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信じられない 2
しおりを挟む次に悠里が空いているのが週明けの月曜日。尻拭いをするのはまだ先になりそうだ。
それまで何をして時間を潰そうかと考え、せっかくなら学園の設備でも見て回ろうかと思ったが、とんでもない。
俺にそんな優雅な時間が訪れるはずがなかった。
なにせ悠里の双子の兄だ。顔が違ったならまだいいが、顔が全く同じな片割れを放っておけない輩は必ずいる。
放課後、教室から出ようとした瞬間すぐに俺は拉致された。
またパッツンたちかと思いきや、全然知らない顔ぶれ。
クラスメイトの数名がその場面を目撃しているはずだが、俺を助けようとするやつは当然いなかった。
そしてお決まりの、締め切った暗い部屋に引きずり込まれる。
デジャブ!
このようにして数日の間、俺は誰かの取り巻きに捕まってはそのボスと対面し、いかに悠里が彼らを傷つけたのかを延々と聞かされていた。
そして迎えた月曜日。
「なんか緒里、げっそりしてるね(笑)」
「(笑)じゃねーよ。おまえの被害者たちに散々追いかけ回されてたんだよ」
裏庭で集合した俺と悠里は校舎に寄っかかる。
悠里はダボッとした学校指定外の黄色いカーディガンを羽織っており、ワイシャツだけの俺とは季節感が違う。
初夏とはいえ今日は曇り。雨が降りそうな雰囲気もある。
ワイシャツだけだとやや肌寒さを感じた。
「集まるにしてもここの必要なくない?陰でこっそり話すような内容でもないし」
「いやいや、あの黒永グループの御曹司相手にやらかしたことなんて人に聞かれたら終わりだぞ」
「え?もうみんな知ってると思うよ?」
「はあ?」
まるで当たり前かのような悠里の態度に俺は絶句する。
「おまえ……父さんがどうなってもいいのかよ?黒永君とやらの父親はうちの父さんの上司なんだぞ」
「平気でしょ~クビになっても母さんがいるじゃん」
「…………まあそうなんだけど」
「ははっ!納得しちゃってるじゃん」
爆笑する悠里を見て俺はなんとも言えない気持ちになる。
確かに経済的には困らないんだよな……まあでも父さんが職を失ったらさすがに可哀想だしな。社長としての尊厳もあるだろうし。
「とにかく、母さんに頼まれたからには何はともあれ謝りに行かないといけないんだよ」
「緒里はお利口さんだね」
悠里はつまらなそうな顔をする。こいつは自分の思いどおりに事が運ばなかった時に大体こういった表情で皮肉を言うのだ。
「それに父さんと仕事で繋がってる人の子息も絶対誰かしらこの学園にいるだろうから、印象を良くしておくことに越したことはないよ」
「はいはい、おにーちゃんの言う通りに。で?俺と晴仁さんの話だよね?」
「晴仁ってその「黒永君」の名前?」
「そうそう」
黒永晴仁か。これから俺が謝りに行く人物。どんな人なのかは名前だけじゃ分からないな。
「それっておまえのセフレ?」
「はぁ」
珍しく悠里がため息をついて首を振る。
「セフレにしようと思ったけど失敗した」
「ははっ、気に入られなかったってことか?」
「違うし……俺の事気に入ってたけど、全然セックスしてくれなかったの!ちんこ出さない男とか俺には必要ないから振ったってだけ」
「おまえがなんでビッチって呼ばれてるかわかった気がする」
そう言うと、悠里は心外だとでも言うかのように「いやいや」と首を振る。
「俺はただ色んな人とセックスをすることで性生活を満喫しようとしてるだけで、みんなが勝手に俺が何股もしてるみたいに解釈してるだけだから。セフレって本来体だけの関係じゃん?なのにみんな俺と関わるとそれ以上を求めちゃうからほんと面倒なんだよね」
「だとしたら黒永君はどういうことなんだ?体の関係はなかったんだろ?」
そう問い詰めると、悠里は気まずそうに目を逸らす。
「……それはちょっとした手違いで……」
「手違いとかあるのか??」
「あれだよ、色んな人と楽しみたいっていうのが俺のモットーじゃん?」
じゃん?ってなんだ。知らんがな。
「それで晴仁さんはスタイルがいいし、顔も超綺麗だからきっと下の方もさぞかし立派なんだろうなって思って接触したんだけど、あの人って人間不信で有名だから、とりあえずそれ目的じゃなくて俺があの人に惚れてるって設定で接して懐柔したんだよ。それで──」
「ちょーーっと待った」
俺は信じられないような気持ちで悠里の話を遮る。
「ん?どうしたの?」
何か問題でも?とでも言うようにキョトンとした表情をする目の前のクズ野郎に、呆れて言葉が出ない。
「おま、おまえ……」
おまえそれ人間不信の人相手に1番やっちゃあいけないやつ!!そこまでしてヤりたいのかよ!
