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偽恋人作戦 1
しおりを挟む身だしなみを整え、黒永先輩から借りたTシャツと短パンを履くと、リビングのローテーブルで朝食を食べる。
ソファーからだと食べずらいためラグが敷かれた床に座った。高級感溢れるフサフサなラグは肌に当たるととても気持ちいい。
本日の朝食は黒永先輩が注文してくれたもので、分厚いバタートーストに目玉焼きとソーセージ、それからシーザードレッシングがかけられたサラダだった。
普通の朝食セットに見えるが、なんとこれ1食だけで3000円以上する。
やっぱりここのお坊ちゃんたちぼったくられてるだろ、と思いつつバタートーストをかじると、焼け目のサクサク感と中のふんわりモチモチ感、そして焼け目にじんわりと染みるバターが予想以上に美味しかった。
3000円あれば安いコースメニューも食べれるけど、これはこれでいいかも……
ラグにパンのカスが落ちないように気をつけながらひと口ずつかじっていると、何やら視線を感じた。
と言ってもこの部屋にいるのは俺を除くと黒永先輩しかいないのだから、視線の主は言うまでもない。
俺は顔を上げると、こちらをじっと見ている先輩に「何ですか?」と聞く。
「美味しそうに食べるなと思って」
「俺も先輩がご飯食べてる様子見たかったな。起こしてくれれば一緒に食べれたのに」
「気持ちよさそうに寝てたから」
黒永先輩は俺より1時間早く起きていたようで、とっくに朝食を済ませている。それを聞いた時は、惜しいものを逃したなと本気で思った。
「そういえば先輩はちゃんと寝れました?俺が隣にいたから気が散って寝れなかったですよね?」
「そうでもない」
起きるのが早いのも、ちゃんと寝れなかったからかも?と思っていると、先輩は首を横に振る。
「意外とすぐに寝れた」
「それなら良かったです」
ほっとしたのも束の間、俺はすぐにある事を思い出してハッとする。
「そういえば俺に聞きたいことがあるんですよね?」
「ああ……でもご飯が終わってからでいい」
「そうですか?ならすぐに食べちゃいますね」
そう言いながらソーセージを頬張ると、黒永先輩は緩く笑う。
「ゆっくり食べな」
俺は「はーい」と答えながら、心の中で「この人が聖母か」とつぶやく。
なんだろう、先輩として余裕があるというか……人としてゆとりがあるというか……
とにかく一緒にいて穏やかな気分になる。
そりゃ万喜先輩も必死で俺たちを追い払うはずだ。
こんなに素敵な人、独り占めしたくなるよな。
この人の恋人になれる人はきっと嘘をつかない天真爛漫な感じの人なんだろう。
俺はまず嘘をつかないという条件で引っかかるから絶対ないんだろうな……
それにこの前黒永先輩が万喜先輩に言ってた。俺は取引相手だって。
それは俺に対して心を開かないだけじゃなくて、人間としても興味がないということだ。
いくら部屋に泊めてもらえても、優しく微笑んでくれたとしても、それは取引の一環で、これ以上関係が親密になることはない。
その事実に何故かガッカリとして自然とため息が出てしまった。
「どうした?」
不思議そうに俺を見る黒永先輩に笑顔で「なんでもないです」と答えて俺は立ち上がる。
男相手に何を考えてるんだ、しっかりしろ俺!
