尻拭い、のち、リア充

びやヤッコ

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死守!平穏な日々!1

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 期末祭翌日の放課後。

 俺と山迫君はS棟に来ていた。

 ホールには俺たち以外にもS組に勉強を教えてもらう人達が来ていて、心なしか皆浮き足立っているように見える。

 「泉乃君」

 「あ!白鳥君!」

 ホールで待つ泉乃君を迎えにやってきた白鳥君は、今日も今日とて美しく、おまけに長い髪をポニーテールにしているため、人々の注目を浴びていた。

 「こっちだよ」

 「うん!」

 小柄な2人は並んで2階へ向かい、姿を消した。

 こうして次々と迎えが来ては、それぞれ勉強する場所へ向かい、ついにホールには俺だけが取り残された。

 山迫君を迎えに来た浅葱君はジャージを着ていたため運動後のようだったが、その姿が余計に爽やかスポーツマンの色気を漂わせていた。

 その浅葱君曰く、黒永先輩は万喜先輩に捕まってなかなか脱出できていないそう。

 ちなみに万喜先輩は指名が無かったため放課後は自由だ。

 自由になった放課後に、黒永先輩がいないなんて耐えられないのだろう。

 すごい独占欲だな。

 探しに行くか……

 俺は前回悠里と一緒に通った道を辿って3年S組の教室に向かう。

 それにしても相変わらず室名プレートがなくて分かりずらいな……

 そう思いながらひたすら前に進んでいると、微かに話し声が聞こえてきた。

 聞き慣れた声に引き寄せられ、近づいていくと、やはり黒永先輩と万喜先輩の声だった。

 それはとある部屋から聞こえてくるもので、俺はその部屋の扉を僅かに開き、中の様子を伺う。

 これは本当に教室なのか……?

 普通の教室のように、1人1つの簡素な机と椅子のある様子を想像していたが、この部屋は想像の遥か上を行っていた。

 そこはまるで豪邸の客間のようで、凝った内装にソファーやローテーブル、さらには暖炉まである。

 こ、黒板は……?教卓は……?

 俺の知ってる教室とだいぶ違うんですけど!

 そんな洒落た部屋の窓辺のソファーに腰掛ける黒永先輩は無表情に本をパラリと捲っており、ガミガミと文句垂れる万喜先輩の話を聞いているのか聞いていないのかよく分からない。

 「あの時拒否しなかったのはさすがに驚いたよ。だって晴仁を傷つけたやつの兄だよ?そんな人と1ヶ月も一緒にいたらまた傷つくよ?」

 「……」

 うんともすんとも言わない黒永先輩に痺れを切らしたのか、万喜先輩はソファーにドカッと座ると、本を奪い取る。

 「晴仁……なんとか言ってよ」

 「…………はぁ」

 ここでため息をつける度胸よ。

 ヒヤヒヤとしながら見ていると、黒永先輩の口から予想外の言葉が出てくる。

 「みんな何を勘違いしているのか分からないが、俺は悠里を好きになったことはない」

 「……えっ?」

 え?!?!?!

 危うく万喜先輩と一緒に声を出すところだった……

 俺は慌てて口を塞ぐと、息を潜めて続きを聞く。

 「確かに懐いてくるから少し気を許してはいたが、それ以上でもそれ以下でもない…………ただ単に騙されたことについて気分を悪くしただけだ。それに緒里はただの取引相手だから傷つきようがない。もういいか?」

 なんかよく分かんないけど、告ってないのに振られた気分だ……

 本を取り返してソファーを立つ黒永先輩の袖を、万喜先輩は「ちょっと待ってよ!」と言って引く。

 ああー……黒永先輩の眉間に若干シワが寄ってる!ちょっとイラついてるのでは??

 ここは俺が一肌脱ぎますか!先輩の平穏な日々を守るのも俺のお役目だからね!