あー胃がキリキリする。
俺は胃を擦りながら、どうしようもない気持ちで悠里に先を促す。
「それで、晴仁さんも結構俺に本気になってきたからそろそろいけるかなって夜誘ったら、あの人なんて言ったと思う?そういうことは大人になってからだって!」
そう言って悠里は可笑しそうにケラケラと笑う。
「い、今どきこんな硬派なやついるのかってびっくりしちゃったよ俺!」
ヒーヒー笑う悠里は息を整えると、次の瞬間とんでもない爆弾発言をする。
「それで別の日、あの人が飲むコーヒーに睡眠薬を入れて寝たところを襲ったわけよ」
「………………は?」
俺の頭は一瞬真っ白になる。
「まあでもあっちがすぐ目覚まして必死に逃げられたから成功しなかったんだけどね~。それでそれ以降は会ってないよ。あんなに抵抗されちゃあね」
まるで大したことでもなかったような口ぶりに俺は恐ろしくなる。
人間不信の相手に嘘をつき続けて自分のことを信じさせて、信頼を得たところで裏切って襲った……?
ひどい。本当にひどい手段だ。たかがセックスのために?
これは間違いなくこいつがやらかしてきた事史上最悪の出来事だ。
「今すぐ謝りに行くぞ」
「え~今?別にそんな急がなくても。確かにちょっとやりすぎたけど、あっちも何も言ってこないんだし」
そう言うと甘えるように俺の袖を掴むが、その手を振り払う。
「そういうことじゃないだろ。おまえ良心とかないのか?自分の欲望満たすためだけによくこんな最低なことが出来るな」
「え?なに?本気で怒ってるの?」
大袈裟じゃない?と眉をしかめる悠里。
本当になんでこんなやつが弟なんだ?ダメだ、これ以上こいつと話してたら胃に穴が飽きそうだ。
こいつが行かないなら俺だけでも謝りに行く。
「黒永君って何年生だ?」
「え?3年だけど……どうかしたの?」
俺は悠里の質問を無視し、校舎に向かう。
「ちょっと緒里?もしかして謝りに行くの?会ってもムダだと思うよ?」
足早に歩く俺に、悠里も小走りでついてくる。
既に放課後だが、校舎には生徒がまだ残っている。部活動だろうか、楽器を運んでいる人。友人とだべっている人。教室で自習をしている人。
そんな人たちの向ける好奇の視線を無視しながら俺は3年生の教室がある4階に向かう。
「緒里~!待ってよ~!」
正直悠里と一緒にいるところを見られたくはないが、今はしょうがない。ついてくるというなら、ちょうど一緒に謝る事が出来る。
階段を何段も駆け上がり、俺たちはようやく3年生のいるエリアに到着した。
廊下には数名の生徒が残っており、俺たちに気がつくと明らかに異物を見るような目付きに変わる。
そのうちの1人が急にニヤつきながらこちらに向かってきた。
「これはこれは、ビッチちゃんが何か御用ですか?しかも2倍になって」
2倍?ああ、俺のことか。
その男はおもむろに俺の顎をつかみ、クイッと顔を上げる。
「やば、めっちゃそっくりじゃーん。おい、おまえらも見ろよ」
なんだこいつ、初対面で失礼だな。
傲慢な態度が癪に障り、男の手を捻りあげようとしたその瞬間、悠里が代わりにその男の手をそっと握る。
「先輩、お兄ちゃんだけじゃなくて俺のことも見てくださいよ」
「お?あ、ああ」
わざとらしい悠里の上目遣いに、男は満更でもなさそうに照れている。
やり方はあれだが、一応俺を助けたのだろう。心の中で悠里に「ナイス」とつぶやくも、黒永先輩とのことを思い出すとすぐにでもぶん殴ってやりたくなる。
だが俺のモットーは穏便に、だ。
一瞬力がこもりかけた拳を緩め、冷静さを保つ。
そしてちょうど良い機会だと思い、悠里によってだらしない顔をする男に質問をする。
「あの先輩、黒永先輩ってどこにいるかわかりますか?」
