揺れる波紋

しらかわからし

文字の大きさ
上 下
79 / 96
第一章

第78話

しおりを挟む
高坂は清々しい朝を迎え、高坂はベランダ越しに差し込む光を浴びながら深呼吸をした。空は雲一つない快晴で、その光景はどこか彼の心も晴れ渡らせてくれるように思えた。朝のルーティーンを終え、シャワーを浴びて身支度を整えると、英気を宿して仕事に向かう準備が整った。ただ、心の片隅に引っかかるのは昨夜のこと——愛美の誘いを拒否したことだった。

愛美は、結婚したばかりの新婚妻であり、しかも年下の彼女が年上の部下である自分に不倫を持ちかけるのは、どう考えてもありえないと高坂は思った。もし自分が愛美の夫だったら、彼女がそんなことをしていることに気づいたら耐えられないだろう。そして彼自身、かつて前妻によって同じような苦しみを味わわされた経験があり、その思いがよみがえってきた。

妻を置いてホテル近隣清掃に向かう高坂は、最近の生活の多くが掃除や整理整頓に追われていることに気づいていた。この会社に就職してから、勤務先でも住まわされている寮でも、彼は毎日のように掃除を続けてきた。やがて、少しずつ人が住む場所らしい環境に変わっていくと、その変化に達成感を感じるようになった。しかし、時折ふと自分に問いかける。「俺は掃除夫になったのか? 掃除をするためにこの地に来たのか?」と。

その問いを投げかけるたびに、昔、自分が経営していたレストランで働いていた宗教を信仰しているパートのご婦人の言葉を思い出す。「働くとは、傍を楽にすること」。確か天理教だったと記憶しているが、その言葉が妙に胸に響いた。その女性は、高坂にとって宗教者として尊敬できる人物であり、彼女の言葉はいつも心に深く残っていた。

それに対して、高坂の両親も新興宗教を信仰していたが、二人の行動はまったく宗教者らしくなく、彼は常に両親を軽蔑していた。しかし、そのパート女性の姿は宗教者として模範的であり、彼は彼女の言葉に耳を傾けていた。そして今、彼女が言っていた「働くこと」の本当の意味がようやく少しずつわかってきた気がしていた。自分自身の「福運」の無さと、自業自得を思い知る日々だ。

朝の清掃ルーティーンをすべて終え、高坂は一旦寮に戻り、妻を乗せて事務所に向かった。タイムカードを押すと妻はそのままレストランに行った。高坂は倉庫に入ると牛乳やジュースの箱を台車に積み込んでいた。

その時、明るい声が響いた。「おはよう!」と、佐藤英子が元気いっぱいに挨拶してきた。高坂も「英子、おはよう!」と笑顔で返す。しかしその後ろには、副支配人の品川が無表情で立っていた。

「高坂さんは、年上の人を呼び捨てにするんですね?」と品川が冷たく言った。

「そうですね、アメリカナイズされているものですから」と高坂は冗談交じりに返したが、その言葉は言い訳にもならない言い訳だった。

その瞬間、高坂は思わず心の中で警戒心が走った。品川のこの言葉が、副社長への報告に使われるのではないかという不安が頭をよぎる。先日、食事の時に山形が発した言葉から、高坂はこの職場には見えない敵が潜んでいると感じ始めていた。どこに地雷が埋まっているのか分からない。どんな小さなことであっても、それが命取りになるかもしれないという恐怖感を拭い去ることができなかった。

その後、愛美が出勤してきた。彼女の顔は晴れやかで、元気そうな笑顔が広がっていた。その様子を見て高坂はほっと安心した。昨夜、愛美は夫と和解し、幸せな夜を過ごしたのだろうかとふと考えた。そんなことを考えつつ、台車を押していると、英子が手を貸してくれた。「さっきの品川さんの言い方、ちょっとイヤミっぽくなかった?」と彼女が囁いた。

「まあ、そんなもんだろう」と高坂は軽く答えたが、内心、英子の言葉に同意していた。

「最近、思うんだけどね、高坂さんが出来過ぎるから、みんな嫉妬してるんだよ。だから気を付けてよね」と英子は心配そうに続けた。

「ありがとう、姉貴。ほんと、大好きだよ!」と高坂は照れ隠しに笑って言った。

「姉貴はやめてよ。英子でいいから」と、彼女も笑顔で返す。

高坂は、英子が本当に優しくて、心を和ませてくれる大人の女性だと改めて感じた。彼女の存在は、この厳しい職場での数少ない癒しの一つだった。レストランに入ると、皆に挨拶をして、カウンターの準備に取り掛かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...