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第一章
第6話
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翌朝。高坂は昨日富田から教わった通りにカウンターの準備を済ませ、調理場の窓際へと足を運んだ。シェフの目の前で大きな声を張り上げる。
「おはようございます!」
しかしシェフは無言。だが高坂はひるまず、さらに声を大きくして叫んだ。
「シェフ、おはようございます!」
その瞬間、シェフは蚊の鳴くような声で「おはよう」と返事をした。何とも情けない反応に、高坂は内心笑いを堪えながら次へ向かう。今度はスーシェフの神田と新橋に挨拶し、次に洗い場の目黒と鈴木にも声をかけた。
目黒には笑顔を向け、「今日も大変お美しいですね!」とお世辞を言う。彼女は化粧気のない顔をしていたが、嬉しそうに「何を言ってるのよ、調子がいいんだから!」と照れ笑いを浮かべた。昨日までの険しい態度が嘘のように柔らかさだった。
鈴木には「昔はかなり美人で、男たちが行列を作ったんじゃないですか?」と声をかけると、彼女は笑いながら「今だって行列よ!」と返してきた。その言葉に、確かに鈴木は昔、美人だったのだろうと思わずにはいられなかった。
そんな時、ホールの佐藤英子が近づいてきた。「聞いたわよ、初日からシェフとバチバチやったんですって?」と、からかうような調子で笑いかける。
「はい……。で、帰寮したら社長から電話を貰って説教ですよ。波風を立てるなってね。それで罰を自分で考えろって言われて、毎朝、妻と一緒にホテルの周りを掃除することにしたんです」と高坂は少し肩をすくめて答えた。
佐藤は笑いながら言った。「高坂さんみたいな人、このホテルには居ないからよ」
「どういう意味ですか?」
「このホテルには職人がいないのよ。みんなサラリーマンで、結局自分のことしか考えてないの」それだけ話すと、佐藤は持ち場へと戻っていった。
その後、朝食は何の問題もなく終わり、賄いを食べてから高坂夫妻は一度寮へ戻って休憩を取った。
その時に、四番手の田町良太から携帯に電話が入った。「先輩方は魚を下すことができないんです。だから魚下しを教えてくれるところはないですか?」との質問だった。
私が良太と話す機会があったので、レストランの料理で魚料理が少ないのを見て訊いたことから、そんな話になったので、私で良ければ明日、遅番だから教えるよ」と言った。
彼は「是非、お願いします」と言った。
※ ※ ※
そして午後の仕事に備えてレストランに戻ると、ディナーを取る客が少ないということで、パートとして残っていたのは山形と女子高校生、そして高坂夫妻だけだった。開店して間もなく少数の客が来店したが、その後は予約客もなく、早めに閉店となった。高坂はふと思う。
「勿体ない。これではパートの山形さんや女子高校生の時給が少なくなってしまう。彼女たちは何のために働いているのか分からなくなるし、人手が足りないって言うのなら、もっと人を大切にすべきだろう」と。
「この立地なら、ホテルの予約客だけでなく、駅前のフリーの客も受け入れた方がいいのに」とも思った。
こうしてまた一日の仕事を終えた高坂夫妻は、寮へ戻るとすぐに入浴し、そのまま泥のように眠りについた。長い、長い一日が、ようやく幕を閉じた。
「おはようございます!」
しかしシェフは無言。だが高坂はひるまず、さらに声を大きくして叫んだ。
「シェフ、おはようございます!」
その瞬間、シェフは蚊の鳴くような声で「おはよう」と返事をした。何とも情けない反応に、高坂は内心笑いを堪えながら次へ向かう。今度はスーシェフの神田と新橋に挨拶し、次に洗い場の目黒と鈴木にも声をかけた。
目黒には笑顔を向け、「今日も大変お美しいですね!」とお世辞を言う。彼女は化粧気のない顔をしていたが、嬉しそうに「何を言ってるのよ、調子がいいんだから!」と照れ笑いを浮かべた。昨日までの険しい態度が嘘のように柔らかさだった。
鈴木には「昔はかなり美人で、男たちが行列を作ったんじゃないですか?」と声をかけると、彼女は笑いながら「今だって行列よ!」と返してきた。その言葉に、確かに鈴木は昔、美人だったのだろうと思わずにはいられなかった。
そんな時、ホールの佐藤英子が近づいてきた。「聞いたわよ、初日からシェフとバチバチやったんですって?」と、からかうような調子で笑いかける。
「はい……。で、帰寮したら社長から電話を貰って説教ですよ。波風を立てるなってね。それで罰を自分で考えろって言われて、毎朝、妻と一緒にホテルの周りを掃除することにしたんです」と高坂は少し肩をすくめて答えた。
佐藤は笑いながら言った。「高坂さんみたいな人、このホテルには居ないからよ」
「どういう意味ですか?」
「このホテルには職人がいないのよ。みんなサラリーマンで、結局自分のことしか考えてないの」それだけ話すと、佐藤は持ち場へと戻っていった。
その後、朝食は何の問題もなく終わり、賄いを食べてから高坂夫妻は一度寮へ戻って休憩を取った。
その時に、四番手の田町良太から携帯に電話が入った。「先輩方は魚を下すことができないんです。だから魚下しを教えてくれるところはないですか?」との質問だった。
私が良太と話す機会があったので、レストランの料理で魚料理が少ないのを見て訊いたことから、そんな話になったので、私で良ければ明日、遅番だから教えるよ」と言った。
彼は「是非、お願いします」と言った。
※ ※ ※
そして午後の仕事に備えてレストランに戻ると、ディナーを取る客が少ないということで、パートとして残っていたのは山形と女子高校生、そして高坂夫妻だけだった。開店して間もなく少数の客が来店したが、その後は予約客もなく、早めに閉店となった。高坂はふと思う。
「勿体ない。これではパートの山形さんや女子高校生の時給が少なくなってしまう。彼女たちは何のために働いているのか分からなくなるし、人手が足りないって言うのなら、もっと人を大切にすべきだろう」と。
「この立地なら、ホテルの予約客だけでなく、駅前のフリーの客も受け入れた方がいいのに」とも思った。
こうしてまた一日の仕事を終えた高坂夫妻は、寮へ戻るとすぐに入浴し、そのまま泥のように眠りについた。長い、長い一日が、ようやく幕を閉じた。
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