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第一章
第33話
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「シェフ、実は品川さんに報告と相談をした方が良いですよと進言したのは私です。理由は分かりますか?」と高坂は静かに口を開いた。
「分かる訳ないだろ!」とシェフは声を荒げた。
高坂は落ち着いて続けた。「本来、レストランの問題はシェフに報告すべきです。ですが、山中さんは毎朝シェフに付け届けをしていて、富田さんはその前までシェフからパワハラとも取れる苛めのターゲットにされていました。どうですか、シェフ?」
シェフはすかさず反論した。「苛めじゃない、あれはあくまでも指導だ!」
「百歩譲って、それを指導だとしておきましょう」と高坂は冷静に頷いた。「ただ、この件を最初に知ったのは大崎さんです。富田さんがシェフに苛められる前、大崎さんがその対象でした。この件をシェフに直接話しても、山中さんへの依怙贔屓が影響して解決には至らないと思ったんです」
「依怙贔屓なんかしてる訳ないだろ!」とシェフは語気を強めた。
高坂は少し微笑んで言った。「そうですか? 今までの話を聞くと、依怙贔屓ばかりだと思いますよ。だからこそ、第三者である品川さん(副支配人)に相談するのが最善策だと大崎さんに話したのです。つまり、大崎さんには責任はありません」
続けて高坂は、「もし、大崎さんに食事を与えないのであれば、私も同じ罰を受けます。それともう一つお話ししたいことがあります。私は二十三年間、オーナーシェフとして働き、このホテルの前身であるプチホテルでも七年間シェフを務めました。それに、叔父のホテルで七年間料理人として修行をし、合わせて三十七年間料理人として働いてきました。料理人の本分は、誰に対しても公平に料理を振る舞うことだと思いませんか?」
シェフは驚きの表情を浮かべ、「そ、そうだったんですか……」と口ごもった。
高坂はさらに声を強めて言った。「それにも関わらず、シェフは自分の立場を利用して大崎さんに賄いを与えないという形でパワハラを続けてきた。どうなんですか?」
シェフは直立不動になり、「は、はい……」と小さな声で答えた。
高坂は畳みかけるように言った。「私の知っている料理人仲間には、シェフのような人はいません。恥ずかしいと思いませんか? まあ、これを言うとシェフは『帰る!』と言ってまた職場を放棄するんでしょうが、そろそろご自身の非を認めませんか?」
シェフは無言だった。
「レストランの使命は、ご来店くださったお客様に楽しんで食事をしてもらうこと。それを一番に考えませんか?」と高坂は優しく諭すように言った。
その時、話を一部始終聞いていた愛美が近づき、「この件、私にお任せいただけませんか? 今、皆さんの仲が悪化すれば、ホテルはもちろん、これから営業する県営美術館のティールーム、さらには建設予定の最高級ホテルの行く末も危ぶまれます。皆さんを悪いようにはしませんから、私に預けてください」と真剣な表情でお願いした。
「シェフ、どうしましょうか?」と愛美はシェフに尋ねた。
「専務にお任せいたします」とシェフは即答した。
「大崎さん、どうしますか?」と愛美は続けて尋ねた。
「専務にお任せします」と大崎も同じく答えた。
「富田さんと山中さんはどうですか?」と愛美は二人に問いかける。
「専務にお任せします」と富田。
「専務にお任せします」と山中も続けた。
「それでは、そういうことで」と愛美は言い、場を後にした。
それを見ていた他のスタッフが小声で、「あれ、高坂さんには訊かないのかな?」と口々に言い始めた。
「俺のことは忘れているんじゃないのかな?」と高坂は軽く笑って言っただけで、話を終わらせた。
大崎と富田が高坂に礼を述べ、それぞれの持ち場に戻っていった。
富田が近くにいた高坂に向かって、「先輩たちが苛められたら、守らなくちゃね!」と軽口を叩いた。
「これで二回も守ってもらったわ」と富田は笑顔で言った。
「だって、富田さんに辞められたら、俺、寂しいからさ」と高坂は冗談を言った。
「もしかして私に惚れた?」と富田が妻の博美には聞こえない様に言った。
「まあ、そんなところかな?」と高坂は微笑んで答えた。