気を取り直してゴミ箱のあるキッチンに向かう。
「これ全部ゴミでいいんですよね?」
「ああ」
朝食セットのゴミを片付け、ついでに歯磨きを終えると、ようやく先輩と話をする準備が整った。
よっこいしょとソファーに座ると、「聞きたいことって何ですか?」と尋ねる。
黒永先輩は持っていたマグカップをテーブルに置くと、やや間を置いてから口を開く。
「悠里が起こした事件のことについてだ。昨日の面会で何か進捗があったか聞きたかったんだ」
「ああ!そのことですか」
確かに先輩が暗闇でぼーっと座ってたことが気になりすぎて報告してなかったな。
「東の言葉の通り、俺と一緒にああいうことをしたかったらしいですよ。その目的のために俺がここに転校して来てから色々仕掛けてきたんだそうです」
転校自体が仕掛けだったことは言わないでおこう。黒永先輩は俺の転校のためだけにただ利用されたって知って欲しくない。
必要な部分だけ報告すると、黒永先輩は眉間にシワを寄せる。
「……それで、反省はしていたか?」
「反省はしてないですね」
思わず苦笑いをする。
「むしろ、これからもっと何かしでかしそうな雰囲気でした」
「そうなると指導室から出てきたらまた君に危険が及ぶかもしれないな。今のところ悠里が退学になる直接的な理由が足りないし……」
ちゃっかり退学させようとしてるのかこの人。
黒永先輩から滲み出る悠里への拒否感に、俺は思わず気が抜けてしまう。
「俺なら大丈夫ですよ」
「なんでそう言える?」
「助っ人ができたんです」
「助っ人……?誰だ?」
困惑気味の黒永先輩に、俺は胸を張って答える。
「なんとなんと!共犯の東桂士朗です!東が質問に快く答えてくれたのは、仲間割れとかじゃなくてあいつの目的があったんですよ。昨日の面会で本人が言ってました」
だが黒永先輩の表情は晴れない。
「大丈夫なのか?悠里の共犯だということは、君に害を及ぼす可能性があるんじゃないか?」
心配をしてくれるなんて優しいな。
俺は「いやいや」と手をブンブン振って安心させる。
「大丈夫です!俺も慎重に話したんで。それで東の目的というのが、悠里を独占したいっていうもので、ちょうど俺も悠里からの執着を断ち切りたいって思ってたから、お互いに有益な取引をすることになったんです」
「……」
黒永先輩は何を考えているのか、神妙な面持ちをしている。
「東によると悠里は完璧主義で、自分の思った通りに事が進まないと自暴自棄になるらしいです。俺の前では平然とした態度だったので分からなかったんですけどね……それでその性格を利用することになったんです」
「……つまり?」
「つまり、俺に恋人ができれば完璧らしいです」
あ、これは端折りすぎたか?
黒永先輩は俺の言葉を聞くと驚いたのか、少し目を見開く。
「こい、びと……?」
「びっくりしますよね、俺も最初聞いた時嘘だろ?って思いましたもん」
訝しげな顔をする黒永先輩に、俺は東と話した内容を全部説明した。
俺が恋人を作ることで悠里の計画が崩れること。
自暴自棄の悠里は東に甘えがちなこと。
夏休みの間で東が悠里を躾けること。
それから俺に恋愛経験がなさすぎて恋人作りが難しいこと。
「まあそういうことで、夏休み前までに偽物の恋人を作ることになりました」
「……」
話を聞き終わった黒永先輩は少し考えるように手を額に当てる。
「先輩?」
そこまでダメな計画ではないような気がするけどな……と思っていると、おもむろに「相手は?」と聞かれる。
「相手?」
「恋人役の相手だ。考えてあるのか?」
そのことか……確かにまだ考えてなかったな。
俺はヘラっと笑う。
「少し考えてみます。でも大丈夫ですよ、この事に先輩を巻き込むつもりはありませんから。俺の最優先事項は、先輩の平穏を守ることなので」
黒永先輩が何を考えてそんなことを聞いたのか分からないが、何にせよもう悠里に関わらせたくない。
それにいくら悠里相手とはいえ、偽物の恋人を作って騙す行為になるのだから、嘘嫌いな先輩には尚更頼れない。
そういう思いで言ったことだったが、思いの外返事の歯切れが悪かった。
「……そうか……」
どうしたんだろう?納得すると思ったんだけどな……
もしかして、こういう騙すような感じの作戦を聞いて気分が悪くなったのか?
