揺れる波紋

しらかわからし

文字の大きさ
上 下
60 / 109
第一章

第59話

しおりを挟む
高坂がこの寮に引っ越してきた翌朝、早速、隣家の奥様から声がかかった。「高坂さん、生垣の木が隣の敷地にも、道路側にもだいぶ伸びているのよ。伐採してもらえるかしら?」と頼まれたのだ。高坂はすぐに理解した。他人に迷惑をかけているのなら早急に対処しなければ、と内心で思いながらも、まずはこの日は作業に取りかかることを決意した。

「道路側に伸びていた木は漆だから、気をつけてね」と奥様はさらに付け加えた。漆の木は触れると肌に炎症を引き起こすことがあるため、厄介だ。しかし高坂はそんなことも気にせず、すぐにチェンソーを手に取り、作業を開始した。エンジン音が大きく響き渡ると、しばらくして奥様が姿を見せた。

「高坂さん、やってくれているのね?」と微笑んで近づいてきた奥様は、「冷たいお茶を用意したの。奥さんと一緒にどうぞ」と親しげに誘った。高坂は妻とともに一息つくことにし、お茶を頂いた。「奥様の家に出ている枝だけは、すぐに終わらせますから」と、彼は手を止めて約束した。

再び作業に戻ると、愛美が突然現れた。「私も手伝います!」と元気よく言い、彼女の助けに甘えることにした高坂は「落ちている枝を庭に運んでくれたら助かるよ」と頼んだ。

愛美が作業に加わったことで、思ったよりも早く隣家の土地に伸びていた枝の伐採は完了した。高坂はチェンソーを片付けようとしていたが、その時、再び隣の奥様が家から出てきた。「あら、大久保さんのお嬢さんじゃない? 随分と大きくなったわね」と驚いた表情で愛美に声をかけた。

高坂はその瞬間、二人が以前から知り合いだったことに気付いた。「お茶を淹れるから、愛美さんもどうぞ」と、奥様は愛美と高坂夫妻を縁側に招き入れた。愛美も少し照れくさそうにしながら、その招きに応じた。

「愛美さんって言ったわよね?」と奥様は続けた。「昔、大塚さんの奥様がここに住んでいた頃、大塚さんの未だご主人が生前の頃も他界後もだけど、よくお父さん、お宅の会社の社長さんと一緒に来ていたわよね。大塚さんの奥様のお誕生日には、毎年、赤いバラの花束を持ってきて、彼女に渡していたのを何度も見たわよ。覚えているかしら?」

その言葉を聞いた高坂は驚きを隠せなかった。「えっ?」と、思わず声を漏らした。愛美の父親である大久保社長が、そんなロマンチックなことをしていたとは思いもよらなかったのだ。ましてや大久保女史に夫が居た時も他界してからも同様に誕生日プレゼントを渡していたとは恐れ入った。

愛美は苦笑いしながら目を伏せた。「お恥ずかしい話ですが、当時の私は小さかったので、あまりよく分かりませんでした。でも、父が結婚を遅らせた理由がそこにあったのかもしれません」と静かに話し出した。

その言葉に高坂は困惑しながらも、さらに愛美に目を向けた。「この話、地元では有名なのよ。この近所の人たちはみんな知っていることだし」と奥様はため息をつきながら説明した。

愛美はそれを聞きながら、少し悲しげにうつむいた。「だから私は、この町にいるのが辛かったんです。恥ずかしくて、東京の全寮制の高校に入学して、その後はフランスの大学に入学しました。本当は、もうこの地には戻りたくなかったんです」と低い声で告白した。

高坂はその時、愛美にどこか陰りが感じられた理由を初めて理解した。彼女にとって、父親の過去の行いが思春期の頃からずっと重くのしかかっていたのだ。その傷が彼女の内面に深く刻まれていることを高坂は痛感した。

それでも、彼は何も言わずに奥様にお礼を述べ、愛美もまた頭を下げて礼を言った。愛美はその後、ホテルへと帰っていったが、高坂夫妻は彼女の背中を見送りながら、彼女の中に抱えている複雑な感情を思わずにはいられなかった。

高坂は一人、作業が終わった庭を眺めながら、何気ない日常の中で、隣家とのちょっとしたやり取りが、愛美の過去や父親の秘密を垣間見るきっかけとなったことを静かに噛みしめていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...