尻拭い、のち、リア充

びやヤッコ

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ミッション 2

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 金曜日。

 いつものように教室でぼっち飯をしていると、「あの……」と声をかけられる。

 聞きなれない声で、誰だ?と思って顔を上げると、見た事のあるクラスメイトだった。

 確か……

 「山迫やまさこ君……だっけ?」

 クリっとした丸い目で不安げにこちらを見つめる姿はまるで怯えたポメラニアンのようだが、俺が名前を呼ぶとホッとしたのか、へにゃっとした笑顔を浮かべる。

 男にしては小柄な彼は、クラスではあまり目立たず、確か一人でいることが多かったような気がする。

 そんな山迫君が俺に声をかけるなんて、どういった風の吹き回しなのだろうか?

 そう思っていると、山迫君は深呼吸をする。

 「えっと……片倉君いつも1人でいるからずっと声かけてみようって思ってて、でも僕……その……緊張して毎回諦めちゃってたから……」

 そう言いながら顔がだんだん赤くなっていく彼を見る限り、本当に緊張していたのだろう。ギュッと拳を握り締めながら必死に言葉を紡ぐ。

 「だから……その……僕と……と、友達になりませんか……?」

 「えっ」

 何を言われるのかと思っていたが、これは予想外だった。

 このまま卒業まで誰とも友達になれないとばかり思っていたから、まさかの展開に脳が追いつかない。

 「その……むしろ俺でいいの?なんていうか……自分で言うのもあれだけど、悠里のこともあるし、人選ミスというか……」

 戸惑いながらそう言うと、山迫君は首を激しくブンブンと横に振る。

 「ぜ、全然!片倉君は片倉君と……あ、どっちも同じ苗字だったね。緒里君は悠里君とちょっと違う感じだし」

 その言葉に俺はドキッとする。

 「分かる?!双子だけど俺はご覧の通り大人しいんですよ!」

 「うんうん、分かる!」

 か、神よ……!きっと貴方様が哀れな俺のために友人を恵んでくれたんですね……!

