揺れる波紋

しらかわからし

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第一章

第20話

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高坂は予定していた枚数の窓拭きを終えると、次は社員寮のベランダに取り掛かった。雨の日でも洗濯物が干せるよう、彼は屋根をDIYで設置することにしていた。この寮がかつて大塚という社長の妾の住まいだったことを、スタッフから聞かされていた。この寮の二階には大塚のニートだった三人の息子たちが住んでいたことで彼らが残したゴミで部屋は散らかっていた。大塚は現在、山之上ホテルの総支配人兼事務をしていて、社長は山之上ホテルに第二の住まいとして社長室に寝泊りしていた。

だが、高坂は他人の家のゴミを片付けるよりも、自分たち夫婦が快適に過ごせる住環境を整えることを優先していた。洗濯物を干して出掛けても、急な雨でも困らないスペースを作りたいと思ったのだ。既存のベランダには屋根がないため、透明なアクリルの波板を使って屋根を作る計画を立てた。太陽光がしっかり差し込み、高坂の趣味であるハーブや野菜の水耕栽培もできるようにと考えていた。

「住まいに自分で育てた緑があると心が安らぐんだよな」と、高坂はふと独り言をつぶやく。彼はレストランを経営していた頃も、店舗兼住宅の屋上で植物を育てることを続けていた。屋根と柱などの必要な材料をホームセンターで購入し、DIYを進める決心を固めた。

「仕事、健康、そして家族。この三つが揃って初めて幸せな人生と言えるんだ」高坂は自分に言い聞かせるように思った。仕事と健康は今のところ何とか維持している。だからこそ、次は住まいを快適にすることが大事だと感じていた。

寮の中では部屋干ししかできないため、洗濯物には鼠の住み着いた二階の獣臭がついてしまう。これが高坂にとって耐え難い不快感だった。ベランダに屋根があれば、外で干しておくことができる。太陽光と自然の風で洗濯物も清潔に保たれる。ベランダはすでに掃除を終え、水洗いされてピカピカだ。これからは毎日、中抜き休憩の窓拭きを終えた後、少しずつ屋根作りを進めようと決めていた。

※ ※ ※

その日の夕食は二名だけの予約だった。高坂はバイキング形式で二名分の料理を用意することに疑問を抱いていた。フロントではあらかじめ人数が分かっているのだから、バイキングではなく、席だけの予約にしてグランドメニューから注文してもらえば、無駄が省けるのではないかと考えた。そして、その分ホテル側から特別なサービスを提供すれば、お客様も満足するだろうと。

最近は食材ロス削減が社会問題となっている。だからこそ、無駄な料理を作ることは避けた方が良いと思った。しかし、百名以上が入るメインダイニングの電灯を、たった二名のために全て点けるのもホテルの現状だ。フリーのお客様にも利用してもらうために、もっと広告を出したら良いのにと感じたが、このホテルでは余計な口を出すと面倒になるため、高坂は黙っていることにした。

長年、社長や専務が「お客様第一」ではなく、自分たち中心の経営を続けてきたことが、スタッフの士気を削ぐ原因になっていると高坂は思った。その二名の客が早めに来店したため、今日は早く仕事を終えることができた。

「今日、どうする?」とパートの山形が尋ねてきた。「夕食を食べたら、ベランダの屋根を作るよ」と高坂が答えると、「ベランダの屋根? それって何?」と山形は首をかしげた。

「今、洗濯物を部屋干ししかできないんだ。二階には鼠が住んでいるから、干すと変な臭いが着く。だからベランダに屋根をつけようと思ってるんだよ。材料も買ってきたし、少しずつ作るつもりなんだ」と高坂は説明した。

「だったら、高坂さんご夫妻の洗濯物、私が洗ってあげるわよ。乾いたらドアノブに掛けておくから」と山形が申し出た。

「そんなこと頼めるわけないよ。君だってご主人がいるだろう?」と高坂は遠慮した。

「大丈夫よ。主人が会社に出かけてからやればいいんだから」

「いや、そんなの頼めないよ。なあ、博美、そう思うだろ?」

妻の博美も頷いた。「そうよね。主人がもし独身だったら甘えちゃうかもしれないけど、既婚者だもの」

「お願いだから、やらせてよ」と食い下がる山形。

「だめだよ、そんなこと話してても仕方ない。ご飯を食べて帰ることにするよ」

「私もご飯食べて帰ろうっと!」と笑いながら山形は言った。食事は三人だけで和やかに進み、食事を終えると高坂夫妻は寮へと帰った。
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