「ああ?黒永ぁ?知らねーな、教室にいないならS組のサロンにでもいるんじゃね?あいつらS組は自慢するかのようにサロンサロンって言ってるからな」
「サロン?」
聞き慣れない単語に首を傾げていると、男は悠里を抱き寄せる。
「なんだ?おまえら今夜は黒永といいことするのか?ならあいつはやめて俺にしないか?ちょうど溜まってるんだよな最近」
そう言って下半身を悠里の腰に押し付ける。
き、きもい……
その様子に俺は思わず顔をしかめる。
転校前に通ってた公立高校じゃあ絶対に見ない光景だ……風紀の乱れがとんでもない。
ドン引きする俺とは対照的に、悠里は慣れた様子でその男の太ももから上をサラッと撫でると、困った顔で「でも……」と言う。
「今日は別の人と約束しちゃってるんです~。晴仁さんとではないんですけど、約束を取り消せる相手じゃないので、先輩とは今度でもいいですか?」
「なんだよ~俺はもうその気になってたっつうのに……なら今度必ず俺に声かけろよ?」
「もちろんですよ~!先輩きっといいモノお持ちだから、楽しみにしてます♡」
吐き気を誘発するような会話が目の前で繰り広げられ、俺は耳を塞ぎたくなる。
悠里なりに躱しているのだろうが、ぜひ普通の会話で解決して欲しい。何が「きっといいモノお持ちだから」だ。
おまえらのちんこなんてもげてしまえ。そして悠里、おまえは一生便秘で穴が塞がってしまえ。
それにしてもS組か…黒永先輩は相当頭がいいんだな。
この学園でのクラス分けはこうだ。各学年の成績上位者10名だけが特進クラスとしてS組に振り分けられる。そしてそれ以下は成績順にAからE組に振り分けられる。S組以外は1クラス40人前後だ。
俺はこう見えてかなり勉強をしているため、編入試験の成績によってA組に入ることになった。
ちなみに悠里はC組だ。あいつは真面目に勉強をしないだけで、勉強ができないわけではない。本気でやればS組に入ることもできるだろう。しかしあいつの神経は現在性生活に全振りされている。まあE組にまで落ちていないだけましだろう。
俺は気持ちの悪い会話をする2人を横目に、3年S組の教室まで向かうことにした。S組の教室は他の教室とは少し離れた場所にある。
AからE組の一般クラスは全て学習棟という校舎に敷き詰められているが、S組のみ特進棟という特別な校舎が用意されている。クラスメイトがその棟のことをS棟と呼んでいたため、通称はS棟なのだろう。
この前時間があるときにしっかり校内マップを頭に焼き付けてきたからな。もうどこに行くにも迷わない自信しかない。
学習棟を出ると、俺は脳内にインプットされたマップをたどってS棟に向かう。
学習棟とS棟はそこまで遠い位置にあるわけではない。そのため俺もたまにS組の生徒を見かけたことがあるが、どのようにしてその人がS組であるかどうかを判断するかというと、それは制服に留めてあるピンバッジを見ればいい。
一般的な生徒は、三栄学園のシンボルである三つ葉のような植物と2つの交わる剣が合体した校章のピンバッジを付けているが、S組の生徒は三栄学園のシンボルカラーである黄色の宝石のようなピンバッジをつけている。
日に当たるたびにきらきらと輝くそれは、一般生徒の憧れの的らしいのだが、なにせ俺には友人がいないためそこら辺の詳しい話は分からない。
それにしても悠里は黒永先輩を落とすためにしょっちゅう絡みに行っていたらしいが、それなら俺が先輩を探しに行くと知った時点でなんで彼がS組だと言わなかったのだろうか。知っていればわざわざ学習棟の4階まで登る必要がなかったのに。
まああいつの考える事なんて分からないからな。
それより俺は、黒永先輩にどうやって謝罪しようか考えなくては。