 俺は前の席の椅子を逆向きにし、山迫君をそこに座らせる。

 「ご飯はそれ?」

 山迫君が持っている巾着袋を指さす。

 「そう、これお弁当」

 「お弁当?てっきりここの人はみんな自炊なんてしないものだと思ってた」

 「あ、僕ね奨学生なんだ。だから中学までは普通の市立の学校に通ってたんだよ」

 山迫君は「へへっ」とはにかむ。

 ここの物ってなんでも高いよな~なんて話していると、突然教室の外から「片倉緒里!」と大声で呼ぶ声がした。

 びっくりした俺と山迫君は共に肩をビクリとさせる。

 「誰だ?」

 こんな大きい声で呼ぶなよと思って入口を見ると、そこにはキューティクルが。

 ……ではなく

 「パッツン!」

 これは珍しい。転校初日以来会っていなかったが、どうやら元気そうだ。

 そんなパッツンは俺が手を振ると、目を吊り上げて猪突猛進してくる。

 「久しぶり~」

 「何が久しぶりだ!雅様の連絡をずっと無視しやがって!力ずくで連行しようとしたら全然姿を見せないし、昨日も目が合ったのに無視しやがって!」

 闘牛のような荒い鼻息で捲し立てるパッツンに、俺は首を傾げる。

 「昨日?おまえと会った覚えないけど」

 「はあ?!何しらばっくれてんの?商業エリアで会ったじゃん!」

 パッツンの勢いに山迫君が縮こまるのを見て、とりあえず落ち着かせようと、椅子を用意する。

 「落ち着け。商業エリアって確かお店とか娯楽施設とか色々あるところだろ?俺1回もそっちに行ったことないけど」

 「ふん、嘘だね!正真正銘片倉緒里だった!」

 「フルネームで呼ぶのやめて……じゃなくて、そっくりさんとかじゃないの?俺昨日は寮に直帰だったぞ」

 「あんたみたいな顔の人なんて2人いれば十分だよ」

 あんたみたいな顔ってどんな顔だよ……

 「……それか、悠里とか?」

 「あのビッチは金髪だから見ればすぐに分かるじゃん!」

 「まあ確かに」

 納得しかけていると、俺はある恐ろしい可能性を思いついてしまう。

 「もしかして商業エリアに美容室とかある?」

 「そんなの当たり前じゃん」

 「……まさか」

 全身から嫌な汗が出る。

 「まさか何?」

 「あいつ、もしかして髪の毛黒く染めた?」

 「……!確か、見かけたのも美容室の近くだった気がする。だから呼んでも反応しなかったのか!それにしてもあのビッチ、嫌な態度!僕のこと知ってるくせに」

 パッツンが何やら喚いているが、俺は今そんなのに構っている余裕はない。

 黒く染めた?なんで突然?

 黒くしたい気分だった?いや、あいつは昔から派手好きだ。中学の頃ですら校則を破って髪を染めてたのに、今更飽きて黒に戻すか?

 嫌な予感しかしない。あいつ、また何をやらかす気だ?

 「だ、大丈夫……?」

 「えっ?」

 気がつくと、山迫君が心配そうに俺を見つめていた。

 パッツンも「あんた顔色悪いけど」と言って訝しげな顔をする。

 俺は無意識に握りしめていた拳を緩め、苦笑いをする。

 「ごめん、ちょっと心配事が」

 「体調悪いなら保健室にでも行けば?」

 「いや、それは大丈夫」

 「あっそ、ならもう一度言わせてもらうけど、雅様があんたを待ってるの!」

 パッツンのマシンガントークが再開する。

 昨日まで静かな昼休みだったのに、今日になってこんなに賑やかになるとは……

 パッツンの勢いに圧倒されている山迫君に、ご飯食べな、とジェスチャーで促すと、彼はコクコクと頷いて卵焼きを食べ始めた。

 「あんな日光の当たらない不健康そうな部屋にいつまでも引きこもって欲しくないでしょ?!」

 うん、君がね。

 「それに毎日寂しく己の欲望をご自身で処理されてる姿を見たくはないでしょ?!」

 うん、君がね。

 ていうかそんな情報知りたくなかった。

 「何とか言ったらどうなんだ!」

 バンッ!と机を叩き、全身全霊で訴えてくるパッツンに、俺はため息が出そうになる。

 「……分かったよ、今日授業が終わったら行くから」

 「言ったな!約束は絶対に守るんだそ!」

 「はいはい」

 「またあの教室で待ってるからな!」

 「はいはい」

 大声で話すパッツンをシッシッと追い払うと、ようやく教室は元の静けさを取り戻した。

 全く、嵐のようなやつだ。

 確かにパッツンと茂野さんからのメッセージだけでも軽く50件は超えている。

 まあ1件も見てないが。

 「はあ、行きたくない……」

 誰がわざわざあの変態な先輩に会いに行くというのだ。パッツンみたいな物好き意外ありえない。

 「……緒里君、別のクラスに友達がいたんだね」

 ひとり黙々とご飯を食べていた山迫君は少しきまり悪そうに言う。

 「いや、待って。あれのどこら辺が友達に見えるの?」

 「で、でも……仲が良さそうだったよ?」

 山迫君……

 「ごめんだけど、眼科をおすすめします」

 「えっ……ごめんね?違ったかな」

 ごめんごめんとあたふたする山迫君は、傍から見れば俺がいじめているようだ。

 「でも大丈夫なの?緒里君、行くのすごく嫌そうだったけど……」

 「ああ、まあね。でもケツの穴は死守するよ」

 「え、け、ケツ……?」

  「悪い、ご飯中だったな」

 ほんのりと顔を赤く染めて視線を泳がせる山迫君を見て、こんなピュアなやついるんだなと思うと同時に、ケツの穴というワードからピュアとは正反対の弟を思い出す。

 俺はすぐさまメッセージアプリを開き、「聞きたいことがある」と送った。

 すると、すぐに返信があった。

 『ごめ~ん!来週の火曜まで全部予定あり!話はまた今度ね~』

 クソッ

 神様!俺に友人を与えてくださったついでに、こいつのケツの穴を塞いでしまってください!

