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第一章
第51話
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高坂は倉庫で台車に牛乳やジュース類の箱を載せながら、昨日の出来事を思い出していた。昨日は長期保存がきく牛乳やジュースの在庫がレストランにあったが、今日はもう無くなっていた。補充が必要だと判断し、倉庫に向かったのだが、そんな時に佐藤英子が出勤してきた。
「高坂さん、おはよう! 聞いた?」佐藤が軽い調子で声をかけてきた。
「おはよう。何のこと?」と高坂は作業の手を止めずに返す。
「富田さん、辞めるってこと」と佐藤が小声で答えた。
高坂はうなずく。「うん、昨日、鈴木さんから聞いたよ」
「困っちゃうわよね。これからどうするのかしら?」と佐藤が不安そうな顔を見せた。
「確かに。補充がすぐにできる状況じゃないだろうしな……」と高坂も同意する。
佐藤はさらに声を潜めて言った。「ここって、募集しても地元で評判が悪いから、なかなか応募が来ないのよ。その間、私たちが大変になるわけよ」
「そうなんだ」と、どこか他人事のように答えながらも、高坂は内心でホテルの労働環境の問題を再確認する思いだった。
台車を押してレストランへ向かう。実は、この台車も高坂自身がDIYで作ったものだ。コンパネ合板にキャスターを四つ付けただけの簡単な作りだが、これが便利だった。一般的な台車は重く、収納場所にも困るが、これなら軽くて省スペース。牛乳やジュースの箱を載せて、一度に運べる。
かつては富田が、十二キロもの重さの箱を手で持って何往復もして運んでいた。彼女が一人でその作業をしているのを見て、高坂はかわいそうに思い、誰でも楽に作業できるようにとこの台車を作ったのだ。富田は最初、台車を使うことに抵抗があった。「社長や専務、それにシェフから、楽していると思われるのが嫌だから」と言って、しばらくは手で運んでいた。
だが高坂は言った。「富田さんが体を壊したら困るのは経営者や上司だよ」
その言葉で彼女はようやく使うようになった。今では、台車に牛乳やジュースの箱を載せれば一往復で済むため、彼女もとても喜んでくれていた。かつては膝や腰を痛めるリスクがあったが、その心配も減った。
そんな富田が辞めると言った時、高坂は他のスタッフとは違う特別な感情を抱いていた。富田は高坂がホテルに来たばかりの頃、カウンターやホール業務を丁寧に教えてくれて、ずっと支えてくれていたのだ。彼女への感謝は深い。新しいプロジェクトが始まる前に、一度連絡でもしようかと思っていたが、忙しさにかまけてそれも忘れてしまっていた。
箱を片付け、ホールに戻って皆に挨拶をしてから洗い場へ向かう。そこには目黒と高田がいた。
「目黒さん、おはよう。今日のルージュ、いつもと違う色だね。よく似合ってるよ」と高坂は冗談交じりに話しかけた。
「わかった? 嬉しい! 久々に父ちゃんが帰ってきたんだけど、何も言わなかったのよ」と、少し不機嫌そうな目黒。
「まあ、仕方ないよ。父ちゃんは田舎者だからさ」と笑って、少しふざける高坂。「その唇に俺の唇を重ねて、右手でその豊満なバストを揉みしだいてみたい~!」
目黒は「朝から元気だね!」と爆笑しながらも、少し顔が赤くなった。その表情がどこか少女のようで、高坂は彼女の可愛らしさを改めて感じた。
「高田さん、おはようございます。辞めるんだって?」と話しかけると、高田は淡々と答えた。
「うん、もうここにはいられないわ」
「次の仕事の予定は?」
「少しゆっくりしてから探そうかなって」
「そうか……残念だよ。高田さんとはいいチームだったのになったのにね」
高田は肩をすくめた。「高坂さんがもっと早く入社してくれていれば良かったわ。ここの社員も、社長も専務も、私たち洗い場のことなんて、虫けら程度にしか思ってないもの」
高坂は苦笑いを浮かべる。「まあ、そう思うのも無理はないかもね。でも、体には気をつけて」
高田は微笑んだ。「高坂さんに会えて良かったわ。あなたみたいに周りの人を思いやってくれる社員がいるってわかっただけでも、この職場にいた意味があった。本当にありがとうございました」
その後、高坂は高田の写真を撮って、後でコピーして渡すつもりだった。調理場に行くと、全員が挨拶を返してくれた。
シェフが高坂に声をかける。「高坂さん、今朝から責任者会議を開くことにしました。例の板前たちに話してみます」
高坂は頷いた。「やってみてください。すぐには変わらないかもしれないけど、根気よく続ければわかってくれますよ」
「それじゃあ、今日も楽しくやりましょう!」と言い、カウンターに戻ると、佐藤が皆の分のコーヒーを用意してくれていた。
「姉貴、ありがとう!」と高坂が声をかけると、佐藤は「どういたしまして」とウインクしてくれた。その仕草がどこか可愛らしく、高坂は心が和んだ。