 俺は咳払いをすると、勢いよく扉を引く。

 「黒永先輩ー!来ないから迎えに来ました!」

 陽気に登場する俺に2人とも一瞬キョトンとするも、万喜先輩の方は瞬時に目つきが厳しくなる。

 「晴仁に関わるなって言ったよね?」

 「でも黒永先輩も嫌がってないですよ?」

 「……」

 何か言いたげな様子だったが、すまし顔の黒永先輩を見るや否や悔しそうに押し黙ってしまう。

 「じゃあ行きましょうか」

 俺は黒永先輩の腕を引いて部屋を出ると、万喜先輩に軽く会釈をしてからゆっくりと扉を閉じる。

 閉まる寸前に見た万喜先輩の顔はなぜだかショックを受けたような表情をしていた。

 廊下に出ると、俺は掴んでいた黒永先輩の腕をパッと離し、何事もなかったかのように「どこに行きます?」と尋ねる。

 「……こっちだ」

 無表情で俺の前を歩く黒永先輩について行く。

 ホールまで戻ると、そこから2階へつかながる階段をのぼり、とある扉の前に到着した。

 「ここは?」

 「個室だ。S組の生徒には、1人1つ寝室とは別に、勉強用の個室が用意されてるんだ」

 「マジか……すごい待遇ですね」

 黒永先輩はポケットから取り出した鍵を使って扉を開けると、俺に入るように促す。

 「おじゃましまーす……」

 靴を脱いで上がると、そこは先程見た豪華な教室(?)とは違い、シックな落ち着きのある部屋だった。大きな黒い机に、天井まで届く本棚、それから2人掛けのソファーにテレビ、ベッド、そしてまさかのキッチンまでついている。

 先程黒永先輩は勉強用と言っていたが、感覚の違いなのだろうか。俺にはこれが勉強用の部屋だということが到底受け入れられない。

 通常のひとり部屋は5畳から8畳程だが、この部屋はリビングのようなサイズをしていて、鬼ごっこをしても問題なさそうだ。

 「もうここで生活できますよね。寮に行く必要ないじゃないですか」

 「そうだな。あっちはしばらく使ってない」

 「ですよね」

 俺は机に教科書や筆記用具を置き、早速勉強に取り掛かることにした。

 ……というのも無理な話で、俺は黒永先輩にずっと聞きたかったことを尋ねた。

 「昨日の期末祭、なんでカツラをくれたんですか?悠里と関係あるみたいでしたよね?俺あの後悠里に連絡したんですけど、全然返事来なくてあいつの部屋に行っても留守みたいだったから事情が聞けなくて……」

 黒永先輩はクローゼットの前で制服を脱ぎながら淡々と答える。

 「悠里が少し前に黒髪にしたことは知ってるか?」

 「あ、はい、直接は会ってないんですけど、人伝に聞きました」

 そう答えながら、俺はちらりと見えてしまった黒永先輩の腹筋に感動する。

 ……す、すごかった……うっすらと割れ目があったけど、めっちゃ綺麗だった……

 そんな俺の動揺を知ってか知らずか、着ていたベストとワイシャツを全て脱ぐと、さらにはスラックスまでも脱ぎ始める。

 え、ちょっと待って……パンイチはアウトだって……!先輩!自分の容姿を自覚してくださいよー!無防備ですよ!!

 俺は勝手にドキドキとしながら目を逸らす。

 「……で、その……」

 な、なんの話ししてたっけ……?

 あ、そうだ

 「黒髪にして、なんかやらかしたんですか?」

 「……この学園の掲示板を知ってるか?」

 「掲示板?」

 全身グレーの部屋着を着た黒永先輩は俺の隣に腰掛ける。

 そしてパソコンを開くと、学校が管理しているという掲示板を俺に見せる。

 「これは……?」

 「生徒が自由に使える掲示板だ」

 そう言ってとあるページを開くと、そこには俺の写真が載っていた。いや、正しくは、俺のそっくりさん……黒髪の悠里の写真だ。

 しかし俺と悠里を髪色でしか見分けられない人からすると、俺にしか見えないだろう。

 悠里が黒髪にした時点で嫌な予感がしていたが、その写真と共に載せられた文字に俺は頭を抱える。

 「片倉緒里。無理やり希望!期末祭の日に学習棟4階、4012室に集合!」

 これを悠里が……?