 心の中でそう叫ばずにはいられなかった。

 *********

 放課後。

 俺は重い足取りで約束の部屋に向かう。

 茂野さんが占領しているあの部屋はどうやら使われなくなった教室らしく、学習棟の隅にはそうした空き部屋がちらほら存在する。

 その空き部屋のほとんどが生徒の誰かに自由に使われており、転校初日からの数日は、連日ここら辺に拉致されていた。

 つまり、ここら一帯は悠里の被害者達の住処すみかなのだ。

 俺はそんな嫌な思い出しかない廊下を進んでいく。

 えーっと……茂野さんの部屋は……

 どの部屋も黒いカーテンで窓ガラスが覆い隠されているため、どこが誰の部屋なのか分かりずらい。

 しかし茂野さんの部屋は突き当たりにあって、確か分かりやすかった印象がある。

 記憶を頼りに目的の部屋までたどり着くと、俺は思わず目を見張った。

 ちょっと待て。黒いカーテンはどこに行った??なぜこんなにピンクピンクしてるんだ?!

 記憶してたのとだいぶ違うぞ?!

 え、部屋間違えた?いや、でも確かにここだったような……

 部屋の前でぐるぐると歩き回り、入るか入らないか悩んでいると、突如として目の前の扉がガラッと開いた。

 「ちょっと探しに行ってきます!」

 昼休みにぶりに聞いたその声の主は、中にいる人に声をかけると忙しなく部屋を出ていこうとする。

 やっぱり合ってるじゃん。ここじゃん。

 合っていたことが良かったような、嫌なような複雑な気持ちに駆られていると、ちょうどこちらに視線を向けたパッツンと目が合う。

 「あーーー!!いた!!なかなか来ないから探しに行こうとしちゃったじゃん!来たなら早く入ってよ!雅様が待ってるから」

 パッツンは俺の腕を掴むと、半ば無理やり部屋に連れ込もうとする。

 しかし俺は踏ん張った。

 「ちょっと聞きたいんだか。なんでカーテンがピンクになってるんだ?チラッと部屋の中も見えたけど、すんごい入りたくない」

 「はあ?今さら何をごちゃごちゃ言ってるわけ?早く!」

 「ああっちょっと!」

 背中を押され、今度こそ俺はその部屋の中に入ってしまった。

 そして、入った瞬間後悔する。

 「すみません、出てっていいすか?」

 「緒里君!」

 そこには満面の笑みで待っている茂野さんがいた。前回会った時よりげっそりしているが、この瞬間だけは元気そうだ。

 何故かって?

