪なんかい。
ていうか万喜先輩と相性がいい人なんているのか?黒永先輩はこの人と気が合うから一緒にいるのかな……?
そんなことを思っていると、突然腕を引かれる。
「黒永先輩……?」
「行こう」
ギャーギャーと騒ぐ2人を置いていき、先輩は俺を連れでどこかへ向かっていく。
「どこに行くんですか?」
「……馬は好きか?」
「馬?好きかどうか考えたことないですけど、かっこいいとは思いますね!」
俺がそう言うと、黒永先輩は「そうか」と優しく微笑む。
あ~!!最近は前よりもっと笑顔が増えてきたけど、俺を心臓発作で殺そうとしてるのか?
直に伝わる鼓動を手で押える。
腕じゃなくて手を握ってくれならいいのになーなんて思っちゃったりして。
ってダメだ……好きだって自覚してから常にそっちに意識が持っていかれる。
本当なら実との偽恋人作戦も上手く2人でやっていかないといけないのに、ほぼ毎回黒永先輩が入ってきてしまっていることに少し嬉しく感じることもある。
「先輩と遊ぶのって改めて考えると初めてですね」
「確かにそうだな」
「ちょっとデートっぽいですね」
冗談っぽくそう言うと、黒永先輩はややムスッとする。
「本来の相手は春夏冬だけどな。今日のことをなんで俺に黙ってたんだ?」
「え?!そ、そりゃもともと俺と実の用事だったし……」
言ったら先輩も来ちゃうじゃん!まあ言わなくても来ちゃったけどさあ!
なんと言えばいいか悩んでいると、黒永先輩はぼそっと「悪かった」とつぶやく。
「こんなことを聞いても君が困るのは知っている。2人が計画のために行動をしてるのは理解してるけど、君が俺のいない所で何かあったらと思うと気が気じゃないんだ」
「先輩……」
俺の腕を引いて1歩前を歩く先輩の顔をちらっと横から覗こうとしたら、瞬時に視線を手で遮られた。
「あっ、ちょっ……」
「今は見るな。多分変な顔をしてる」
恥ずかしそうに顔を背ける黒永先輩にたまらずニマニマしてしまう。
「大丈夫ですよ、先輩はどんな表情をしてても最高にイケメンなので」
「それは君の方だろ」
「……」
「……」
な、なんだろうこのむず痒い空気……!!!
これってあれだよな、付き合う前のイチャイチャ。
っていかんいかん!!またこんなことを考えてしまった……
空気を変えなくては!!
「それでー、これから馬に会いに行くってことですよね?先輩って馬に乗れますか?」
「ああ、少しだがな」
「マジすか?!いいな~俺も乗ってみたい」
「なら俺が乗り方を教えよう」
「やった!」
程なくして先輩に連れられてやってきたのは、広々とした馬場だった。
そこでは何人かが乗馬をしているようだが、黒永先輩に気がついた途端に、目の輝きようが変わる。
すごい、みんな先輩に釘付けだ。
当の本人はそんなことには慣れているのだろう。そちらを一瞥することもなく俺を連れて厩舎に入っていった。
入った瞬間に厩舎特有の臭さがあるかと思いきや、そうでもなかった。小さい頃にも1度馬に乗りに行ったことがあったが、あの時の厩舎はかなり臭かった。それに比べると、ここはかなり掃除が行き届いているのだろう。
その後慣れている黒永先輩に全てを任せ、ヘルメットなどの装備と、馬の準備が完了した。
真っ黒い馬と、白色にやや灰色が混じったような色の馬の2頭。
先輩によれば、それぞれ青毛と芦毛の馬らしい。
「ていうか別々の馬に乗るんですね。完全に2人乗りだと思ってました」
「馬に負担がかかるからな」
「なるほど……」
「……2人乗りが良かったのか?」
「え?!いや??そんなことないですよ?!」
焦ってブンブンと頭を振る。
いやそりゃ2人乗りがいいですけどね!!先輩とくっつけるもんね!!
漫画とかでよく男女で2人乗りしてるからてっきりそういうものだと思ってたけどなるほど体重か!!俺が男だったばかりに……
少し残念な気持ちでいると、黒永先輩は「大丈夫だ」と言う。
「この後船にも乗る予定だから」
「おお!定番スポットその2!……って何が大丈夫なんですか?」
「乗れば分かる。先に馬に乗ろう」
乗れば分かる?どういうことだ?