 そして下にスクロールすると、俺とそっくりな格好をした悠里の卑猥な写真がたくさん載せられていた。

 裸で縛られているものや、男性器をかたどったおもちゃをお尻に突っ込んでいるもの、その他見るに堪えない写真がスクロールする度に出てきた。

 俺はまず怒りよりも恥ずかしさが湧いてきた。

 自分がやったわけでもないのに、自分がやったように見えるそれに、顔が一気に熱くなる。

 俺は画面に向けられた黒永先輩の視線を手で遮ると「見ないでください」とお願いする。

 「目が汚れますよ」

 黒永先輩は微かに笑うと、「もう全部見た」と言って俺の手を退けた。

 「……で、これ結局どういうことだったんですか?俺は昨日何事もなく無事に過ごしてましたけど」

 「恐らく悠里が君を4012室まで誘導する予定だったんだと思う。昨日巡回中に偶然会ったと言ったが、その時に彼は君を探していたんだ」

 「……それでブロッコリーヘアを俺に?」

 ブロッコリーヘアというワードに一瞬キョトンとした黒永先輩だったが、理解すると「ああ」と言って頷く。

 「あの時はまだ状況がよく分からなかったが、悠里がわざわざ黒髪にしたことが引っかかったから、とりあえず君には別の髪色にしてもらったんだ」

 「ありがとうございます。で、悠里はどうなったんですか?」

 「指導室にいる」

 「……指導室?」

 「ああ。昨日悠里に会った後、別の場所を巡回していたクラスメイトから連絡が入ったんだ。4012室に怪しい集団がいるって。なんのために集まっているのか問い詰めたらシラを切られたが、念の為指導室に留置したんだ」

 「すご……警察みたい」

 「それで夜になっても事情を話したがらなかったから、そのクラスメイトが権力行使をしようとしてね……そしたら保身のために口を割ったやつがいたんだ」

 「け、権力行使……」

 「まあ親の威を借りたんだ」

 「なるほど……」

 「それでこの掲示板が発見されたんだ」

 「……その掲示板って学校が管理してるんですよね?ならなんで消されなかったんですか?」

 「学校の管理は名目上だけだ。掲示板がよく使われていたのはスマホがまだあまり普及していなかった頃で、最近だとほぼ使われなくなっていたんだ。それで管理らしい管理もしていなかったんだろう」

 「それでたまたまそれを見た人の中で、興味が湧いた人が集まったと……」

 「そういうことだろう。ちなみにこの掲示板は今アクセス権のある人しか見れないから大丈夫だ」

 「其れは良かったです……ちなみに何人いたんですか?その部屋に」

 「15人程だ」

 「おー、えぐい……」

 4012室に宝探ししに行かなくて良かった……じゃなきゃ今頃ケツの穴が使い物にならなかっただろうな。そもそも生きてるかもわかんない。

 想像しただけで悪寒が走る……

 「でもその掲示板を見て、俺だって思わなかったんですか?」

 「一瞬目を疑ったけど、よく見たら雰囲気から顔まで何から何まで君のものじゃなかったよ」

 「え……」

 そう言う黒永先輩は無自覚なのか、柔らかい表情で俺を見つめている。

 「俺と悠里ってそっくりですよ?そんなに違います?」

 ドキドキとしながら尋ねる。

 「ああ、全くの別物だな」

 「!」

 俺はニヤけそうになる顔に必死に力を入れる。

 俺を分かってくれている。

  その事実がとても嬉しくて、ありがたかった。

 しかしまだ悩みの種は残っている。

 「そもそもなんで悠里はこんなことを……」

 「本人は指導室で何も詳しいことは話していないが、彼の協力人は少し手がかりになりそうなことを話していた」

 「協力人?!」

 その言葉に驚く。

 単独でやったんじゃなかったのか……

 「で、その協力人っていうのは……?」

 「君も知っている人だよ……東桂士朗」

 「!!」

 悠里のセフレの1人で、俺の同室。

 「この写真を見て欲しい。別の誰かの手が写っているだろ?」

 肌色の多い写真を恐る恐る覗くと、確かに何者かが悠里の腕を掴んでいるように見える。

 「でもこの共犯者は調べるまでもなく、自分から申し出てきたんだ。それにこちらがする質問にも全て知っている範囲で答えてくれている」

 「仲間割れですかね?」

 「さあ、どうだろね。目的は分からないけど、東桂士朗が言うには、悠里は君となんでも共有したがっているらしい」

 「共有?」

 「ああ。なんでも一緒にしたいんだそうだ。性行為もね」

 「……」

 過去の嫌な記憶が一瞬よみがえるが、すぐにしまい込む。

 「それで……あいつの願望を叶えるために、レイプまがいなことをして俺に男の味を分からせて、その後は一緒に性生活を楽しむと……」

 はあ??