 そりゃ期待していたのだろう。俺とのを。

 「…………すごい張り切ってますね。前回はなかったですよね、こんな大きいベッド。」

 「まあね!君がようやく来てくれると知って、ついさっき設置したんだ」

 得意げにそう言う茂野さんはベッドの縁に腰をかけ、ポンポンと隣を叩いて俺に座るよう促す。

 「いや、座らないですよ?そっち行った瞬間何かを失いそうな予感がしますし……それに……」

 辺りを見渡す。

 カーテンが一式ピンクに取り替えられ、ハートの風船や、ピンク色の光を放つ謎の照明などが増えている。

 「……どっかの安いラブホでこういうのありそう……」

 「らぶほ……?なんだい、それは?まあとりあえずこっちに来なよ。怖がらなくていい、君は初めてだろうから優しくするよ」

 「あ、いや、結構です」

 「なに、もしかしてハードなのが好みだった?」

 「いや違いますから!」

 ダメだ、会話が出来ない。

 俺は回れ右で部屋を出ていこうとするが、その前には鬼の形相のパッツンが仁王立ちしている。

 その他の取り巻き達も、当然の事ながらベッドの隅で待機していて、あとは俺がベッドに上がるのを待つのみ!みたいな雰囲気が出ている。

 「……勘弁してくれ……」

 「さあさあ、恥ずかしがらずにこちらにいらっしゃい緒里君」

 痺れを切らしたのか、茂野さんはベッドから立ち上がると俺の腕を掴んで連れていこうとする。

 「いや、あの、俺こういうのは無理って言いましたよ……ねっ?!」

 あ、オワタ……

 俺は尻にキュッと力を入れる。

 何とか説得をしようと試みたと同時に、俺はフカフカのベッドに押し倒されていた。

 「大丈夫、力を抜いて」

 目の前にある茂野さんのやつれた顔が細部まで見える。

 相変わらず剃り残された顎ひげに、充血した目、内出血したような色のクマに、何故かぷるぷるの唇。

 唇だけ手入れされてやがる!何をする気だ!

 バグった距離感に、俺の体はますます硬直する。

 「俺、やらないですよ?」

 「ああ、可愛い。緒里君、可愛いよ」

 すぅーーーーーっ

 話が通じないぜ!!

 熱に浮かされ、焦点の合わない視線をよこす茂野さんは軽く俺の頬を撫でると、いきなり首元に顔を突っ込んでくる。

 「うおっ!なになに?!ぞわぞわするんですけど!」

 逃げようとするも、腕は押さえつけられている状態だ。簡単には抜け出せない。

 鼻を押付けスゥーハァーする茂野さんに、キモイ意外の何も出てこない。

 「やめてくださいってば!」

 必死にもがくも、自分の世界に入り込んで酔っ払っている変態には効果がない。

 クソッ!こんなやつに襲われてたまるか!

 ていうか悠里はよくこんなやつと寝れたな!ちょっとだけ尊敬するわ!

 脳内で激しく叫んでいるうちに、俺の腕を抑えていた手はスルッと下に向かっていく。

 「あっ」

 やべっ!変な声出た……!

 違う!くすぐったかっただけだ!

 こいつの手が俺の太ももをサッて!サッて撫でるから!俺は太ももを触られるのが苦手なんだよ……信じてくれ……!