わけが分からないが、とりあえず目の前の馬に集中する。ボケっとして蹴飛ばされたら危ないからな。
「よろしくねメイリン」
メイリンと名付けられた芦毛の馬の首元を軽く撫でてみるが、拒絶はされないので一安心。
「その馬は大人しいから大丈夫だ」
「先輩の馬はトゥオーノ?でしたっけ?黒くて強そうですね」
「この馬は賢いが、好き嫌いが激しいんだ」
「先輩のことは好きなんですね」
「多分そうだな」
俺は心の中でトゥオーノに伝える。
君より俺の方が先輩のことが好きだからね!
するとすぐにトゥオーノはプイッとそっぽを向いてしまった。
「あ、嫌われた」
「ふっ」
まあ先輩が楽しそうに笑ってるからよしとしよう。
「じゃあ乗りましょうか!」
「そうだな」
それから俺は黒永先輩に文字通り手取り足取り乗馬のコツを教えてもらった。
少しして俺はようやく馬の背中に乗れたが、乗るのがまさかこんなに難しいとは思わなかった。
乗るのが馬じゃなかったら思いっきり力技でいけたかもしれないが、相手が生物だということに若干緊張して思ったよりも手こずった。
「乗れたけど、ここから動ける気がしないです」
メイリンの横に立つ黒永先輩にゼエゼエとしながら言う。
「なら俺がメイリンを引くよ。君はそのまままったり乗ってて」
「え、いいんですか?やったー!」
先輩がメイリンを引くと、のっそのっそと歩き始める。
わあ~この感覚懐かしい!
小さい頃以来だけど、こんなに大きくなっても人に引いてもらうところは成長しないなんて……
それにしても先輩と馬って良く似合うな。隣に並んで立ってるとまるで貴族みたいだ。
まあ家柄的にほぼ貴族と変わらないだろうけど。
無意識にじーっと先輩を見つめていると、さすがに視線を感じたのかこちらを振り返る。
「俺を見てどうする」
「いや、先輩かっこいいなーって……」
「……」
「……照れた顔も見たいなーって……」
「………………緒里」
「は、はい!」
突然名前を呼ばれて背筋を伸ばす。
「後で覚えてろよ」
「え?!」
前を向いてしまった黒永先輩からは何を考えているのか読み取れない。
覚えてろよって何されるの?!
確かにからかいすぎたけど、すぐ照れちゃう先輩が可愛いのがいけないんじゃん!
こうして俺と黒永先輩は終始謎の空気に包まれて、乗馬どころじゃなかった。
黒永先輩がトゥオーノでお手本のような乗馬の仕方を披露してくれた時は、いつもの本を読んでる「静」とは真逆の「動」の姿が見れて福眼だったから褒めまくったら、またしても照れられてしまった。
メイリンとトゥオーノからしたらこいつら何しに来たんだとなるだろう。
俺たちが厩舎を去る時に送られてきた2頭の生暖かい視線が、なんだかいたたまれなかった。
**********
学園の敷地内には多くの施設があるが、その中でも1番面積を占めているのが学知池と呼ばれる大きな人工の池だ。
名前の由来はこの学園の創設者らしいが、詳しいことはよく分からない。
ただ分かるのは、あまりの大きさにパッと見湖に見えてしまうことだけだ。
「次はここですか?」
「ああ」
その池の上には様々な種類のボートが何艘か浮かんでいて、数人で乗るものや2人乗りのものが目立つ。
「もしかして……」
「そうだ、あれに乗る」
なるほど、だから大丈夫って言ったのか。船で2人乗りできるからな。
でもあまりにもデートっぽくなっちゃうんじゃ……
黒永先輩がどんな気持ちでそれに乗ろうと思ったのかが気になる。俺に無理に合わせてくれてるとかじゃないよね……?
先輩の顔を盗み見ると渋々といった感じではなさそうでひとまず安心した。
先輩は嫌なことは嫌って言いそうなタイプだしね。
黒永先輩とボートに乗るなんて貴重な体験なかなかできなさそうだからごちゃごちゃ考えずに楽しもっと。
「ボートを借りてこよう」
「はーい!」
気持ちを切り替え、早速2人乗りの船を借りようとしたその瞬間、遠くから「おーい!」と呼ぶ声が聞こえてきた。
よく見ると、置いていった実と万喜先輩がこちらに向かってきているではないか。
……これは……4人乗りに変更か……?
