揺れる波紋

しらかわからし

文字の大きさ
上 下
25 / 109
第一章

第24話

しおりを挟む
レストランの片付けを終えた高坂夫妻と山形は、賄いの食事を取っていた。夜の静かなレストランに、三人だけの穏やかな時間が流れている。

「さっきの高坂さん、すごく格好良かったわよ」と山形が微笑みを浮かべながら言った。

「え? 何のことですか?」と高坂が少し首を傾げる。

「専務がワインの瓶を股に挟んで開けようとした時、シェフが『えぇ……!』って声を出したでしょ? あの瞬間、私、隣で吹き出しちゃったのよ!」と山形は楽しげに話し続ける。

「ああ、あれね」と高坂は、ふとその場面を思い出して、口元に微笑を浮かべた。

「高坂さんの助け舟を断るなんて、さすが専務よね。面白かったわ」と山形が笑う。

高坂は肩をすくめながら答えた。「最近、専務が社長に嘘の報告ばかりして、濡れ衣を着せられることが増えてきたんです。今日は少し傍観してみようと思ったんですよ」

山形はため息をついて言う。「専務は昔から、仕事ができる人が嫌いなのよ。だから高坂さんたちご夫婦を苛めているんじゃないかしら。以前も、優秀なスタッフに意地悪して、その人、結局社長と専務の前で思いっきり怒鳴り散らして辞めちゃったのよ」

博美が首をかしげて言った。「なんでそんなことするんですかね?」

「社長も専務も、自分が中心でないと嫌なんだと思うわ。精神的にはまだ子どもなのよ。だから、優秀な人がいると、その人が目立つのが許せないのよ」と山形は冷静に分析する。

博美は軽く笑って言った。「でも、私たちそんなに優秀じゃないですよ」

山形はきっぱりと言った。「いやいや、高坂さんはもう既にこのホテルを回しているように見えるわよ。専務が嫉妬しているのよ、きっと」

高坂は苦笑いしながら言った。「でも、わざと仕事ができないふりなんてできませんからね」

「そんなことする必要ないわよ。仕事ができない人は、ただ努力が足りないだけよ」と山形が断言する。

「そうですよね。わざと失敗するなんて難しいですし」と博美が同意すると、その時、副支配人の品川が、大きな包帯を巻いた指を見せながら入ってきた。

「高坂さん、さっきワインを開けてくれたんだって? ありがとうね!」と品川が笑顔で言った。

「指、大丈夫ですか?」と高坂が心配そうに尋ねる。

「うん、労災指定の病院で縫ってもらったから、もう大丈夫だよ。恥ずかしいけど、ちょっと深く切っちゃったんだ」と品川は照れ臭そうに答えた。

「でも、大事に至らなくて良かったですね」と高坂が安心した表情を浮かべると、山形が冗談交じりに言った。「大事って、指が取れちゃうとか?」

「そうなったら嫌だよ。でも、ありがとうね。ところで次の休みの希望、考えておいてくれる? うちの会社、月に六日休めるから、前もって言ってくれればシフトに組むからね」と品川が親切に言う。

「ありがとうございます。明日、報告します」と高坂が応じると、品川は「じゃあ、お疲れ様!」と軽やかに挨拶してレストランを出て行った。

品川が去ると、山形がぽつりと呟いた。「品川さん、仕事はできないけど、社長から家を買う時に借金して、保証人になってもらったから、社長や専務には逆らえないのよ」

「そうですね。社長も以前その話をしていましたから知っていますが、正社員で三年以上働けば保証人なしで住宅ローンも借りられるはずですけど、品川さんがこのホテルに入ったばかりの頃だったんですよね」と高坂が少し考えながら言った。

「でも俺、品川さんのこと好きなんですよ」とふと高坂が口にする。

「え? どこが?」と山形が驚いた表情で聞き返す。

「なんだか、おっとりしていて安心感があるんです。彼と一緒にいると、ほっとするというか……」と高坂は穏やかな口調で言う。

山形は頷きながら同意した。「わかるわ、その感じ。高坂さんは普段は優しそうだけど、仕事になるとプロフェッショナルな一面が出るから、そのギャップに皆やられてるのよね」

「今まで高坂さんみたいな人はこのホテルにいなかったから、私たちも興味津々なの。ごめんなさい、博美さん」と山形が気を使って言うと、博美は優しく微笑んだ。「いえいえ、主人が皆さんに好かれているのは、私にとっても嬉しいことですから」

その後、三人は食器を片付け終えると、事務所に向かいタイムカードを押して、静かに寮へと帰っていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

私と継母の極めて平凡な日常

当麻月菜
ライト文芸
ある日突然、父が再婚した。そして再婚後、たった三ヶ月で失踪した。 残されたのは私、橋坂由依(高校二年生)と、継母の琴子さん(32歳のキャリアウーマン)の二人。 「ああ、この人も出て行くんだろうな。私にどれだけ自分が不幸かをぶちまけて」 そう思って覚悟もしたけれど、彼女は出て行かなかった。 そうして始まった継母と私の二人だけの日々は、とても淡々としていながら酷く穏やかで、極めて平凡なものでした。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...