 誰あてかもよく分からない叫びが喉のすぐそこまで出かける。

 しかし俺の発した声を良い方に捉えたのか、茂野さんは一言「可愛い」と言うや否や、思いっきり俺の首に吸い付いてきた。

 生暖かい湿った感触と、吸引される感触が合わさり、これまでにないほどの不快感に襲われる。

 「茂野さん!やめろって言ってるだろうが……!」

 全力で肩を押すも、一向に口を離さない変態に俺の中で何かがキレる。

 それはほんのわずかな間の出来事だった。

 俺の拳はいつの間にか目の前の男の片頬にぶち込まれており、その衝撃で鼻血を見事に噴射させた変態が床に転がり落ちた。

 部屋中に悲鳴が響き渡る。

 俺は床に尻もちをついて頬を庇う茂野さんの胸ぐらを掴むと、にっこりと笑う。

 「ちんこ出してください、切ってあげますから」

 ヒュッ

 変な呼吸音が茂野さんの喉から響く。

 すぐさまパッツンと仲間達が彼らのご主人様を俺から離そうとするが、そうはさせない。

 スラックスのポケットに忍ばせていた小ぶりのハサミを取り出すと、顔面蒼白の茂野さんの股の近くでチョキチョキとそれを動かす。

 ああ良かった。念の為にと思って持ってきておいて。

 茂野さんの息が荒くなる。

 「ま、待ってくれ緒里君……それがなくなったら私は……」

 「これがなくなったらもうちょっとまともな人間になれると思いますけど?」

 俺はハサミを徐々に近づける。

 「片倉緒里!」

 パッツンも必死になって止めようとするが、その場から動いた瞬間大事な雅様の息子があの世行きとなってしまうと察して1歩も動けないようだ。

 「茂野さん。あなたと仲良くするのはいいんですけど、こういうことはしないって前にも言いましたよね?守れないなら、これ、切りますけど……どうします?」

 「ま、守る!守るさ!だから……」

 赤く腫れたほっぺに、流れた鼻血でより一層汚い顔になってしまった茂野さんは、必死の形相で俺にしがみつく。

 「やめてくださいよ、人をヤクザみたいに……まあでも茂野さんがちゃんと守ってくれるということなので、俺もハサミをしまいますね」

 「ありがとう!ありがとう緒里君!私が間違ってたよ!」

 俺はハサミをポケットに戻し、床に転がっている茂野さんを引っ張り起こす。

 よろよろと立ち上がるその人をベッドに座らせると、パッツンたちは親鴨に群がる子鴨のように、一気に押し寄せてくる。

 「雅様!大丈夫ですか?」

 「すぐに冷やすものを!」

 茂野さんは「大丈夫だ」と彼らを落ち着かせるも、特に効果は無い。

 すぐにどこからか保冷剤を持ってきた取り巻きの1人が、それをハンカチに包んでから急いで茂野さんの頬に当てる。

 「片倉緒里!」

 それを傍観していると、パッツンが睨みを利かせながら迫り寄ってくる。

 そして今度は俺が胸ぐらを掴まれる番となった。

 「よくも雅様に手を出したな!」

 俺は両手を挙げて降参ポーズをとると、数人に手当をされている茂野さんに声をかける。

 「茂野さん、この子とかオススメですよ」

 「あんた何言って!…………え…………??」

 俺はキョトンとするパッツンを茂野さんの目の前に連れていき、はてなマークだらけの2人の間に立った。そして「ゴホン」と咳払いをすると、保身のための策を講じる。

 「えー、茂野さん」

 「は、はい」

 「提案なんですけど、今夜の相手はこのパッツン……じゃなくて、新君とかどうですか?」

 「はあ?!」

 茂野さんよりも先に反応したパッツンは、急いで俺の口を塞ぐと全力で首をブンブン横に振る。その顔は真っ赤だ。

 「雅様!こいつの変な話なんて聞かないでください!」

 俺は力ずくでパッツンの手を剥がすと、負けず劣らず全力で提案する。

 「変な話じゃないです!じゃあ聞きますけど、茂野さんは俺のことが好きなんですか?」

 「え、えーと……そうだなぁ……」

 しどろもどろに答える姿に、俺は内心ガッツポーズをする。

 「あなたは悠里に振られた。それで、顔が全く一緒の俺を代わりとしてそばに置いて、あたかも恋の続きでもしているかのようですけど、そんなのはただの現実逃避です!」

 「そ、それは……」

 「ならその時間を使って、本当にあなたの事を想っている人と向き合ってみるのがいいんじゃないですか?…………例えばこいつとか」

 俺はパッツンの背中を押し、茂野さんの目の前に誘導する。

 「……あ、新……」

 大好きな人に名前を呼ばれるパッツンだが、その表情は複雑そうだ。

 「で、でも……雅様は顔がいい人が好きだから僕じゃあ無理だよ」

 いつもとは違い、自信なさげにそう告げるパッツンはしおらしくて可愛らしい。

 そんなパッツンを目の前に、茂野さんは苦笑いをする。

 「……私は……君たちに申し訳ないんだ。慕ってくれている子達を性欲のはけ口として扱うことがね。だから対象外だと告げてはいたけれど……」

 その言葉にパッツンは微かに顔を上げる。

 「僕は……雅様の力になりたいと思ってます。早く元気になって、元の輝かしいお姿が見れるなら、なんでもします!」

 「な、なんでもって……でも君がそういう気持ちなら……私もぜひ向き合いたいと思うよ。今はすぐに回復できないけれど、君と少しずつ関係を築き上げていきたい」

 2人の間の空気感が甘いものへと変わる。

 俺は取り巻き達に目配せをすると、そっと部屋から出た。

 「ふぅー、何とか切り抜けた」

 ドッと疲れが押し寄せ、壁に寄りかかると、4人の取り巻きーズが俺を囲む。

 あ、これってヤバいやつ?

