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被害者 2
しおりを挟む無理やり真っ暗な部屋に連れ込まれた俺は、バランスを崩して倒れそうになる。
足がもつれ、ヒヤッとしたその瞬間、予想外なことに勢いよく誰かに抱き抱えられた。
「え、ちょっ……」
恐らく先程俺を掴んで引っ張り入れたやつだろう。あの青白い手が鮮明にまぶたに焼き付いている。
なにせ光の指さない部屋は気が滅入るほど暗い。そのため、どれだけ目を凝らしても目の前にいる人物の容貌が全く見えない。
「あの……誰ですか?そろそろ離してくれませんか?」
俺を抱く腕の力は緩む気配がない。ただ、呼吸音がすぐそこでするためこちらを向いていることだけは確実だ。
え、怖い怖い。抱きしめられて、ガン見されてるってこと?普通に無理。
謎の気持ち悪さを感じ、その腕から抜けようと身をよじると、ようやく男は口を開いた。
「そっくりだ。この真っ直ぐと人を見つめる目に、今すぐかぶりつきたくなるような唇……」
「え?」
ようやく喋ったと思ったら、何やら雲行きの怪しい展開となってきた。
男の手は軽く俺の唇をなぞり、徐々に下へ向かっていく。
「どれどれ……首の細さも肩幅も胸板の厚さまで一緒……」
「おい、ちょっと!触るな!」
あまりの不快感に全鳥肌がスタンディングオベーション。
敬語を使うことなどとうに忘れた。
さすがに我慢ならず、俺は感覚を頼りに見えない相手の手首を掴んで捻り上げる。
「いででででで……!!」
言っておくがこの技は我流だ。誰かに教わった訳ではない。つまり、変な捻り方をして手首が使い物にならなくなったとしても、初心者ということでご愛嬌だ。
それにしてもこいつ、暗闇の中でよく俺の顔が見えたな……
そんなことを考えながら捻る手に力を入れると、とうとう耐えきれなくなったのか、男は「助けてくれ!」と叫び出す。
「何事ですか?!」
「雅様?!どこにいますか?カーテン開けますよ!」
どこかに潜んでいたパッツンともう1人の生徒の声と、誰かがバタバタと走る音が聞こえるや否や、突然部屋に強い光が射し込む。
光を遮断していたカーテンが開けられたのだ。
あまりの眩しさに俺は薄目になる。
「雅様!」
パッツンは俺と男の様子を確認すると、ギョッとしたような表情ですぐさま駆け寄ってきた。
「おまえ!よくも雅様の腕を……!」
殴りかかってきそうな勢いのパッツンに、俺は苦笑いをする。
「ていうかおまえ達も何も見えてなかったんかい。なんでこんな締め切ってるわけ?」
「う、うるさい!先にこの手を離せ!」
ああ、そういえば。
まだ捻っていたことを思い出し、パッツンの要望通りすぐさま手を離した。
「だってこの人がキモイことしてくるんだもん」
「き……キモイだと?!雅様を侮辱するな!それよりおまえ、さっきと態度が違うじゃないか!上品ぶりやがって」
「失礼なことをしてくる相手にいい顔見せる必要ある?」
「お、おまえ……!」
パッツンの首から顔が、怒りで徐々に真っ赤になってきた。
これは爆発するのでは?ちょうどそう思っていた瞬間、手首を抑えた男が俺とパッツンの間ににゅっと入ってきた。
「雅様……!」
青白い肌には少々目立つ赤い痕。俺が捻り上げた部分だ。
俺は少し見上げる形で男の顔を初めて見る。
腕と同じで青白い顔だ。ややうねりのある髪は、肩まで伸ばしてある。全体的にほっそりとしており、頬骨がやや出ている。鼻が高く、目元の堀も深い方だ。美形とは言えないが、形は整っている。
残念な点を挙げるとしたら、ちょびちょびと剃り残された顎ひげとカサついた唇、それから目の下の大きな隈だろう。
何日徹夜をしたらこんな酷い姿になるのか。
明らかに体調不良者の顔だ。
視線を少し下げ、ネクタイを見る。
オリーブ色だ。ということは、この男は俺よりひとつ上の3年生ということになる。
「あの、あんたが雅さん?」
そう聞くとすかさずパッツンが「あんたって呼ぶな!」と、男の背後から顔を覗かせる。
一方、当の本人は気にしていないようで、自己紹介を始める。
「はじめまして。君は片倉緒里君だよね?僕は茂野雅だ。雅って呼んでくれてもいいぞ」
「あ、いや茂野さんで」
ずいっと顔を寄せてくる茂野さんから少し距離を置く。
それにしても茂野か……どっかの大臣がそんな苗字してたような。とにかく悠里がやらかした「黒永君」ではないから良かった。
一安心していると、茂野さんは俺の顔を両手で固定し、まじまじと見てくる。
「君のことは悠里から聞いていたんだ。だから転校してくるって知ってとても嬉しかったよ。最近の悠里は僕に冷たくて、もう3週間も会ってくれてないんだ。あんなに熱い夜を一緒に過ごしてきたのに……」
ああ、この人もあいつのセフレか、と察する。