その後、愛美が戻ってきて、「近い内にどこかでお会いできませんか?」と尋ねた。
「はい、構いませんよ」と高坂は静かに応えた。
「分かる訳ないだろ!」とシェフは声を荒げた。
高坂は落ち着いて続けた。「本来、レストランの問題はシェフに報告すべきです。ですが、山中さんは毎朝シェフに付け届けをしていて、富田さんはその前までシェフからパワハラとも取れる苛めのターゲットにされていました。どうですか、シェフ?」
シェフはすかさず反論した。「苛めじゃない、あれはあくまでも指導だ!」
「百歩譲って、それを指導だとしておきましょう」と高坂は冷静に頷いた。「ただ、この件を最初に知ったのは大崎さんです。富田さんがシェフに苛められる前、大崎さんがその対象でした。この件をシェフに直接話しても、山中さんへの依怙贔屓が影響して解決には至らないと思ったんです」
「依怙贔屓なんかしてる訳ないだろ!」とシェフは語気を強めた。
高坂は少し微笑んで言った。「そうですか? 今までの話を聞くと、依怙贔屓ばかりだと思いますよ。だからこそ、第三者である品川さん(副支配人)に相談するのが最善策だと大崎さんに話したのです。つまり、大崎さんには責任はありません」
続けて高坂は、「もし、大崎さんに食事を与えないのであれば、私も同じ罰を受けます。それともう一つお話ししたいことがあります。私は二十三年間、オーナーシェフとして働き、このホテルの前身であるプチホテルでも七年間シェフを務めました。それに、叔父のホテルで七年間料理人として修行をし、合わせて三十七年間料理人として働いてきました。料理人の本分は、誰に対しても公平に料理を振る舞うことだと思いませんか?」
シェフは驚きの表情を浮かべ、「そ、そうだったんですか……」と口ごもった。
高坂はさらに声を強めて言った。「それにも関わらず、シェフは自分の立場を利用して大崎さんに賄いを与えないという形でパワハラを続けてきた。どうなんですか?」
シェフは直立不動になり、「は、はい……」と小さな声で答えた。
高坂は畳みかけるように言った。「私の知っている料理人仲間には、シェフのような人はいません。恥ずかしいと思いませんか? まあ、これを言うとシェフは『帰る!』と言ってまた職場を放棄するんでしょうが、そろそろご自身の非を認めませんか?」
シェフは無言だった。
「レストランの使命は、ご来店くださったお客様に楽しんで食事をしてもらうこと。それを一番に考えませんか?」と高坂は優しく諭すように言った。
その時、話を一部始終聞いていた愛美が近づき、「この件、私にお任せいただけませんか? 今、皆さんの仲が悪化すれば、ホテルはもちろん、これから営業する県営美術館のティールーム、さらには建設予定の最高級ホテルの行く末も危ぶまれます。皆さんを悪いようにはしませんから、私に預けてください」と真剣な表情でお願いした。
「シェフ、どうしましょうか?」と愛美はシェフに尋ねた。
「専務にお任せいたします」とシェフは即答した。
「大崎さん、どうしますか?」と愛美は続けて尋ねた。
「専務にお任せします」と大崎も同じく答えた。
「富田さんと山中さんはどうですか?」と愛美は二人に問いかける。
「専務にお任せします」と富田。
「専務にお任せします」と山中も続けた。
「それでは、そういうことで」と愛美は言い、場を後にした。
それを見ていた他のスタッフが小声で、「あれ、高坂さんには訊かないのかな?」と口々に言い始めた。
「俺のことは忘れているんじゃないのかな?」と高坂は軽く笑って言っただけで、話を終わらせた。
大崎と富田が高坂に礼を述べ、それぞれの持ち場に戻っていった。
富田が近くにいた高坂に向かって、「先輩たちが苛められたら、守らなくちゃね!」と軽口を叩いた。
「これで二回も守ってもらったわ」と富田は笑顔で言った。
「だって、富田さんに辞められたら、俺、寂しいからさ」と高坂は冗談を言った。
「もしかして私に惚れた?」と富田が妻の博美には聞こえない様に言った。
「まあ、そんなところかな?」と高坂は微笑んで答えた。
その後、愛美が戻ってきて、「近い内にどこかでお会いできませんか?」と尋ねた。
「はい、構いませんよ」と高坂は静かに応えた。
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