 姿勢を直して次なる困難に立ち向かおうとした矢先、そのうちの1人に手をぎゅっと握られる。

 「よくやった!」

 「えっ?」

 予想外の反応に拍子抜けする。

 「やっと新君の恋が実るね!」

 「いやー、長かったね」

 「まさかのビッチ兄がキューピットだったのは意外だったけどね(笑)」

 「俺をビッチ兄って呼ぶな」

 ……って、それはさておき、会話について行けねーぞ。

 「えーと、つまりどういうこと?君らも茂野さんが好きなんじゃないの?絶対責められると思ってたんだけど……」

 「俺らの好きは恋愛とかじゃなくて、普通に尊敬って感じなの!」

 「そうそう!元はと言えば、新が雅様を好きになって、近づくために取り巻きみたいなことしてたってわけ。僕たちはまぁそんな新の応援団的な?」

 「ねー」と言って顔を見合わせる4人に、ついつい感動してしまう。

 「おまえらめっちゃ友達想いじゃん」

 「まあね!でも取り巻きになってからは逆に新が辛くなることの方が多くて焦ったよ」

 まあそうだよな。想い人が別の男とベッドで絡み合ってるのを見たら耐えられないよな。それでもそばにいるって……パッツンのやつ、一途だな。

 …………男の趣味はあんまし理解出来ないけど。

 「でもこれで安心だね!今から中できっといい事が起こるから、僕たちは撤収しよう」

 取り巻きの1人がそう言うと、みんな納得して部屋の前から去ろうとする。

 ……が、しかし!

 ガラッ

 突然部屋の扉が開いたかと思ったら、真っ赤になったパッツンが「ムリムリムリムリ!」と叫びながら出てきた。

 そして俺達には目もくれずに、持ち前の足の速さで一瞬にして姿をくらます。

 「えーっと?これはどういうことでしょうか」

 5人で呆然としていると、続いて部屋から茂野さんが出てくる。

 「新は?!」

 「え、あっちに……」

 「そうか!」

 「じゃあ!」と一言、パッツンが向かった方向に茂野さんも走っていった。

 「………………なにごと?」

 困惑しながら取り巻きーズに尋ねると、彼らは何やらニヤニヤしていた。

 「なるほどね~」

 「やっぱりそうなるかぁ~」

 「あの新だしね」

 「雅様も大変だね」

 ああもうそれじゃ分からんて。誰か!ちゃんとした解説求む!

 輪に入りきれていない俺は無言の圧で訴える。

 「君ってビッチ君とやっぱり違うよね、なんていうか、陰キャ」

 「おい!」

 ようやく話しかけてきたと思ったらただの悪口で泣ける。

 「陰キャじゃないし。平穏に暮らすために大人しくしてるだけだし。で、どういうことでしょうか、誰か俺にも分かるように説明してください」

 「ん?えーとねー」

 取り巻きーズの1人がだるそうに耳をほじほじしながら口を開く。

 「新はツンデレというか、まあ恥ずかしがり屋さんだから、いざとなったら逃げちゃうよねって話」
 
 「逃げちゃうだけじゃなくて、ビンタもしちゃうかもね(笑)」

 「ビンタじゃなくてグーパンかも?」

 マジかよパッツン……

 俺がせっかく作ったチャンスをドブに捨てやがった。

 まあ茂野さんがすぐに追いかけに行ったから多分大丈夫だろう。

 パッツンもさすがに好きな人からずっと逃げ回るなんてアホなことしないだろうしね。

 「でも良かったじゃん、茂野さんがようやく部屋から出てきたし」

 「これで新がシャイボーイから卒業すれば完璧だね!」

 「すぐに慣れるだろうし、大丈夫だろ」

 そんな会話を呑気にしていた俺たちは、このカップルの未来を完全にあなどっていたのだ。

 後日、パッツンの究極のツンデレ具合に絶句することをこの頃は知る由もなかった……
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