俺は空気を変えるために慌てて話題を逸らす。
「そ、そういえば、このペア学習って試験までずっと一緒に勉強するって話ですけど、土日も含まれるんですか?」
俺のわざとらしさに気づいていないのか、それとも気づいても気にしていないのか、黒永先輩は普通に答えてくれた。
「土日は任意だ。ちなみに平日も放課後じゃなくて朝でも問題ない」
「昼休みも?」
「ああ、問題ない」
「授業の合間でも……?」
「問題はないが、S棟から移動するだけで時間がなくなるだろうな」
「ですよね」
言わなくても分かりそうなことをわざわざちゃんと説明してくれるのが面白く、ついにんまりとしてしまう。
良かった……東との取引を聞いても普通に接してくれてる。
さっきは声が硬かったから一瞬嫌われたのかと思っちゃった。
すぐに調子を取り戻した俺は、黒永先輩に今日の予定を訪ねる。
「今日って何か予定ありますか?」
「いや、特には」
待ってました!「いや、得には」!!
「なら今日はずっと勉強しましょ。で、疲れたらカフェかどっかで休憩して、その後また引き続き勉強。それから夜はいつも通り、中庭で先輩の読書タイムです。どうですか?」
ウキウキしながら提案すると、黒永先輩は少し楽しそうに笑う。
「3年間ペア学習をしてきたが、ここまで真面目に勉強をしようとするのは君だけだ」
「え?!コレで真面目って……」
今までの人たち何してたんだ……まあこんな顔が良くて優しくて勉強もできる人が近くにいたら集中できないよな!分かりますけども……!
内心の乱れとは真逆に、俺は早朝の新鮮な空気の如く爽やかに笑う。
「先輩の貴重な時間を割いてもらってるんだから、当たり前じゃないですか!」
「ふっ。なら君の提案した通りに今日は過ごそう」
「やったー!」
俺は思わずガッツポーズをする。
一日中先輩と一緒にいられる(不純)!!
「じゃあ俺、自分の部屋から色々教科書とか取ってきますね!先輩は大丈夫ですか?」
「俺は大丈夫だ。この部屋にも本が置いてあるからそれを読みながら教える」
「了解でーす!」
俺は玄関まで向かうと、靴を履き替えて扉を開けようとする。
ここでふと、脳裏にうっすらといつかの記憶が浮かび上がってきた。
ん?何の記憶だ?
思い出せそうで思い出せない。まるで夢みたいな………………
夢!そう、夢だ!昨日俺は確か先輩と喋る夢を見たんだ!
あれ?でもあれって夢だったのか?妙にリアルな感じだったし、先輩が俺の頭を撫でてた感覚がはっきりと思い出せる。
それに最後らへんで俺の名前を呼んだような…………
でももしあれが夢じゃなかったらだいぶまずいのでは?俺先輩に変なこと言った気がする…………
俺は真実を知るため、履き替えた靴を脱いで再び黒永先輩の元へ戻る。
そんな俺を不思議な顔をして迎える先輩。
「どうした?」
「昨日の夜、俺……変なこと言ってませんでした?」
しばらくの沈黙の後、先輩は答える。
「………………言ってたね」
うわーーーーー!!!
俺はしゃがみこんで頭を抱える。
なんだっけ?
先輩可愛いとか?悠里が俺に酷いとか?ご飯まだとか?
何甘えてるんだおまえ!高2の男がやることじゃねぇ!!
でもセーフだよな?!まだセーフなワードたちだよな?!
穴があったら入りたいとはこのことか!!!
羞恥心にもみくちゃにされた俺は覚悟を決めて立ち上がると、黒永先輩を正面から見据える。
「でも!お互い様ですからね!先輩も俺の頭撫でてたし、緒里って名前で呼んでましたからね!」
「え?」
ポカンとする黒永先輩を気にせず謎の言い訳をすると、俺は耐えきれずに逃げるようにして部屋を出ていった。
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