「寂しくて寂しくて死にそうだったけど、君が現れてくれてよかった……よかったら僕と仲良くしてくれないだろうか?仲良くしてくれれば君の後ろ盾となるよ。聞いた話だとこの学園に来て早々孤立しているそうじゃないか」
これは脅しに近いような提案だな。
もしこの学園で孤立したくなければ、自分と仲良くしろ。そういうことだ。
しかも俺の場合ただの孤立ではない。悠里の影響でこの先ずっと非難され、目が合えば睨みつけられ続けるのだ。俺自身は何もしていないにもかかわらず。
それは精神的にくるものがある。
それなら自分より立場のある者に庇護してもらうのが一番手っ取り早い。
仮に茂野さんと仲良くすれば、俺の存在を受け入れる人が多かれ少なかれ出てくるはずだ。そうすれば少なくとも孤軍奮闘する必要はなくなる。
俺のモットーは平穏に暮らすこと。誰かの庇護下にいればその理想には1歩近づく。
が……
彼の提示してくる条件に俺は疑問があった。
きっと茂野さんは俺を悠里の代わりに取り込もうとしているのだ。ならば聞かなくてはならないことがある。
「仲良くって……その、体の関係込みってことですか……?」
「ああ、それはもちろんだ」
あ、もちろんなんだ。まあそうなりますよね。
茂野さんの後ろにいるパッツンは般若のような顔でこちらを見ている。
はあ、仕方がない。
「せっかくですが、やめておきます」
「ええ?!なんで!」
おまえとちちくりあいたくないから。
丁重にお断りすると、茂野さんは解せないという顔をする。
それはいいとして、何故かパッツンは先程よりも厳しい表情で口をパクパクとさせている。なにか伝えたいようだが、顔が忙しなく動いているだけで何も伝わってこない。
何なんだこの人たち……
「じゃあ、そういうことなんで」
ヒラヒラと手を振り退室しようとすると、ガシッと腕を掴まれる。
何事かと振り向くと、驚くことに俺を掴んでいたのはパッツンだった。
「雅様の誘いを断るなんて生意気だぞ……!雅様とな、ななななな……」
「な……?」
視線を激しく泳がせるパッツン。
あんなに俺の事をボロクソに言ってたのに、仲良くなる誘いを断るとこの反応。もしかして……
「仲良くしろってこと?」
「そ、そんなこと言ってない、いや、そうだ!仲良くしろ!」
「いや、どっち?」
恐らくパッツンは葛藤しているのだろう。俺のことは気に入らない。しかし、敬愛する雅様の助けになりたい。
その雅様はどうかというと、俺が断ったことにより、一段と魂が抜けたような表情となって放心している。
その他の取り巻きも、2人の様子を見てあたふたとしている。
この人たち面白いな(笑)
ついつい口角が上がってしまいそうになり、慌てて表情筋に力を入れる。
それでも仲良くするのはお断りだ。だって仲良くしたら、仲良くしないといけないだろ?
そう口を開こうとした瞬間、パッツンがおもむろにスっと手を伸ばし、俺のジャケットのポケットに手を突っ込んだ。
と思ったら、何かを持って逃走。
「それ……俺のスマホ!」
何をする気だ?
扉を開け、一瞬にして逃げていくパッツン。
俺もすかさずそのあとを追いかける。
前を走るパッツンは、意外なことに足が速い。長く続く廊下をとても綺麗なフォームで軽やかに駆け抜けていく。
あいつ絶対陸上やってるだろ!
対して、万年帰宅部の俺。追いつけたとしたら、自分の才能に涙するだろう。
まあ当然追いつけるはずもなく、曲がり角でその姿を見失ってしまった。
くそ、油断した!俺のスマホを持って一体何をするんだ?いや、でもパスワードがかかってるから簡単に開けられないはず。
俺は諦めずにパッツンを探し回る。
それにしてもこの学校、校舎が広すぎるしそもそも道が分かんないし、俺に不利すぎる!
見慣れない廊下をさまよっていると、何やら外に繋がっているようなドアを見つける。
そのドアは開けっ放しとなっている。もしかしたら……
そんな一筋の希望を見出し、俺はそっーと外に出る。軽く辺りを見渡したが、パッと見では誰かがいるようには見えない。
中庭だろうか?花壇の花や、植木が綺麗に手入れされており、この庭をぐるりと校舎が四角く囲んでいる。
それにしても酸欠だ。散々走り回ってさすがに疲れた。
緑生い茂る桜の木の下にちょうど良いベンチがあるのを確認すると、俺はそこに腰掛けた。
何気なく前方を眺めていると、何かが太陽の光に反射して眩しく光っている。しかもそれは、微かに動いているようにも見える。
怪しく思い、ベンチから立ち上がって忍び足でそれに近づく。
近づいてみるとそれが何だか分かった。植木の裏に人が隠れているのだ。そして光っていたのはその人の髪の毛。真っ黒で艶やかな髪は、キューティクルが人一倍輝いている。
俺は思わず苦笑した。やっと見つけた。
バレないようにそっと背後まで忍び寄る。やつの手元を見ると、なんと俺のスマホのメッセージアプリが開かれているではないか!
