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第一章
第48話
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珍しいことに、シェフが突然、高坂のカウンターに姿を現した。カウンター越しに見える彼の顔は、どこか不満げで、いつもの余裕のある表情とは違っていた。
「高坂さん、ちょっと聞いてもらえますか?」シェフの声には焦りが混じっている。
「はい、何でしょうか?」と高坂は返事をしながら、彼の言葉に何か問題が潜んでいることを感じ取った。
シェフは少し沈黙を挟んでから、ため息をつき、「和食部門の今月の売上、いくらだと思います?」と問いかけた。
高坂は一瞬考え込んだが、答えが浮かばない。「申し訳ないですが、わかりません」
シェフは唇をぎゅっと結び、「百万円弱ですよ」と、声を絞り出すように言った。その数字に驚いた高坂の表情は曇った。
「板前さんが二人もいるのに……ですか?」
「そうです。だから、和食の板前たちにもメインダイニングを手伝ってもらいたいんですけど、全然来ないんですよ。暇なら手伝えばいいじゃないですか」と、シェフは苛立ちを隠しきれない様子で続けた。
「社長や専務に頼んでみてはどうでしょう?」と、高坂は静かに提案した。
「頼みました。何回も。でも、動かないんですよね。命令されても、自分たちの仕事しかやらない」
高坂は、シェフの苛立ちと無力感を理解しつつ、慎重に答えを探した。「確かに、同じホテルの中で忙しい部署と暇な部署があるのはおかしなことかもしれませんね」と、彼は言いながら、現実的な解決策を考えた。「ただ、意外とどこの職場でもそんなことはあるんじゃないですかね?」
シェフは少し驚いたように高坂を見つめ、「他のホテルやレストランでも、そうなんですか?」と問い返した。
「そう思いますよ。僭越ながらですが、私からの提案を一つさせていただくなら、シェフが発起人になって、各セクションの責任者たちとミーティングを開くのはどうでしょう? 朝一で集まって、各自の現状を共有する場を設けるんです。そうすれば、シェフも和食部門に対して直接話をするチャンスができるかと。少し時間はかかるかもしれませんが、納得して動いてもらうのがベストかと思います」と高坂は穏やかに提案した。
シェフはしばらく黙っていたが、やがて顔に希望の色が浮かんだ。「それ、いいかもしれませんね。明日、品川(副支配人)に相談してみます。ありがとうございます、高坂さん」
「いえいえ、何もたいしたことは。では、今日もよろしくお願いします」と高坂は軽く頭を下げ、仕事に戻った。
シェフが去った後、高坂はしばし考え込んだ。「シェフもずいぶん成長してきたな。でも、また元に戻るかもしれないが……」という不安も、頭をよぎった。レストランの現場は、忙しい時と暇な時のギャップが大きく、働く人々のモチベーションも揺れ動くものだ。特に、責任者としてチーム全体をまとめる立場にあるシェフには、そうしたプレッシャーが重くのしかかる。
「ホテルという場所は、さまざまな部署が協力し合って成り立っている。それがうまく機能しなければ、いくら立派な建物があっても意味がない」と、高坂は心の中でつぶやき、再び自分の持ち場に戻った。
カウンターに立つ高坂の周りには、次第にディナーの客が増え始めていた。忙しさが増していく中で、高坂は一瞬だけ、シェフのことを思い出した。「シェフもこの先、どう動くかだな……」
一度芽生えたリーダーとしての自覚を持ち続けることができるかどうか。それが、このホテルの未来を左右するかもしれない。
「高坂さん、ちょっと聞いてもらえますか?」シェフの声には焦りが混じっている。
「はい、何でしょうか?」と高坂は返事をしながら、彼の言葉に何か問題が潜んでいることを感じ取った。
シェフは少し沈黙を挟んでから、ため息をつき、「和食部門の今月の売上、いくらだと思います?」と問いかけた。
高坂は一瞬考え込んだが、答えが浮かばない。「申し訳ないですが、わかりません」
シェフは唇をぎゅっと結び、「百万円弱ですよ」と、声を絞り出すように言った。その数字に驚いた高坂の表情は曇った。
「板前さんが二人もいるのに……ですか?」
「そうです。だから、和食の板前たちにもメインダイニングを手伝ってもらいたいんですけど、全然来ないんですよ。暇なら手伝えばいいじゃないですか」と、シェフは苛立ちを隠しきれない様子で続けた。
「社長や専務に頼んでみてはどうでしょう?」と、高坂は静かに提案した。
「頼みました。何回も。でも、動かないんですよね。命令されても、自分たちの仕事しかやらない」
高坂は、シェフの苛立ちと無力感を理解しつつ、慎重に答えを探した。「確かに、同じホテルの中で忙しい部署と暇な部署があるのはおかしなことかもしれませんね」と、彼は言いながら、現実的な解決策を考えた。「ただ、意外とどこの職場でもそんなことはあるんじゃないですかね?」
シェフは少し驚いたように高坂を見つめ、「他のホテルやレストランでも、そうなんですか?」と問い返した。
「そう思いますよ。僭越ながらですが、私からの提案を一つさせていただくなら、シェフが発起人になって、各セクションの責任者たちとミーティングを開くのはどうでしょう? 朝一で集まって、各自の現状を共有する場を設けるんです。そうすれば、シェフも和食部門に対して直接話をするチャンスができるかと。少し時間はかかるかもしれませんが、納得して動いてもらうのがベストかと思います」と高坂は穏やかに提案した。
シェフはしばらく黙っていたが、やがて顔に希望の色が浮かんだ。「それ、いいかもしれませんね。明日、品川(副支配人)に相談してみます。ありがとうございます、高坂さん」
「いえいえ、何もたいしたことは。では、今日もよろしくお願いします」と高坂は軽く頭を下げ、仕事に戻った。
シェフが去った後、高坂はしばし考え込んだ。「シェフもずいぶん成長してきたな。でも、また元に戻るかもしれないが……」という不安も、頭をよぎった。レストランの現場は、忙しい時と暇な時のギャップが大きく、働く人々のモチベーションも揺れ動くものだ。特に、責任者としてチーム全体をまとめる立場にあるシェフには、そうしたプレッシャーが重くのしかかる。
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