 自分で考察して自分で首を捻る。

 「さすがに違うよな?本当にこの通りだったらアタオカ案件すぎてついていけないですよ……」

 「あの2人はしばらく指導室にいるはずだから、時間がある時に面会してくるといい。もしかしたら悠里も君の前では何か言うかもしれない」

 「そうですね……明日にでも行ってみます」

 「ああ」

 ひとまず話が終わると、どっと疲れが押し寄せてくる。

 悠里のやつ何考えてるんだ。

 黒永先輩を襲いかけた件といい、今回の掲示板の件といい、どっちもイタズラじゃあ済まされない域に達してる。

 幸い未遂で終わったが、もし最後まで悠里の計画通りに運んでいたら、想像するだけでも恐ろしい。

 弟が犯罪者になるのではないかと不安に思っていると、おもむろに黒永先輩が席を立ち上がってキッチンに向かう。

 俺もそれについて行くと、何やらテキパキと動き出した黒永先輩の手元を観察する。

 電気ケトルに水を入れ、スイッチをON。マグカップを2つ用意すると、そこにインスタントのコーヒーを入れ、お湯が湧くのを待つ。

 「先輩インスタントコーヒー飲むんですね!てっきり豆をくタイプかと思いました」

 黒永先輩は緩く笑う。

 「面倒だからね。食にそこまでこだわりがないんだ」

 「おおー!人間っぽい」

 「人間っぽい?」

 「あ、いや、今まで完璧な姿しか見てないから、意外と人間味あるんだなーって思って……褒めてますからね?」

 慌てて補うと、黒永先輩は独り言のようにポツリと「完璧じゃないよ」と言う。

 おっと、この話題には触れない方がいいのか?

 俺が口を噤むと、ちょうどお湯が沸いた合図が部屋に響く。

 「俺が入れますよ」

 黒永先輩の手から電気ケトルを受け取ると、量が均等になるように丁寧に入れる。

 仕上げにスプーンでかき混ぜると、2人の共同作業の末に美味しそうなコーヒーが出来上がった。

 ……と言っても味は普通だが……

 コーヒーを持ってテーブルに戻ると、俺はあることを思い出す。

 「そういえば先輩がブロマイドを隠したあのペットボトル、いつも俺が飲んでたコーヒーのやつですよね?あれって先輩が飲んだんですか?」

 「ああ、そうだな」

 「俺が買っても飲んでくれなかったのにー」

 俺がムスッとしてそう言うと、黒永先輩は悪そうな笑みを浮かべる。

 「自分で買ったからな」

 「ちぇー……で、味はどうでしたか?高級でした?自販機で500円もするんだから、期待しちゃいますよね?」

 そう聞くと、黒永先輩はやや考え込む。

 「……俺は食にこだわりがないからな……」

 誤魔化すように本を開き始める黒永先輩に、俺は心がムズムズとする。

 「もしかして、味の違いが分からなかったんですか?」

 「……」

 だんまりを決め込む目の前のイケメンに、俺はついにニヤけが抑えきれなかった。

 「大丈夫ですって!そんなに落ち込まなくても!」

 「落ち込んでない」

 「俺も正直味の違いが分かんなかったので、俺たち馬鹿舌仲間ですよ!」

 「ばか……じた……」

 馬鹿舌というレッテルを貼られたのが受け入れられないのが、不服そうな顔をしている。

 「はははっ、先輩って結構かわ…ブホッ!」

 可愛いと言おうとした瞬間、顔面に教材が押し当てられる。

 「……勉強しようか?」

 「……は、はい」

 調子に乗りました。ごめんなさい。

 ここで俺の頭の中にあるワードが浮かび上がる。

 「先輩の平穏な日々」

 そうだ!平穏でなければ!

 俺は佇まいを整えると、数学の教科書とノートを開く。

 そして訝しげな顔の黒永先輩に「先輩の平穏死守しますね!」と伝えると、異次元の切り替え(自称)で復習を始めることとなった。
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