揺れる波紋

第一章

第86話

毎朝、ホテル周辺の清掃を続けていると、最近では様々な人々から声をかけられるようになった。今日も例外ではなく、横断歩道を渡る小中学生を見守っている「緑のおばさん」と呼ばれる女性警察官が、遠くから笑顔で「いつもご苦労様です！」と声をかけてくれた。

高坂も大きな声で「お疲れ様です！」と返す。彼女は続けて「子供たちの良い見本になっていますよ、ありがとうございます！」と叫び、それに対して高坂は少し照れながら「恐れ入ります！」と応じた。

最近は、ボランティア活動が声高に叫ばれる時代だ。高坂も地元では休日を利用して、知的・身体障がい者の乗馬の介助やディスクゴルフのサポートをしており、そうした活動に関わる教師たちとも交流があった。

しかし、ボランティア団体に所属するのはあまり気が進まなかった。理由はシンプルだ。団体に参加する人々の中には、自分の名誉や商売のために活動している者が少なくなかったからだ。そして以前には「いつかは天皇家から表彰されるはず」と言っていた人の言葉に、幻滅した経験がある。それ以来、高坂は「団体に所属しなくても、日々の街のゴミ拾いこそが立派なボランティアだ」として行動していた。

毎日、駅前やホテル周辺の清掃を続け、こんなふうに声をかけてもらえることはありがたかった。仕事の中で感じていた孤独感が、少し和らぐ瞬間でもあった。これも日々の継続が実を結んだ証だろう。

社長との約束を守るため、彼は「継続は力なり」と自分に言い聞かせて続けてきたのだ。社長からのたっての願いの再就職を受け入れたことが、彼の「福運」のなさを物語っていたのかもしれない。だが、今となってはもう、どうにもならない。彼は「石の上にも三年」と自らに言い聞かせ、なんとか最低でも一年は乗り切ろうと腹をくくっていた。

ホテルの掃除と蜘蛛の巣取り、テラスの鉢植えへの水やりを終え、一旦寮に戻って妻を車に乗せ、事務所に向かった。タイムカードを押し、妻はレストランへ、高坂は倉庫に向かった。そこで牛乳やジュースの箱を台車に載せていると、佐藤英子が現れた。

「おはようございます、英子さん」と、高坂は副支配人の品川に「年上を呼び捨てするんですね？」とイヤミを言われたことを思い出し、あえて丁寧に挨拶した。

「気持ち悪い！　私には呼び捨てでいいから」と英子は明るく笑い飛ばし、「アイツの言うことなんか気にしなくていいよ、大きなお世話よね！」と言ってその後は豪快に笑った。

英子が台車を押してくれて、レストランに向かうとすでに山中と大崎と博美が準備をしていた。挨拶を交わし、洗い場に行くと、鈴木が派遣スタッフと仕事をしていた。しかし、鈴木が高坂をこっそり隅に連れて行き、「あの派遣、全然働かなくて嫌になっちゃうのよ」と愚痴をこぼした。

「派遣は仕方ないよ」と高坂は慰めた。派遣スタッフでしっかり働いてくれる人が少ないことを、彼自身も経験していたからだ。

その後、調理場に顔を出して挨拶し、カウンターに戻った。富田がいた頃のことを思い出すと、少し寂しく感じた。富田は高坂にカウンター内の準備を丁寧に教えてくれた人で、さらにはデートにも誘ってくれたことがあった。だからこそ、富田の不在が一層寂しく感じられたのだ。

このホテルには、社長、副社長、そしてシェフがパワハラをすることで知られていた。だから、職場の空気はしばしば重苦しくなる。特にティールームの仕事が始まったら、またシェフのパワハラが再発するのではないかと高坂は心配していた。しかし、今朝も何事もなく朝食の業務が終わり片付けを皆でした。