緑生い茂るやや長めの桜並木をずんずんと進みながらあれこれ考える。
とりあえず俺から謝るのは確定だが、当の本人が反省してないと意味がない。それに相手の反応にもよるしな……
悠里曰く相手は何も言ってこないそうだが、心に傷を負ったのは間違いない。人間不信で有名ということは、本当に心を開ける相手が少ないのだろう。そんな人が悠里を好きになり、心を開きかけたところで裏切られたのだから、ダメージは相当なはずだ。まあこれは俺の推測だが。
ていうかそもそも会ってもくれなかったら困るな……
う~んと悩んでいると、後ろの方から微かに足音が聞こえてきた。小走りのようなリズムだ。
もしかしてと思い振り返ってみると、案の定悠里がこちらに向かってきていた。
「おーい」と言って遠くから手を振る悠里を無視し、俺は前に進む。
「え、ちょっと!見えてるなら反応してよ~」
軽く息を切らした悠里は俺に追いつくと、肩を組んでくる。
「やめろ、暑苦しい」
「え~けち~」
ニコニコと笑う悠里はその腕をどける意思はないようだ。
しかたなく、2人でくっついたまま先を急ぐ。
桜道を歩き切ったその先にS棟があると地図に書いてあったと記憶しているが、間違いないようだ。
前方に高くそびえ立つ1つの塔が見えた。
S棟の「棟」はもしかして「塔」という漢字を間違って使っているのでは?というほど、本当に立派な塔だった。
建物の前には立派なイングリッシュガーデンがあり、まるで隔離でもしているかのようにこちらとあちらを隔てるアンティークな格子がどこまでも続いている。
「ここだけなんか雰囲気違うな」
「まあS組の待遇だよね」
そう言うと悠里は慣れた様子でゲートの前に立つ。
すると、驚くことにそのゲートが自動で開いたではないか。
慌てて辺りを見ると、なるほど、ゲートのすぐ近くにカメラが設置されている。カメラで誰が来たかを認証して、自動で開く設定となっているのか。
「行こ緒里」
俺は頷くとその敷居の高そうなエリアに一歩踏み込んだ。
綺麗に整えられた草木の生い茂る庭を進んでいくと、ようやく塔の元にたどり着く。
遠くからだと塔の先端部分が目立っていたが、近くに来ると、横長にどっしりと構えられたレンガ造りの建物に圧倒される。
「ここが出入口?」
アーチ型の壁の奥には、ガラス製の扉が見える。
「そうそう、早く入ろ~俺草とか苦手なんだよね」
そそくさと扉を開けて入る悠里に続き、俺も建物内に入る。
「うわぁ」
俺はその空間に足を踏み入れた瞬間、目の当たりにしたものに感嘆する。
これは……壁から天井にかけて、壁画で満遍なく埋め尽くされている。
俺は美術に詳しくないためなんの絵かは分からないが、歴史の教科書で見たヨーロッパの天井画によく似ている。
ここはホールだろうか。天井が高く、声が良く響きそうだ。
壁にはそれに沿って作られた階段があり、2階へと繋がっているようだった。しかしそちらには向かわないらしい。
ホールから左右に伸びた長い廊下のうち、右側に悠里は進む。
廊下の右側にはたくさんの部屋が続いているが、室名プレートがないため何に使うのかはよく分からない。
「本当にこんなところにS組の教室があるのか?あんまり学校っていう空気じゃないって言うか……」
「それ俺も最初思った~なんか教会っぽいよね」
「たしかに」と納得していると、突然前を歩いていた悠里が踵を返して俺の横に並ぶ。
こいつくっつきたがるよな~と思っていると、いきなり手を繋がれた。
「はあ?何してるんだよ」
「え~いいじゃーん!減るもんじゃないし。それに、俺1人だと怖いからおにーちゃんに手つないでて欲しいな~」
手をにぎにぎとしながらそう言う悠里は、明らかに何か企んでいるような顔でニヤニヤしている。
