揺れる波紋

しらかわからし

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第一章

第85話

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今朝も高坂は、ベッドから何とか起き上がった。まるで重い布団に包まれたままのような感覚が彼を引き留めていた。精神的な疲れが蓄積し、目覚めはいつも通りすっきりしない。しかし、その重い気持ちを引きずったまま仕事に臨むのは避けたかった。少しでも心を軽くするため、彼は寮の庭で緑や虫を観察した。

田舎暮らしは、高坂の好奇心を刺激する。地元にいた頃には見たことのない昆虫や植物が、彼の日常に色を添えていた。学校の長い夏休みも折り返し地点に差し掛かり、近所からは「そろそろ宿題に手を付けたら……」という母親の声が聞こえてくる。

高坂も小学生の頃、東京の区立自然公園で宿題のために昆虫や植物の標本を作ることが多かったことを思い出す。それは手間がかかる作業だったが、同時に楽しい経験でもあった。

観察していると、蚊に刺されるのは日常茶飯事で、時には足長バチの巣の下をくぐった際に刺されて顔がパンパンに腫れたこともあった。その経験は、今でも鮮明に記憶に残っている。それでも、普段見慣れない昆虫を捕まえたときの感動は、何にも代えがたいものだった。

特に、蝶の羽を一枚もぎ取ってしまった時、彼はその蝶が地面をグルグルと回っている様子を見て、罪悪感にさいなまれた。子供の頃の残虐性は、誰にでも潜んでいる。だが、成長する中でその感覚を忘れ去る人もいれば、逆にそれを持ち続ける人もいる。未だに残虐性を見せつける者たちを思うと、心がざわついた。

小さなものや弱いものに対する慈しみを育んだのは、そのような経験だったと、高坂は考えた。他人に対しても寛大になれるという点で、彼は同じだと思っていた。現代では、昆虫や小動物を殺すことが許されるとは思えない。それでも、心の片隅には残虐性が誰にでも存在し、その感覚が子供の頃に根付いたものだという事実がある。

昆虫や植物を採集し、標本にすることは、つまり生を絶つこと、すなわち殺すことだ。重要なのは、その過程で昆虫や植物に対する関心が芽生え、ひいては自然への理解が深まることだ。今朝、高坂は改めてそのことを認識した。

この日、彼は珍しい羽のついた虫を古竹の棒の上で見つけた。綺麗な蝶が集まっていたらもっと良かったが、あの虫は一体、あの竹の中で何をしているのだろう?と気になってネットで調べてみると、それはシロアリの成虫だった。自然の中でのつながりに思いを馳せると、高坂は感謝の念がこみ上げてきた。

先日、彼は廃タイヤを重ねて、その中に土を入れ、ホテルの外用の鉢植えを買った時に一緒に買った鉢植えを移植した。忙しさのあまり水やりを怠っていたが、時折降る雨がその植物たちを生かしてくれたようで、元気に花を咲かせていた。他の庭の植物たちも観察し、彼は自然の力に感動した。

「さぁ! 今日も頑張りますか!」と、高坂は大きな声を上げ、いつもより少し早めに寮を出た。昨夜書いた大使館員たちへの感謝状を投函するため、彼はベッドに寝ている妻に声をかけ、車に乗って駅前の郵便ポストへ向かった。

その道すがら、彼は心の中で自然と共生することの大切さを再確認していた。小さな命が持つ価値、そしてそれを理解することの喜び。高坂は、日々の忙しさの中で忘れかけていた大切な感情を再び呼び覚まし、今日もまた新しい一歩を踏み出す準備を整えた。

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