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第一章
第26話
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その日、愛美がレストランに初めて顔を出した。社長が溺愛する一人娘の彼女と一緒に仕事をすることになったため、社長は朝食の時間が終わるまでずっとレストランに残っていた。
愛美も博美を見つけて挨拶に行った。「高坂さんから聞きました。本当にありがとうございました」と愛美が礼を言うと、博美は軽く微笑んで応じた。
朝食が終わり、社長が帰った後、高坂はカウンターの片付けをしていた。そこへ愛美が近づき、「高坂さん、お疲れ様でした」と声をかけた。
「お疲れ様でした」と高坂が返す。
「今朝、社長から聞いたんですけど、次に建設される最高級ホテルの総料理長として、そしてホテル全体の総支配人にご就任されると聞きましたが?」と愛美が興味津々に尋ねた。
「その話は初耳ですね。少なくとも総料理長になる話なんて聞いていませんよ」と高坂は笑いながら、本当のことを答えた。細かい話を聞いたりしたりするのは面倒だったからだ。
愛美が高坂に親しげに話している様子を、山中、富田、大崎、そして料理人たちが興味深げに見つめていた。「どうしてこの二人、知り合いなの?」といった表情が彼らの顔に浮かんでいるのに、高坂も気付いていた。
「大久保さん、カウンターの片付けがまだ残っていますので」と高坂は言い、ディスペンサーを持って洗い場へ向かった。洗い場に入ると、スーシェフの神田がやってきて、「高坂さん、愛美さんと知り合いなんですか?」と訊いてきた。
「いや、成人した愛美さんとは今朝、掃除していた時に初めて会いました。彼女が四歳の頃に少し面識があったくらいです。小さい時の面影が残っていたものですから」と高坂は淡々と答えた。
「そうなんですね」と神田は納得した様子で、それを調理場の他のスタッフに伝えていた。
高坂は「ここは本当に他人のことが気になる人たちが多いな」と思いながら、田舎だから仕方ないのかも知れないと自分に言い聞かせ、カウンターに戻ると、愛美は事務所に引き上げていた。
その事務所で、愛美はパートのフロントスタッフ、蓑田から高坂にまつわるエピソードを聞かされていた。
「愛美さん、知ってますか? 高坂さんは入社したその日にグラン・ド・シェフとぶつかったんですよ」と蓑田が話し始めた。
「えぇ? そうだったの? それで、どうなったの?」愛美が驚いて尋ねる。
「高坂さんが、パートの富田さんがシェフに苛められているのを見かねて、シェフを諫めたらしいんです。それで、シェフが家に帰っちゃったんです」と蓑田は笑いながら言った。
「それで?」愛美が続きを促す。
「その後、品川さん(副支配人)が高坂さんに、『俺もシェフと喧嘩したんだ』って自慢げに話したんですけど、高坂さんが『副支配人はシェフがいるからってレストランの仕事を放棄して、賄いも取りに来なくなって外に食べに行っているんですよね。そんなのは負けを認めたようなもので、男なら次の日も今まで通り笑顔で仕事をしなくちゃダメですよ』って言ったらしいんです。それを聞いて、品川さんは次の日からちゃんと賄いを取りに行くようになったんです」と蓑田は話を続けた。
「高坂さん、いいことをしたわね」と愛美が感心して言うと、蓑田も頷いた。
「はい、私たちもそう思いました。でもその次の日に、品川さんが専務にその話を報告して、それが社長の耳に入り、高坂さんは『レストランで波風を立てた』と言われて、今ホテル周辺の掃除をすることになったのです」と蓑田が肩を落として言った。
「それはおかしい話ね。私も今朝、高坂さんが掃除してるのを見たけど、そういうことだったのね」と愛美は納得しながらも不満げに言った。
「私たちも同じ気持ちですし、どう考えたっておかしい話じゃないですか」と蓑田は真剣な表情で頷いた。
愛美も博美を見つけて挨拶に行った。「高坂さんから聞きました。本当にありがとうございました」と愛美が礼を言うと、博美は軽く微笑んで応じた。
朝食が終わり、社長が帰った後、高坂はカウンターの片付けをしていた。そこへ愛美が近づき、「高坂さん、お疲れ様でした」と声をかけた。
「お疲れ様でした」と高坂が返す。
「今朝、社長から聞いたんですけど、次に建設される最高級ホテルの総料理長として、そしてホテル全体の総支配人にご就任されると聞きましたが?」と愛美が興味津々に尋ねた。
「その話は初耳ですね。少なくとも総料理長になる話なんて聞いていませんよ」と高坂は笑いながら、本当のことを答えた。細かい話を聞いたりしたりするのは面倒だったからだ。
愛美が高坂に親しげに話している様子を、山中、富田、大崎、そして料理人たちが興味深げに見つめていた。「どうしてこの二人、知り合いなの?」といった表情が彼らの顔に浮かんでいるのに、高坂も気付いていた。
「大久保さん、カウンターの片付けがまだ残っていますので」と高坂は言い、ディスペンサーを持って洗い場へ向かった。洗い場に入ると、スーシェフの神田がやってきて、「高坂さん、愛美さんと知り合いなんですか?」と訊いてきた。
「いや、成人した愛美さんとは今朝、掃除していた時に初めて会いました。彼女が四歳の頃に少し面識があったくらいです。小さい時の面影が残っていたものですから」と高坂は淡々と答えた。
「そうなんですね」と神田は納得した様子で、それを調理場の他のスタッフに伝えていた。
高坂は「ここは本当に他人のことが気になる人たちが多いな」と思いながら、田舎だから仕方ないのかも知れないと自分に言い聞かせ、カウンターに戻ると、愛美は事務所に引き上げていた。
その事務所で、愛美はパートのフロントスタッフ、蓑田から高坂にまつわるエピソードを聞かされていた。
「愛美さん、知ってますか? 高坂さんは入社したその日にグラン・ド・シェフとぶつかったんですよ」と蓑田が話し始めた。
「えぇ? そうだったの? それで、どうなったの?」愛美が驚いて尋ねる。
「高坂さんが、パートの富田さんがシェフに苛められているのを見かねて、シェフを諫めたらしいんです。それで、シェフが家に帰っちゃったんです」と蓑田は笑いながら言った。
「それで?」愛美が続きを促す。
「その後、品川さん(副支配人)が高坂さんに、『俺もシェフと喧嘩したんだ』って自慢げに話したんですけど、高坂さんが『副支配人はシェフがいるからってレストランの仕事を放棄して、賄いも取りに来なくなって外に食べに行っているんですよね。そんなのは負けを認めたようなもので、男なら次の日も今まで通り笑顔で仕事をしなくちゃダメですよ』って言ったらしいんです。それを聞いて、品川さんは次の日からちゃんと賄いを取りに行くようになったんです」と蓑田は話を続けた。
「高坂さん、いいことをしたわね」と愛美が感心して言うと、蓑田も頷いた。
「はい、私たちもそう思いました。でもその次の日に、品川さんが専務にその話を報告して、それが社長の耳に入り、高坂さんは『レストランで波風を立てた』と言われて、今ホテル周辺の掃除をすることになったのです」と蓑田が肩を落として言った。
「それはおかしい話ね。私も今朝、高坂さんが掃除してるのを見たけど、そういうことだったのね」と愛美は納得しながらも不満げに言った。
「私たちも同じ気持ちですし、どう考えたっておかしい話じゃないですか」と蓑田は真剣な表情で頷いた。
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