「何が怖いだよ。微塵も思ってないくせに」
「へへっ、そう言いながらなんだかんだ俺のお願い聞いてくれるんだよね」
満足そうにする悠里にため息をついていると、前方で1人の背の高い男が立っているのが見えた。その瞬間悠里の視線が微かに険しいものとなったが、すぐに張り付けたような笑顔になる。
「万喜先輩じゃないですか」
悠里が声をかけると、万喜という男はにっこりと笑う。
ジャケットの襟元にはS組を象徴する黄色の宝石のようなピンバッジ。
3年S組。ということは黒永先輩のクラスメイト。
透き通るような白い肌に柔らかそうなストレートの茶色い髪。染めたものかと思いきや、長いまつ毛まで茶色いことから自前であることが分かる。窓から射し込む日に当たると金色に輝き、まるで夕日に当たる麦畑のような美しさだ。瞳の色素も薄く、全体的に神秘的な雰囲気だが、その笑顔は怖い。なぜなら目が笑っていないからだ。
「悠里君、久しぶりだね。元気だったかな?でも悠里君の活発さはこっちの棟まで噂になってるからきっと元気なんだろうね」
言葉の節々から感じる敵意。
それに悠里も笑顔で対抗する。
「知っているならわざわざ聞かなくても。先輩も相変わらずですね。まるでうちで昔飼ってた番犬みだいですよ?」
おいおい大丈夫なのかそんなに噛みついて!全然謝りに来た雰囲気じゃないぞ!
「人を犬呼ばわりするなんて、どんな教育を受けてきたんだろうね?それに今度は何?一度失敗したからってめげずに助っ人まで呼んできたの?」
これまで悠里とバチバチしていた万喜先輩が、突然俺に視線を向かる。
その眼力に一瞬ひるむも、俺はその目をまっすぐと見つめ返して言う。
「あの、初めまして。悠里の兄の緒里です。今日はそういうのじゃなくて、黒永先輩に謝りに来ました」
「へえ……お兄ちゃんの方が礼儀正しいんだね」
万喜先輩の表情が微かに柔らかくなる。
しかし……
「謝りに来た……ってのは笑えるね」
「えっ」
「君、弟君がやらかしたことちゃんと聞いたの?それで、謝ったら許してもらえると思った?それとも……もしかして、君らの父親と晴仁の父親が仕事で繋がりがあるから、仕方なくご機嫌取りに来たの?どっちにしろ、都合がよすぎない?」
「それは……」
父さんのことは確かにそうだけど、俺はただ本当に悠里がやったことが許せなくて、相手の気持ちを考えるとどうしても謝罪をしたくて……
「許してほしいとかじゃないんです。ただ本当に申し訳なくて……」
「申し訳ないと思うなら、金輪際晴仁には関わらないで。それが一番晴仁のためになるから」
万喜先輩の口調は至って穏やかだったが、完全に拒絶を表している。
「でも…」
「ほら言ったでしょ?ムダだって。帰ろ」
悠里は俺の手を引くと、来た道を戻る。
「いやいや、おまえからもなんか言えよ」
「無理でしょ、あんな頑固な番犬相手じゃいくら俺でも説得できないよ。そもそも俺の言葉には耳も傾けないだろうけど」
「それは自業自得」
後ろを振り返るが、万喜先輩はすでにそこにはいなかった。
胃痛がぶり返す。
「まさかの門前払いかぁ……」
「大丈夫だよ、嫌でも来週あたりに会えると思うよ?」
悠里の言葉に首をかしげる。
「なんで確信できるんだ?」
「確か来週の水曜だっけ?に全校生徒で参加する恒例イベントあるから」
「恒例イベント?何だそれ」
「まあやればわかるよ。ただのS組ファンのためのだるい行事だから」
「ますます分からん……でも来週の水曜か……」
だいぶ先だな。
こうなったら裏ルートでいくしかないか……本当だったらやりたくなかったんだけど。
俺の脳内にはあることが思い浮かんでいた。成功するかは分からないし、そもそも俺の読みが間違っている可能性もある。