ニコニコの実に対し、焦げた鍋底のように黒いオーラを放つ万喜先輩。
「探したよ~!僕たちを置いてどこ行ってたの?」
「全くだよ。こんなやつと2人にするなんて酷いよ晴仁」
「こんなやつってまさか僕の事じゃないですよね?」
「自覚があるなら少し謙虚になった方がいいと思うけど」
来るや否やバチバチに対抗する2人に苦笑いをする。
まさかずっとこんな感じだったのか?逆に相性が良かったりして……
そんなことを思っていると、万喜先輩の鋭い視線が突然俺に向けられる。
「まさか晴仁と2人でボートに乗ろうだなんて考えてないよね?」
「……えーと……そのまさかですね……」
「はぁ、君たち片倉兄弟はなんで2人揃って晴仁に手を出すのさ。晴仁も晴仁だよ。この子のこと取引相手って言ってたのに、なんで今日はこんな所まで着いてきたの?もう帰ろうよ」
取引相手という言葉に少し胸がズキッとする。
黒永先輩は俺と取引をしてるから優しいのかもしれない。でも、その優しさの全てが義務的なものではなく、心から俺を思ってくれていることくらいさすがに見れば分かる。
それに黒永先輩本人が言ったのだ。俺に対してだけ特別な感情を抱いていると。
だからそんな言葉に感情を揺さぶられる必要なんてないが、やはりこの曖昧な関係に不安を感じてしまう。
俺が黙っていると、まだ一言も発していなかった黒永先輩が口を開く。
「状況が変わったんだ」
「状況って……晴仁がここまでこの子を構う必要はあるの?俺と一緒にいるだけじゃダメなの?最近はほとんど話もできてないじゃん」
切なげに訴える万喜先輩からは、ひしひしと黒永先輩への好意が伝わってくる。
あ、これ告白をしてるんだ。
そう悟った瞬間に全身から変な汗が出る。
万喜先輩は黒永先輩に選ばせようとしているのだ。俺か、彼か。
もしここで万喜先輩が選ばれたら?
俺と黒永先輩はどうなっちゃうの?
嫌な考えがどんどん浮かんでくる。
そんな中、万喜先輩は続ける。
「晴仁が俺に心を開いたら言うつもりだったんだよ本当は。でもこのままじゃこの子に取られるかもしれないから今にするね…………晴仁、俺は晴仁が好きだよ。3年前から頑張ってきたんだよ。晴仁は俺のことを少しでも意識したことないの?」
……言ってしまった。
ついに万喜先輩がそれを言葉に出してしまった。
こんなことなら俺も自覚したあの瞬間に言えばよかった。まあ後悔したところで何も変わることはないが。
とにかく黒永先輩の反応が気になる。でもこの答えを聞きたくない。
もしここで万喜先輩が選ばれたら当然ショックを隠し切れないだろう。だからといってどちらも選ばれなかったら、それはそれで平然とした態度を貫ける自信がない。
ちらりと黒永先輩を見る。
表情が変化していない。だから何を考えているのか分からない。
俺はこの場から離れるべきか?
黒永先輩の沈黙が続けば続くほど不安が大きくなる。
そんな俺の心境をよそに、完全なる傍観者の実の瞳は楽しそうに輝いていた。
「目の前でちょー面白いことが起こってるんですけど~」とでも思っているのだろう。
勘弁してくれ。こっちは死活問題なんだぞ!!
ワクワクとした様子の実に目配せをする。
一緒にこの場を離れようぜ!!
しかし実は首を横に振って拒否する。
そして口パクで「こ・れ・さ・い・こ・う」と伝えてきた。
……こいつに期待した俺がバカだった。もうこうなったら俺1人でこの場から消えます。
そう思って足を一歩踏み出した瞬間、長い沈黙は黒永先輩の言葉によって終わりを迎えた。
「ここで話す内容ではない。場所を移そう」
えっ……そうきたか……でもまあ確かに人前で話す内容じゃないよな。
黒永先輩の提案を聞き、万喜先輩の強張った表情が少し和らぐ。
「晴仁がそう言うなら……でも必ず返事はしてね。濁した言葉とか聞きたくないから」
「ああ」
この後の返事によって、万喜先輩と黒永先輩、それから俺と黒永先輩の関係が決定しちゃうのか……
どんよりとした気持ちでそんなことを思っていると、ふと実と目が合う。すると何かを感じ取ったのか、実は「じゃあお二方はごゆっくり~僕はいおりんとデートしてきますんで~」と言って俺を掴むと、未練もなさげにその場から離れてボート乗り場の方へ向かった。
黒永先輩からの視線を感じたが、俺はどんな表情をすればいいのか分からず、結局そちらの方を振り向くことはできなかった。
**********
「どうなるんだろうね~あの2人」
2人乗りの手漕ぎボートに乗り込むと、実がニヤニヤとしながら言う。
俺は2人が去っていった方をぼーっと見ながら「さあな」と答えた。
「返事が雑~!じゃあ聞き方を変えるけど、いおりんはあの2人にどうなって欲しいの?」
「どうなって欲しいって言われても……」
核心を突くその質問に俺は何と言っていいか分からずに黙り込んでしまう。
「いおりんってさあ、案外うじうじするタイプだったんだね~」
「うるさい。てかなんだようじうじって……俺は別にそんな……」
「え?もしかしてそれで隠してるつもりだったの?好きなんでしょ?晴仁さんが」
さも当たり前のようにそう言われ、頭が一瞬混乱する。
あれ?俺実にこういうこと一切話してないよな?