俺はそのまま背後から手を伸ばすと、一瞬にしてスマホを取り戻した。
「あ!」
俺に気がついたパッツンは驚いて立ち上がる。
「どうやって開いたんだ?パスワードが設定されてただろ?」
「ふん、どうせ誕生日だろうと思って入れたら本当に開いたんだから、あんたってアホだよね」
「いや、誕生日なんてお前に教えて……あ、」
ここになって思い出す。悠里と誕生日一緒だった!それにあいつの誕生日を知ってる人がいてもおかしくない。
「あのビッチは頭が切れて厄介だから手こずってたけど、こっちはそうでもなさそうだな、安心した」
ニヤリと笑って挑発するパッツンにイラッとする。
「ならおまえこそ、隠れるならちゃんと見つからないように隠れろよ。言っておくけど、おまえは人混みに紛れててもそのキューティクルで一瞬にして見つかるからな。もう少し髪質悪くしたらどうだ?」
「は、はあ?意味わかんない!僕のキューティクルは雅様に褒められたから大事にしてるんだよ!それにあんた気がついてないの?連絡先が増えてることに」
「えっ?」
得意げに言うパッツンの言葉に嫌な予感がする。
急いでスマホをチェックすると、メッセージアプリには2人分の連絡先が追加されていた。
1つは「しげのみやび」と書かれている。そしてもう1つは「新」と書いてある。
「これってなんて読むの?しん?あたらし?あらた?」
「あらただよ!僕の連絡先!」
「なんで?」
「うるさいな!いい?雅様はあんたみたいなやつを気に入ってる。まああのビッチの代わりだけど。とにかく、あのビッチが居なくなってから日に日に弱っていくあの方が痛々しくて見てられないの!だからあんたがあの方を癒してよ……できることなら僕がしたいけど、あの方は面食いだから……その……」
パッツンがモゴモゴとする。
俺はパッツンの顔を改めてよく観察してみる。少し低い視線の先には、痩せ型で丸顔の男子が目を泳がせている。
奥二重でまつ毛が長いが、華やかさはない。小ぶりな鼻は子供っぽいが、唇とその近くの小さな黒子は見る人によっては色っぽく感じるかもしれない。
美形かと聞かれれば、確かに肯定できない。しかし、これは好みの問題だ。このタイプの顔が好きな人も一定数いるだろう。
大人しくしていれば可愛げすらあるのだから。
だが、こいつからすれば茂野さんの好みに入らない時点で終わりなのだろう。
「もったいないな」
「な、なに?」
「いや、なんでも。それより、俺あの人の夜のお世話なんてできないよ?」
「はあ?雅様のどこが気に入らないのさ!」
「いや、そういう意味じゃなくて、俺そういう経験ないから……」
「そういうのいいから。じゃあ、雅様から連絡が来たらすぐ返事してよね!」
「あ、おい!」
それだけ言い残すと、パッツンは中庭を軽やかに駆け抜け、さっさと校舎に入ってしまった。
「絶対信じてないじゃん……」
まさか本当に夜のお誘いの連絡が来るのか?それだけは勘弁して欲しい。
俺は深くため息が出るのを我慢することが出来なかった。
日がやや傾いてきている。時刻を確認すると、ちょうど18時半になるところ。夏が近づき、徐々に日が長くなってきてはいるが、既にあたりはオレンジ色に染まっている。
そういえば、と思い、メッセージアプリを開いて悠里からの連絡を確認する。
1時間ほど前に連絡が来ていた。
そこには「おにーちゃん遅いよ~!来ないなら帰っちゃうからね~話はまた今度ね♡」と書いてあった。
「はぁ」
再びため息が出る。
せっかく話を聞けるチャンスだったのに、変なやつらにとことん邪魔されたな。
悠里も今週は今日しか空いてないって言ってたし、来週また時間を作って聞き出すしかないな。
疲れきった気持ちで俺は中庭を後にする。
早く部屋に戻って休みたかった。しかし、ここに来て重要なことを思い出した。
そう、道が分からない。
パッツンを追いかけるためにがむしゃらに走っていたが、どこをどう通ってきたのかはまるで覚えていない。
俺ってもしかしたら本当にアホなのかもしれない。
スマホのパスワードといい、つくづく抜けているのだと自覚させられる。
仕方なく、記憶を頼りに足を運んでみるしかなかった。
その後、迷いに迷い、結局寮に到着したのはすっかり暗くなった19時過ぎ。
ああヤダ。これだから金持ち学校は。こんなに無駄に広い構造にしてどうするんだよ。俺も俺だ!どうやったら寮に帰るのに30分もかかるんだよ!
今度空いてる時に学校の地図でも暗記しよう。そう心に決めたのだった。
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