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第一章
第31話
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朝食の片付けをしている時、大崎が高坂の前に現れた。「参りましたよ」と、疲れたように呟く。
「どうされました?」と高坂は眉をひそめた。
大崎はカウンターの棚から小さな器を取り出し、その中にはケチャップが入っていた。「これ、見てください」と言って、割り箸でケチャップを掻き回すと、中から丸まった髪の毛が出てきた。
「これは……どうしたんですか?」高坂は驚いた。
「山中さんが、『富田さんが嫌がらせでやった』って主張してるんです。それで富田さんに確認すると、『そんなくだらないこと、私がするわけないでしょ。それこそ、山中さんがやって、私に責任を押し付けようとしてるんじゃないですか?』って返されたのです」
ホテル業務でこんな問題が起きるとは思っていなかった高坂は一瞬、言葉に詰まるが、すぐに冷静さを取り戻す。「とりあえず、賄いが終わってから考えましょう」と言って、その問題の器を棚の奥、床と棚の隙間にサランラップで覆って隠した。他のスタッフに見つかると厄介なことになるからだ。
※ ※ ※
しばらくして、大崎が再びカウンターにやってきた。「例のケチャップ、どうしましょう?」
高坂は腕を組んで少し考え、「本来なら、レストランの問題はシェフに話すべきなのですが、山中さんは毎朝シェフに何かしら贈り物をしてるし、富田さんは、私がシェフを諫める前まで苛めのターゲットになっていましたよね?」
「はい、その通りです」と大崎はうなずく。
「この件をシェフに報告しても、公平に判断してくれるかは疑わしい。シェフは山中さんに肩入れしているかもしれませんし、解決にはならないでしょう」
「僕もそう思います」
「それなら、ここは一度、副支配人の品川さんに相談するのがいいかもしれません。どう思います?」
「そうですね。品川さんなら、シェフのこともよく理解していますし、適切に対処してくれると思います」
「じゃあ、品川さんが出勤してきたら、大崎さんが例のケチャップを持って報告してください。その際にシェフの偏りも一緒に話してみてください」
「そうします。品川さんならきっと話を聞いてくれるはずです」
高坂は肩の力を抜き、「では、賄いでも食べましょうか」と微笑み、妻と大崎と共に食卓についた。
賄いを取りながら、大崎が「僕もレストランの清掃を手伝いますよ」と申し出る。
「ありがたいけど、気にしないでゆっくり休んでください。これは私と社長との問題ですから」と高坂は優しく断った。
「えっ、それってどういう意味ですか?」と大崎が不思議そうに尋ねる。
「上層部は皆知っていることですし、そのうち皆にも伝わるでしょうから。入社初日にシェフが富田さんを苛めたのを覚えてますか?」
「ええ、覚えてますよ。確か、化粧のことで叱り付けてましたよね?」
「そうです。富田さんの化粧は清楚で美しかった。でもシェフは感情的に皆の前で怒鳴りました。それがあまりにひどくて、私は入ったばかりでしたが我慢できずにシェフを諫めました」
大崎は静かに頷きながら、「本当は主任の僕がやるべきことでしたが、彼女の前に僕も苛められていたので、怖くて何もできなかったんです」と申し訳なさそうに言った。
「仕方ないですよ。で、そのことが副支配人の品川さん経由で専務に伝わり、さらに社長にも報告され、翌朝、社長に呼ばれたんです」
「そういえば、朝の準備中にどこかに呼び出されていましたよね?」
「はい、会議室にでした。社長はこう言ったんです。『レストランで波風を立てたから、自分で罰を決めてください』と」
「それは変ですね」と大崎は首をかしげた。
「私もそう思いましたが、仕方なく、掃除の行き届いていないホテルの清掃を自分の罰としてやることにしました。それで今も続けているんです」
「なるほど、そういう事情だったんですね。なら、シェフにも同じ罰を与えないと公平じゃないですよ」
「普通に考えたらそうですよね。でもこのホテルでは、シェフの苛めが長年続いてきました。開業当初から直らなかったんですよね」
「そうでしたね……。僕も辛かったです。賄いの時間に僕だけ食べ物を与えてもらえなかったこともあります」
「料理人が食べ物で不平等に扱うなんて、最低です。それは料理人失格ですし、辛かったでしょうね?」
