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第一章
第23話
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ホテルの裏口から出た高坂は、手の中の名刺を見つめた。そこには「飯島のり子」の名前があった。かつての思い出が蘇る。のり子は、湖のほとりでプチホテルを営む女将だ。
高坂がまだ妻の博美と出会う前、驛前ホテルの前身となるプチホテルで料理長をしていた頃、のり子はそのプチホテルの客だった。年の離れた社長の夫と共にプチホテルを経営していたが、夫婦仲は悪く、その頃から高坂とのり子は個人的な付き合いを持つようになった。
携帯電話を取り出し、のり子に電話をかける。数回のコール音の後、電話が繋がった。
「先程、名刺をいただきました、驛前ホテル一号館の高坂です。今、お電話大丈夫でしょうか?」
「ええ、大丈夫よ。それより貴方、なんであんなところにいるの? レストラン経営してたんじゃなかった?」
「廃業したんだ。その後、大久保社長から声がかかって、湖畔にある美術館のティールームをリノベーションして、そこの店長を任されたんだ」
「そうだったのね。だったらうちの会社に来て欲しかったのよ。二号館も開業したし、今度は三号館も建てているの」
「そうか、先日ネットで見たよ。二号館のことが載っていて、繁盛してるんだなって思ったよ」
「ええ、息子が結婚して、お嫁さんが手伝ってくれてるの」
「そうか、あの可愛らしい坊やが結婚したとはね。時が経つのは早いな」
「本当に。ねえ、せっかくこっちに来てるんだから、これから会ってくれる?」
「もういるんだろ? 若い恋人が」
「貴方と別れてから、そんな暇なかったわよ。忙しかったの」
「そうか。今は時間がないけど、そのうちね」高坂はそう答えたが、心の中ではそんな時間が取れるはずがないと思っていた。何より、妻の博美を悲しませるようなことはできない。
「貴方と歩いた湖畔に、孫を連れて行くと、あの頃を思い出すのよ。貴方の優しさを」
「ああ、あの頃は、お宅のシェパード犬の散歩のついでだったな」
「そうね。犬を繋いで、貴方の手を引いて木陰に連れて行って……私、強引にキスを求めたのよね?」
「そうだったな」
「貴方は『旦那がいるのにダメだよ!』って私を止めたけど、私はしがみついたわ。だって寂しかったんだもの」
「ああ、覚えてるよ。あれが始まりだったんだよな。俺も前妻と別れたばかりで、寂しかったから、流されるままにさ」
「ところで、旦那さんは元気か?」
「三年前に癌で亡くなったわ。一年入院して、その後……」
「そうか……。それは寂しいね。ご愁傷様。でも、俺ももう五十五歳だから、火遊びはできないよ。ごめんね」
「そう言われると、私も四十九だから、もう火遊びは無理ね」
「そうだよ。お孫さんを大事にしなきゃ」
「ええ、そうするわ。じゃあ、また電話してね」
「ああ、またね」
高坂は電話を切ると、何食わぬ顔で店内に戻り、再びいつもの業務に集中した。過去の記憶が胸をよぎったが、今は違う道を歩んでいる自分に気づいていた。
高坂がまだ妻の博美と出会う前、驛前ホテルの前身となるプチホテルで料理長をしていた頃、のり子はそのプチホテルの客だった。年の離れた社長の夫と共にプチホテルを経営していたが、夫婦仲は悪く、その頃から高坂とのり子は個人的な付き合いを持つようになった。
携帯電話を取り出し、のり子に電話をかける。数回のコール音の後、電話が繋がった。
「先程、名刺をいただきました、驛前ホテル一号館の高坂です。今、お電話大丈夫でしょうか?」
「ええ、大丈夫よ。それより貴方、なんであんなところにいるの? レストラン経営してたんじゃなかった?」
「廃業したんだ。その後、大久保社長から声がかかって、湖畔にある美術館のティールームをリノベーションして、そこの店長を任されたんだ」
「そうだったのね。だったらうちの会社に来て欲しかったのよ。二号館も開業したし、今度は三号館も建てているの」
「そうか、先日ネットで見たよ。二号館のことが載っていて、繁盛してるんだなって思ったよ」
「ええ、息子が結婚して、お嫁さんが手伝ってくれてるの」
「そうか、あの可愛らしい坊やが結婚したとはね。時が経つのは早いな」
「本当に。ねえ、せっかくこっちに来てるんだから、これから会ってくれる?」
「もういるんだろ? 若い恋人が」
「貴方と別れてから、そんな暇なかったわよ。忙しかったの」
「そうか。今は時間がないけど、そのうちね」高坂はそう答えたが、心の中ではそんな時間が取れるはずがないと思っていた。何より、妻の博美を悲しませるようなことはできない。
「貴方と歩いた湖畔に、孫を連れて行くと、あの頃を思い出すのよ。貴方の優しさを」
「ああ、あの頃は、お宅のシェパード犬の散歩のついでだったな」
「そうね。犬を繋いで、貴方の手を引いて木陰に連れて行って……私、強引にキスを求めたのよね?」
「そうだったな」
「貴方は『旦那がいるのにダメだよ!』って私を止めたけど、私はしがみついたわ。だって寂しかったんだもの」
「ああ、覚えてるよ。あれが始まりだったんだよな。俺も前妻と別れたばかりで、寂しかったから、流されるままにさ」
「ところで、旦那さんは元気か?」
「三年前に癌で亡くなったわ。一年入院して、その後……」
「そうか……。それは寂しいね。ご愁傷様。でも、俺ももう五十五歳だから、火遊びはできないよ。ごめんね」
「そう言われると、私も四十九だから、もう火遊びは無理ね」
「そうだよ。お孫さんを大事にしなきゃ」
「ええ、そうするわ。じゃあ、また電話してね」
「ああ、またね」
高坂は電話を切ると、何食わぬ顔で店内に戻り、再びいつもの業務に集中した。過去の記憶が胸をよぎったが、今は違う道を歩んでいる自分に気づいていた。
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