俺ってそんなに分かりやすいか??……あ、そういえば山迫君にも言われたことがあったな。
全てを知っているとでもいうような自信に満ちた実の視線に耐え切れず、俺は白状する。
「……そうだよ、おっしゃる通りだよ。うじうじ全開で悪かったな」
「やっぱり?僕ね、晴仁さんがいおりんのことどう思ってるかも知ってるよ?」
実の言葉にドキリとする。
「ほ、本当か?」
「本当本当!で、……知りたい?」
眼鏡の奥の瞳が細められる。
黒永先輩が俺をどう思っているかだって?
そんなの当然……
「知りたいに決まってる」
「そうだと思った!でも僕も情報をタダであげるつもりはないんだ。だから僕が提示した条件を満たしたしてくれたら教えてあげるよ。どう?」
腕を組んで怪しげにそう言う実に俺は「いやいや」と手を振る。
「ごめん、知りたいっちゃ知りたいけど、別におまえから聞き出そうとは思ってないよ。だってこの後の黒永先輩の返事で全てが分かるじゃん。少し待てば分かるんだから、わざわざおまえの提示する条件を満たすとかいう危険な綱渡りなんてする必要がない」
そう言うと、「チッ」と舌打ちをする音が響く。
お坊ちゃんのくせに治安悪いなこいつ……
実は分かりやすくがっくしと肩を落とす。
「せっかく平凡先輩の押しつけ先を確保できると思ったのに」
「あっぶね~よかった~!綱渡りしなくて」
「じゃあいおりんはずっとここでうじうじうじうじうじうじうじうじ悩んで終わり?」
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「さあ、知らないな」
「この池で2人乗りのボートに乗った2人は結ばれるんだよ」
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「む、結ばれる……?!誰と誰が?!」
「2人乗りのボートに乗った2人が。つまり、僕といおりんが!」
俺と、実が……………………?
「ちなみにこのジンクス、内部進学の人はみんな知ってる程の有名なやつだよ」
てことはつまり……………黒永先輩も知ってるってことだよな?
「ははっ、顔色悪いけど大丈夫?」
「呑気に笑うな!ていうかジンクスなんて当てにならないだろ」
「当てにならなくても、人の考え方への効果は絶大だよ。本当はそんな力がなくても、ボートに乗ることでお互いにそのジンクスを意識して結果的にいい雰囲気になったり、周りから見たらあの2人は好き同士なんだろうな~って思われちゃうわけ」
「なるほど。で、こんな話をしたわけを述べよ」
「……晴仁さんはそのジンクスを知ってるのに、僕たちが乗るのを止めなかったよね?てことは、いおりんは晴仁さんからなんとも思われてないってことになっちゃうね?」
「……」
知らず知らずのうちに拳がきつく握られる。
黒永先輩が何も言わないのは、こういう話にあまり興味がないからなんじゃ?そう思いたいが、上手くできない。
鼻の奥がジンとする。
やっぱり俺って恋愛的に好かれてるわけじゃないのか……?聞きたいよ。黒永先輩から答えが聞きたい。
溢れ出そうになる何かをせき止めるために唇を噛み締める。
すると突然実はため息をついた。
「はぁ、思ってたより速かったな」
「え?」
言っている意味がわからずぽかんとしてしまうと、実が「ほら」と何かを見つめる。
その視線を辿っていった先には、目を疑う光景があった。
「……黒……永……先輩?」
先程去っていった方向から、黒永先輩が戻ってくるではないか。しかも1人で。
「なーんだ、もうお迎えに来ちゃったか。もうちょっとうじうじいおりん見たかったのにな~」
さぞ残念そうに言う実に戸惑いが隠せない。
「え、どういうこと?知ってたの?」
「緒里!」
実を問いただそうとしたが、池のほとりから俺を呼ぶ黒永先輩に一瞬にして意識が持っていかれる。
「先輩!」
ボートから手を振ると、先輩も振り返してくれる。
「早く岸に戻ろう!」
「はいはい。全くいおりんの表情の変わりようには呆れるよ……末永くお幸せに~」
「え?なんて?」
「なんでもないよ、早く晴仁さんのところに行くんでしょ?」
「うん!」
先輩が戻ってきてくれた……!
その嬉しさについつい顔が緩んでしまい、俺は自分でも分かるほどの満面の笑みで船を漕いだ。
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