「はい、通し勤務の時なんかは空腹で倒れそうでした」と大崎は苦笑いを浮かべた。
「どうされました?」と高坂は眉をひそめた。
大崎はカウンターの棚から小さな器を取り出し、その中にはケチャップが入っていた。「これ、見てください」と言って、割り箸でケチャップを掻き回すと、中から丸まった髪の毛が出てきた。
「これは……どうしたんですか?」高坂は驚いた。
「山中さんが、『富田さんが嫌がらせでやった』って主張してるんです。それで富田さんに確認すると、『そんなくだらないこと、私がするわけないでしょ。それこそ、山中さんがやって、私に責任を押し付けようとしてるんじゃないですか?』って返されたのです」
ホテル業務でこんな問題が起きるとは思っていなかった高坂は一瞬、言葉に詰まるが、すぐに冷静さを取り戻す。「とりあえず、賄いが終わってから考えましょう」と言って、その問題の器を棚の奥、床と棚の隙間にサランラップで覆って隠した。他のスタッフに見つかると厄介なことになるからだ。
※ ※ ※
しばらくして、大崎が再びカウンターにやってきた。「例のケチャップ、どうしましょう?」
高坂は腕を組んで少し考え、「本来なら、レストランの問題はシェフに話すべきなのですが、山中さんは毎朝シェフに何かしら贈り物をしてるし、富田さんは、私がシェフを諫める前まで苛めのターゲットになっていましたよね?」
「はい、その通りです」と大崎はうなずく。
「この件をシェフに報告しても、公平に判断してくれるかは疑わしい。シェフは山中さんに肩入れしているかもしれませんし、解決にはならないでしょう」
「僕もそう思います」
「それなら、ここは一度、副支配人の品川さんに相談するのがいいかもしれません。どう思います?」
「そうですね。品川さんなら、シェフのこともよく理解していますし、適切に対処してくれると思います」
「じゃあ、品川さんが出勤してきたら、大崎さんが例のケチャップを持って報告してください。その際にシェフの偏りも一緒に話してみてください」
「そうします。品川さんならきっと話を聞いてくれるはずです」
高坂は肩の力を抜き、「では、賄いでも食べましょうか」と微笑み、妻と大崎と共に食卓についた。
賄いを取りながら、大崎が「僕もレストランの清掃を手伝いますよ」と申し出る。
「ありがたいけど、気にしないでゆっくり休んでください。これは私と社長との問題ですから」と高坂は優しく断った。
「えっ、それってどういう意味ですか?」と大崎が不思議そうに尋ねる。
「上層部は皆知っていることですし、そのうち皆にも伝わるでしょうから。入社初日にシェフが富田さんを苛めたのを覚えてますか?」
「ええ、覚えてますよ。確か、化粧のことで叱り付けてましたよね?」
「そうです。富田さんの化粧は清楚で美しかった。でもシェフは感情的に皆の前で怒鳴りました。それがあまりにひどくて、私は入ったばかりでしたが我慢できずにシェフを諫めました」
大崎は静かに頷きながら、「本当は主任の僕がやるべきことでしたが、彼女の前に僕も苛められていたので、怖くて何もできなかったんです」と申し訳なさそうに言った。
「仕方ないですよ。で、そのことが副支配人の品川さん経由で専務に伝わり、さらに社長にも報告され、翌朝、社長に呼ばれたんです」
「そういえば、朝の準備中にどこかに呼び出されていましたよね?」
「はい、会議室にでした。社長はこう言ったんです。『レストランで波風を立てたから、自分で罰を決めてください』と」
「それは変ですね」と大崎は首をかしげた。
「私もそう思いましたが、仕方なく、掃除の行き届いていないホテルの清掃を自分の罰としてやることにしました。それで今も続けているんです」
「なるほど、そういう事情だったんですね。なら、シェフにも同じ罰を与えないと公平じゃないですよ」
「普通に考えたらそうですよね。でもこのホテルでは、シェフの苛めが長年続いてきました。開業当初から直らなかったんですよね」
「そうでしたね……。僕も辛かったです。賄いの時間に僕だけ食べ物を与えてもらえなかったこともあります」
「料理人が食べ物で不平等に扱うなんて、最低です。それは料理人失格ですし、辛かったでしょうね?」
「はい、通し勤務の時なんかは空腹で倒れそうでした」と大崎は苦笑いを浮かべた。
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