この一部始終を、愛美が少し離れたところから見ていた。妻の博美は、ホールにはおらず、佐藤に訊くとトイレに行っていると言った。こうして、今日の朝食の準備も、何の問題もなく終えた。
「高坂さん、おはよう! 聞いた?」佐藤が軽い調子で声をかけてきた。
「おはよう。何のこと?」と高坂は作業の手を止めずに返す。
「富田さん、辞めるってこと」と佐藤が小声で答えた。
高坂はうなずく。「うん、昨日、鈴木さんから聞いたよ」
「困っちゃうわよね。これからどうするのかしら?」と佐藤が不安そうな顔を見せた。
「確かに。補充がすぐにできる状況じゃないだろうしな……」と高坂も同意する。
佐藤はさらに声を潜めて言った。「ここって、募集しても地元で評判が悪いから、なかなか応募が来ないのよ。その間、私たちが大変になるわけよ」
「そうなんだ」と、どこか他人事のように答えながらも、高坂は内心でホテルの労働環境の問題を再確認する思いだった。
台車を押してレストランへ向かう。実は、この台車も高坂自身がDIYで作ったものだ。コンパネ合板にキャスターを四つ付けただけの簡単な作りだが、これが便利だった。一般的な台車は重く、収納場所にも困るが、これなら軽くて省スペース。牛乳やジュースの箱を載せて、一度に運べる。
かつては富田が、十二キロもの重さの箱を手で持って何往復もして運んでいた。彼女が一人でその作業をしているのを見て、高坂はかわいそうに思い、誰でも楽に作業できるようにとこの台車を作ったのだ。富田は最初、台車を使うことに抵抗があった。「社長や専務、それにシェフから、楽していると思われるのが嫌だから」と言って、しばらくは手で運んでいた。
だが高坂は言った。「富田さんが体を壊したら困るのは経営者や上司だよ」
その言葉で彼女はようやく使うようになった。今では、台車に牛乳やジュースの箱を載せれば一往復で済むため、彼女もとても喜んでくれていた。かつては膝や腰を痛めるリスクがあったが、その心配も減った。
そんな富田が辞めると言った時、高坂は他のスタッフとは違う特別な感情を抱いていた。富田は高坂がホテルに来たばかりの頃、カウンターやホール業務を丁寧に教えてくれて、ずっと支えてくれていたのだ。彼女への感謝は深い。新しいプロジェクトが始まる前に、一度連絡でもしようかと思っていたが、忙しさにかまけてそれも忘れてしまっていた。
箱を片付け、ホールに戻って皆に挨拶をしてから洗い場へ向かう。そこには目黒と高田がいた。
「目黒さん、おはよう。今日のルージュ、いつもと違う色だね。よく似合ってるよ」と高坂は冗談交じりに話しかけた。
「わかった? 嬉しい! 久々に父ちゃんが帰ってきたんだけど、何も言わなかったのよ」と、少し不機嫌そうな目黒。
「まあ、仕方ないよ。父ちゃんは田舎者だからさ」と笑って、少しふざける高坂。「その唇に俺の唇を重ねて、右手でその豊満なバストを揉みしだいてみたい~!」
目黒は「朝から元気だね!」と爆笑しながらも、少し顔が赤くなった。その表情がどこか少女のようで、高坂は彼女の可愛らしさを改めて感じた。
「高田さん、おはようございます。辞めるんだって?」と話しかけると、高田は淡々と答えた。
「うん、もうここにはいられないわ」
「次の仕事の予定は?」
「少しゆっくりしてから探そうかなって」
「そうか……残念だよ。高田さんとはいいチームだったのになったのにね」
高田は肩をすくめた。「高坂さんがもっと早く入社してくれていれば良かったわ。ここの社員も、社長も専務も、私たち洗い場のことなんて、虫けら程度にしか思ってないもの」
高坂は苦笑いを浮かべる。「まあ、そう思うのも無理はないかもね。でも、体には気をつけて」
高田は微笑んだ。「高坂さんに会えて良かったわ。あなたみたいに周りの人を思いやってくれる社員がいるってわかっただけでも、この職場にいた意味があった。本当にありがとうございました」
その後、高坂は高田の写真を撮って、後でコピーして渡すつもりだった。調理場に行くと、全員が挨拶を返してくれた。
シェフが高坂に声をかける。「高坂さん、今朝から責任者会議を開くことにしました。例の板前たちに話してみます」
高坂は頷いた。「やってみてください。すぐには変わらないかもしれないけど、根気よく続ければわかってくれますよ」
「それじゃあ、今日も楽しくやりましょう!」と言い、カウンターに戻ると、佐藤が皆の分のコーヒーを用意してくれていた。
「姉貴、ありがとう!」と高坂が声をかけると、佐藤は「どういたしまして」とウインクしてくれた。その仕草がどこか可愛らしく、高坂は心が和んだ。
この一部始終を、愛美が少し離れたところから見ていた。妻の博美は、ホールにはおらず、佐藤に訊くとトイレに行っていると言った。こうして、今日の朝食の準備も、何の問題もなく終えた。
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