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第一章
第64話
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ティールームに着くと、駐車場で美術館の植野がすでに待っていた。車を降りた高坂と愛美は、彼女に挨拶をした。愛美はふと高坂に向かって、「室長、お名刺を」と促す。高坂は少し微笑みながら、スーツの内ポケットの名刺入れを取り出し、「植野さん、先日はお渡しできなくてすみませんでした」と言って名刺を差し出した。
「こちらこそ。お忙しい中、今日はありがとうございます」と植野が軽く頭を下げた。
その後、三人はティールームの会議室へ案内された。扉を開けると、県庁から来た榎田明と佐野武がすでに席に着いて待っていた。彼らは、穏やかだがどこか緊張感のある表情をしていた。愛美は再び高坂に小声で囁く。「室長、お名刺を」と。
高坂は少し困ったように一瞬躊躇した。肩書が多すぎて名刺を渡すのが気恥ずかしいと感じていたのだ。しかし、仕方なく名刺を取り出し、榎田と佐野に渡す。「榎田さん、先日はお渡しできなくてすみませんでした。宜しくお願いします。佐野さんも、改めてどうぞ宜しくお願い致します。」
榎田は名刺を受け取りながら、驚いたように言った。「高坂さん、会社全体の総支配人兼総料理長としてご就職されて、この準備室の室長までお引き受け頂けるとは、本当に頼りにしています」
「恐縮です」高坂と愛美は同時に返事をし、ほんの少しお辞儀をした。高坂は、社長との面接で説明された話が徐々に変わってきたことをここで詳しくしようか一瞬迷ったが、煩雑になりそうなのでやめることにした。
「どうぞ、お掛けください」と榎田が手を差し出し、それぞれテーブルについた。愛美はノートパソコンを広げ、メモの準備を始めた。会議室の窓からは、山々が静かに見下ろす湖がちらりと見え、穏やかな風景が広がっている。
「今日は急にお呼び立てしてしまって申し訳ありません。実は、私どものボスから、準備を少しでも早く進めるようにとの指示がありまして……」と榎田が切り出す。
「ボスとおっしゃいますと?」高坂が眉をひそめる。
「県知事です。このティールーム事業は、県としてもかなり力を入れているプロジェクトで、すでに総工費は三億円を超えています。そのため、オープン日は予定通りですが、できるだけ早く準備を整えてほしいということです」
高坂は頷きながら、「そうですか。大きな事業ですね。では、具体的にどのような準備を急いでいるのでしょうか?」と問いかけた。
「私は設備担当でして、佐野がソフト面の担当です。ティールームのメニューやサービス内容についても、早めに決めていただければと思っています」と佐野が説明する。
「承知しました。コンセプトとしては、スリランカ共和国の雰囲気をイメージされているのでしょうか?」と高坂が尋ねた。
「はい、その方向で考えていますが、具体的なメニューや価格帯については、完全にお任せします。私どもはその点については全くの素人ですので、御社がご提案される内容に基づき、必要に応じてフィードバックを差し上げたいと思います」と佐野はやや恐縮気味に答えた。
「承知いたしました。メニューについては、近々ご提案させていただきます。それに関して、ご指導いただける提携先の企業や専門家などはいらっしゃいますか?」と高坂がさらに尋ねた。
「その点は榎田の方からお話しします」と佐野が言い、榎田が話を引き継ぐ。「実は、都内で紅茶教室を経営されている専門家の先生方にご協力をお願いしておりまして、ティールームの備品や装飾品については、すでに選定をお手伝いしていただきました」
「それは素晴らしいですね。ありがとうございます。什器備品類は全て県庁様でご用意いただけるということでよろしいでしょうか?」と高坂は確認した。
榎田は一瞬困った顔をして、申し訳なさそうに言った。「一つだけお願いがあるのですが、お菓子や料理を盛り付ける大皿だけは御社でご用意いただけますと幸いです。実は、それだけが手配漏れになってしまいまして、誠に申し訳ありません」
「分かりました。それくらいなら問題ございません」と高坂は即座に答えた。
佐野も続けて言った。「その他、ティールームの運営に関しては、全て御社にお任せするつもりです。私たちはそれが一番安心できると思っています」
「ご期待に応えられるよう、最善を尽くします。何かございましたら、お手数ですがこの名刺のメールアドレス宛にご連絡ください」と高坂が丁寧に対応した。
「このメールアドレスで大丈夫ですね?」と佐野が確認する。
「はい、さようでございます」と高坂は軽く頷いた。
