揺れる波紋

第一章

第4話

営業が終わると、富田が高坂をカウンターに呼び寄せ、軽く微笑みながら言った。「さっき教えた反対をやればいいんだからね」と前置きしつつ、彼女は手を動かしながら続けた。「残ったジュース類はポットに入れて、サランラップをして、このカウンター下の冷蔵庫に入れておいて」彼女は高坂に目を向けながら、実際に一緒に手順を進めていく。

その後、高坂は使用済みのディスペンサーとポットをまとめ、洗い場へと運んだ。「お願いします」と目黒に声をかけた瞬間、また彼女の怒声が飛んだ。「そんな所に置かないで、こっちに置け！」高坂は慌てて、「すみません！」と謝りながら指示された通りに置き直し、急いでカウンターに戻ってきた。そしてコーヒーポットを洗剤で洗い、洗い籠に逆さにして置いた。

次に、使ったダスターを持って厨房裏のバケツに伸ばして入れようとすると、またしても目黒が現れた。「そんな入れ方をしたら、洗濯機に入れる時に私たちがやり直さなくちゃいけないでしょ！？」と厳しい声で言われたが、高坂にはどこが間違っていたのか全く分からなかった。彼女に教わった方法と、自分がしたやり方との違いが感じ取れなかったのだ。

高坂は、このホテルのスタッフが、自分よりも下だと感じた相手には何かにつけて文句を言いたがる傾向があるのではないかと感じていた。まるで、全員が溜まったストレスをぶつけるかのように働いているように見えた。

その後、高坂は掃除機をかけ、各テーブルに夕食用のテーブルクロスを掛けた。この作業は、若い頃に叔父が経営していたホテルでよくやっていたことで、彼にとってはお手の物だった。手早く作業を進めていると、大崎がやってきて、「そんなやり方じゃダメだ！」と怒鳴りつけた。高坂はやり方を見せてくれるのかと思ったが、大崎はそのまま別の場所へ去っていってしまった。

そこに、富田がやってきて苦笑しながら言った。「高坂さんのやり方で間違ってないんだけど、ここの人たちはみんな文句を言いたいだけなのよ。気にしないでね」そう言って、彼女は軽く肩をすくめた。

　※ ※ ※

その後、スタッフ全員で朝食の賄いを取る時間になった。富田が高坂夫妻に賄いの取り方を教えてくれた。賄いは一食二百円が給料から引かれ、客が残したビュッフェの料理を好きなだけ食べることができた。普段は朝食を取らない富田も、この日は高坂夫妻の初出勤を祝うように食事に付き合ってくれた。

富田は大皿を夫妻に渡しながら「好きなだけ盛ってね」と言い、一緒に料理を盛り付けた。同じテーブルに着き、高坂は富田に尋ねた。「このホテル、特にレストランの人間関係が少しおかしいんじゃない？」

富田は少し目を伏せ、ため息をつきながら答えた。「シェフが副支配人と口論してから、彼はもう賄いの時間にも、宴会の時にもレストランに来なくなっちゃったの」

高坂は首をかしげて聞いた。「あのシェフはなんで富田さんや他の人たちを苛めるんだろう？」

「実は、市内ではシェフが部下を苛めるって噂が広まっていて、アルバイトやパートが集まらないの。私たちみたいな外国人は、そういう噂が耳に入らないから間違って入っちゃうのよ」と富田は苦笑いを浮かべた。

その時、高坂は富田が中国人であることを初めて知ったが、そのことには触れず、ただ頷きながら、「悪循環だね。副支配人も喧嘩した後に普通に接しないと、負けを認めたことになっちゃうから俺だったらポーカーフェイスで明るく振る舞うけどな」

富田は少し眉をひそめながら、「みんな根性がないのよ。やったらやりっぱなしで、だからシェフの苛めはいつまでも続くし、社長も専務も知っているのに、見て見ぬふりだから……」と言った。高坂夫妻は、まるで自分たちが変な会社に入社してしまったように感じで心の中でため息をついた。

スタッフ全員が料理を取り終わると、料理人たちは残っていた料理をゴミ箱に捨て、洗い場のスタッフが食器を片付けに来た。料理人たちは、その後すぐに休憩に入るために帰宅し、洗い場のスタッフは食器洗いを済ませた後、シェフに頼まれた仕込み作業をこなした。厨房の床は油で黒く汚れていて、料理人たちは全く掃除をせず、仕込みのほとんどを洗い場のスタッフと、午後から出てくる若い料理人に任せていた。

その光景を見ながら、高坂は内心で思った。「この調理場、いつかは食中毒を起こすだろうな……」と。