揺れる波紋

第一章

第19話

高坂夫妻は事務所でタイムカードを押し、いつものようにレストランの窓ガラスの清掃を始めた。駅前の雑踏の後継を見ながら、窓ガラスを磨いていると、突然、足元に人影が差し込んだ。振り返ると、清掃業者の女社長が、高坂が乗っている梯子の下に立っていた。

「あなた、高坂さんって言ったわよね？」彼女は鋭い声で言った。

「はい、そうです」と高坂は冷静に答えた。

「あなたたちがホテル内を勝手に清掃しているって聞いたんだけど？」女社長は眉をひそめた。

「はい、ホテル内だけじゃなく、他の場所も掃除していますよ」と高坂は平然と答えた。

「困るのよね、そういう勝手なことをされると」彼女は苛立った表情で詰め寄った。

高坂は梯子から降りて、落ち着いた声で言った。「そのことについては、大久保社長にお話しください」

「えっ？ 社長の指示なの？」女社長は驚いた様子で聞き返した。

「いいえ、違いますが……」

「だったら、すぐにやめてもらえる？」彼女はさらに声を荒げた。

高坂は微笑みを浮かべたまま、はっきりと答えた。「だから、その件については、社長にお話ししていただけると助かります」

「社長の命令じゃないんでしょう？」女社長は詰め寄る。

「はい」

「だったら、今すぐやめなさいよ。迷惑なのよ！」

高坂は首をかしげた。「なぜやめなければいけないのか、理由を教えていただけますか？」

「それは、私たちの会社の仕事だからよ！」彼女は声を張り上げた。

「でも、やってないじゃないですか？」高坂は静かに問い返した。

女社長は一瞬、言葉に詰まったが、すぐに反論した。「やらなきゃいけないのはわかってるわ。でも、人手が足りないのよ、今は無理なの！」

高坂は肩をすくめた。「おかしいですね。副支配人の品川さんは、ホテルが開業してから、誰もガラスの清掃や蜘蛛の巣取り、床のワックスがけをしたことがないって言ってましたよ」

「とにかく、あなたたちが掃除をすると、私たちの仕事に支障が出るのよ！」女社長は苛立ちを隠せない様子だった。

「とりあえず、あなたのおっしゃることは理解しました。しかし、私は当社の社長との約束を守らなければなりません。もし本当に私をこの業務から外したいのであれば、社長に直接言ってください。社長に言えないのなら、私が代わりにお伝えしましょうか？」

「それは困るわ！」女社長は焦った表情を見せた。

「じゃあ、どうすればいいんですか？」高坂は冷静に問い返した。

彼女は黙り込んだ。

高坂は続けた。「私はこのホテルの社員で、あなたはこのホテルの下請けの清掃会社の社長さんですよね？ あなたが私に指示を出すのはおかしいと思いませんか？ 私はこれからも、ホテルがきれいになるまで掃除を続けます。あなたもどうぞ頑張って、ホテルを清潔に保ってください」

女社長は怒りに満ちた顔で言い捨てた。「あなたとは話にならないわ！」そしてそのまま、足音を荒げて去っていった。

高坂の妻が、憤慨した声で言った。「何なの、あの人は！？」と。