その後、しばらく植野を交え、県庁の職員たちと軽い雑談を楽しんだ。やがて会議が終わり、高坂と愛美は車に乗り込んで帰路についた。帰り道、二人は車内で今日のミーティングを振り返りながら、次のステップを話し合った。高坂はティールームの未来を思い描き、愛美は窓の外に流れる山々の風景をぼんやりと見つめていた。二人の心には、それぞれの新たな挑戦の意欲が漲っていた。
「こちらこそ。お忙しい中、今日はありがとうございます」と植野が軽く頭を下げた。
その後、三人はティールームの会議室へ案内された。扉を開けると、県庁から来た榎田明と佐野武がすでに席に着いて待っていた。彼らは、穏やかだがどこか緊張感のある表情をしていた。愛美は再び高坂に小声で囁く。「室長、お名刺を」と。
高坂は少し困ったように一瞬躊躇した。肩書が多すぎて名刺を渡すのが気恥ずかしいと感じていたのだ。しかし、仕方なく名刺を取り出し、榎田と佐野に渡す。「榎田さん、先日はお渡しできなくてすみませんでした。宜しくお願いします。佐野さんも、改めてどうぞ宜しくお願い致します。」
榎田は名刺を受け取りながら、驚いたように言った。「高坂さん、会社全体の総支配人兼総料理長としてご就職されて、この準備室の室長までお引き受け頂けるとは、本当に頼りにしています」
「恐縮です」高坂と愛美は同時に返事をし、ほんの少しお辞儀をした。高坂は、社長との面接で説明された話が徐々に変わってきたことをここで詳しくしようか一瞬迷ったが、煩雑になりそうなのでやめることにした。
「どうぞ、お掛けください」と榎田が手を差し出し、それぞれテーブルについた。愛美はノートパソコンを広げ、メモの準備を始めた。会議室の窓からは、山々が静かに見下ろす湖がちらりと見え、穏やかな風景が広がっている。
「今日は急にお呼び立てしてしまって申し訳ありません。実は、私どものボスから、準備を少しでも早く進めるようにとの指示がありまして……」と榎田が切り出す。
「ボスとおっしゃいますと?」高坂が眉をひそめる。
「県知事です。このティールーム事業は、県としてもかなり力を入れているプロジェクトで、すでに総工費は三億円を超えています。そのため、オープン日は予定通りですが、できるだけ早く準備を整えてほしいということです」
高坂は頷きながら、「そうですか。大きな事業ですね。では、具体的にどのような準備を急いでいるのでしょうか?」と問いかけた。
「私は設備担当でして、佐野がソフト面の担当です。ティールームのメニューやサービス内容についても、早めに決めていただければと思っています」と佐野が説明する。
「承知しました。コンセプトとしては、スリランカ共和国の雰囲気をイメージされているのでしょうか?」と高坂が尋ねた。
「はい、その方向で考えていますが、具体的なメニューや価格帯については、完全にお任せします。私どもはその点については全くの素人ですので、御社がご提案される内容に基づき、必要に応じてフィードバックを差し上げたいと思います」と佐野はやや恐縮気味に答えた。
「承知いたしました。メニューについては、近々ご提案させていただきます。それに関して、ご指導いただける提携先の企業や専門家などはいらっしゃいますか?」と高坂がさらに尋ねた。
「その点は榎田の方からお話しします」と佐野が言い、榎田が話を引き継ぐ。「実は、都内で紅茶教室を経営されている専門家の先生方にご協力をお願いしておりまして、ティールームの備品や装飾品については、すでに選定をお手伝いしていただきました」
「それは素晴らしいですね。ありがとうございます。什器備品類は全て県庁様でご用意いただけるということでよろしいでしょうか?」と高坂は確認した。
榎田は一瞬困った顔をして、申し訳なさそうに言った。「一つだけお願いがあるのですが、お菓子や料理を盛り付ける大皿だけは御社でご用意いただけますと幸いです。実は、それだけが手配漏れになってしまいまして、誠に申し訳ありません」
「分かりました。それくらいなら問題ございません」と高坂は即座に答えた。
佐野も続けて言った。「その他、ティールームの運営に関しては、全て御社にお任せするつもりです。私たちはそれが一番安心できると思っています」
「ご期待に応えられるよう、最善を尽くします。何かございましたら、お手数ですがこの名刺のメールアドレス宛にご連絡ください」と高坂が丁寧に対応した。
「このメールアドレスで大丈夫ですね?」と佐野が確認する。
「はい、さようでございます」と高坂は軽く頷いた。
その後、しばらく植野を交え、県庁の職員たちと軽い雑談を楽しんだ。やがて会議が終わり、高坂と愛美は車に乗り込んで帰路についた。帰り道、二人は車内で今日のミーティングを振り返りながら、次のステップを話し合った。高坂はティールームの未来を思い描き、愛美は窓の外に流れる山々の風景をぼんやりと見つめていた。二人の心には、それぞれの新たな挑戦の意欲が漲っていた。
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