揺れる波紋

第一章

第32話

あのケチャップ事件の報告を、主任の大崎が副支配人の品川に相談した。だが、品川は事の深刻さを理解せず、そのまま専務に報告してしまう。専務もまた深く考えず、レストランのシェフに話を持ちかけた。それが引き金となり、シェフの心に苛立ちが芽生える。「自分に報告せずに品川に相談するなんて……あの野郎！」という怒りが、再びパワハラとも言える苛めの兆しを見せ始めたのだった。

夕食の準備が進む中、シェフは厨房で大勢のスタッフが見守る中、大崎と富田を呼びつけた。大崎は瞬時に「あのケチャップ事件だ」と悟り、心の中で高坂に相談したことを後悔し始めた。恨みの気持ちすら芽生えていた。

一方、専務はシェフから聞いた内容をもとに社長に報告していた。シェフは、「自分と仲良くしている山中のことを妬んだ富田が、ケチャップに髪の毛を入れたんだ」と推測し、皆の前でそう伝えた。

「そんな……」と富田は声を震わせる。

「俺の結論として、富田が山中に対してやったことに違いない。だから、富田は山中に謝れ！」とシェフは一方的に命じた。

次にシェフは、大崎に目を向け、「お前は何を考えてるんだ！　レストランで問題が起きたらまず俺に報告するべきだろう！　それを無視して品川に相談するとは……！」と怒鳴りつけた。そして冷たく言い放った。「もうお前には賄いは食わせない！」

富田は毅然と、「私はやっていません！」と主張し続け、「もしシェフがそう決めたのであれば、私はこのホテルを辞めます！」と言って、その場を立ち去ろうとした。

その瞬間、高坂が声をかけた。「富田さん、ちょっと待ってください」

富田が立ち止まると、高坂は語気を強めてシェフに向き直った。「富田さんがやった証拠も、山中さんがやった証拠もないですよね？　それなのに、なぜシェフはそんな結論を出したんですか？　理由を教えてください」

シェフは苛立ちを隠せず、「富田が俺と山中が仲良くしているのを妬んだからだ！」と叫んだ。

「それが理由ですか？」高坂は冷静に問い返して言った。「自惚れが過ぎますよ」

「それだけじゃダメなのか！？」シェフは反論するが、勢いが削がれたようだった。

高坂は静かに問いかける。「シェフのことを心底尊敬している人が、このホテルに何人いると思いますか？　数えてみてください」

シェフは答えられず、口をつぐんだ。

高坂は続けた。「私は知っていますよ。シェフが山中さんから毎朝、栄養ドリンクをもらっていることも、時々お酒をもらっていることも。そして山中さんが冷凍庫から毎日食材を持ち帰っているのを、見て見ぬふりしていることも。シェフ、どうなんですか？」

シェフは一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに「山中、お前そんなことをしていたのか？」と、あたかも今知ったかのように問い詰めた。

山中は平然と、「どこにそんな証拠があるんですか？」と反論した。

しかし高坂は動じず、「山中さん、この間の証拠写真を皆に見せても良いんですね？」と静かに迫った。

山中は一瞬無言になり、やがて観念したように「すみませんでした……私が朝の担当の時、毎朝持ち帰っていました」と小さく呟いた。

「山中さん、証拠の写真を見せなくてもいいんですか？」と高坂が念を押す。

「あの件ですね？　もう分かっています。本当に、申し訳ありませんでした」と山中は深く頭を下げた。