しかしどうしても黒永先輩が気になってしょうがない。関わるなと言われたが、そうはできない。だって直接本人から聞いてないから。
そうと決まれば今夜だ。
あの中庭。あの桜の木の下のベンチ。
もし本当に会えたら、今度こそちゃんと話をしよう。
**********
★万喜視点
ようやく晴仁にたかる邪魔な虫が帰った。
俺は教室に戻ると、窓辺で風に吹かれながら読書をする晴仁の前の席に腰を下ろす。
「どこに行ってた?」
グレーともブラックとも言える、宝石のような美しい瞳に俺の姿が反射して映る。
「ちょっと虫さんが間違って入ってきてたみたいだから、外に出してたの」
「ふーん」
聞いておきながら興味なさげな表情で再び視線を手元に戻す晴仁に、俺の心はたまらなく疼く。
なんて美しくて、気高くて、可憐で、可愛い男なのだろう。
こんな男を独り占めしているという現状にどうしようもなく優越感を感じる。
だからこそ晴仁があの悠里とかいう性悪男に関心を向けていたのが気に入らない。
あの男はどう見ても打算的で、晴仁のことなんて自分の性欲のはけ口としか見ていない。なのに、めげずにほぼ毎日晴仁を口説いて騙すなんて。
晴仁はピュアなのだ。知らない人からしたら、百戦錬磨の色男のように見えるかもしれないが、関わると分かる。この男は1ミリの穢れもない純粋な存在なのだ。
危うく女狐に取られるところだったけど、未遂でよかった。
これからはゆっくり晴仁と信頼関係を築いて、俺との純愛を育てていこう。
晴仁と愛し合う未来を想像していると、ふと、そよ風に吹かれて乱れた晴仁の前髪が視界に入る。
「ふふ、ボサボサ」
気にする素振りもない晴仁が微笑ましく、そっと手を伸ばして髪を直そうとした瞬間、パッと顔を上げた晴仁が俺の腕を掴む。
「なんだ?」
「前髪邪魔じゃない?」
指摘すると、「ああ」と言って自分で直してしまった。
俺は心の中で少しガッカリする。
晴仁はまだ俺に心を許してない。毎回ボディータッチをしようとすると、必ず阻止されてしまう。
俺が晴仁と話すようになったのは中学3年生の頃だ。一貫校で幼稚園からこの学園に通っていた俺とは違い、初等部の途中から入ってきた晴仁はその容姿から多くの人を引き付けたが、誰にも心を開かなかったため、次第に人が離れていった。
俺も最初は晴仁に興味を持たなかったが、中学3年生の頃に一度晴仁に教員からの伝言をした際に、まっすぐとこちらを見て一言「わかった」と返事をされただけで、俺はもう惚れてしまった。
あの全く喋らない晴仁が俺に向けて言葉を放ったのだ。その事実だけで俺の心は満たされるような感覚がした。
もっとその感覚を味わいたい。
そう思い始めてからは、必死に晴仁に話しかけた。いくら素っ気ない態度を取られようが、いつかは唯一無二の存在になれると信じて続けてきた。
そして今年で3年が経とうとしている。
しかし未だにボディータッチに成功したことは無い。それはとても残念だ。
だが成長した部分もある。例えば晴仁はさっき俺に「どこに行ってた?」と聞いた。
これは昔はなかったことだ。つまり、晴仁は俺の居場所を気にし始めている。なんとも嬉しいことだ。
俺が隣にいない間、晴仁が俺の事を一瞬でも考えていたということを証明している。
まだまだ道のりは長いが大丈夫。大学も同じ場所に行って、あわよくば同じ物件で2人暮らしなんてすれば、きっと何年もしないうちに晴仁は俺に心を許してくれる。
そうだよね?晴仁。
俺は黙々と本を読み進める晴仁をいつまでも見つめ続けた。
**********
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