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橙の揺らめき
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白と橙が見事なグラデーションを、まるで協奏曲のうねりのように奏でている深淵の炎を見て、私はふと、それを遠ざける。感じるのである。この揺らめく炎の、かすかに作り出す濃淡は、まるで音の粒の一つ一つのようで、一つの長い曲を構成しているかのようだ。その長さの中には、強弱も、旋律も、ときにはソプラノの歌唱までもを内包しているようで、音という音を、二重三重にも重ねあわせながら、私の脳裏の隅々まで震わす。
麻痺したかのように、痙攣を起こす私の脳裏は、私のなかで共鳴をはじめる。バイオリンとビオラとトロンボーンが互いを尊重しあい、そして貶し合う。バイオリンの音が重複して耳に届くようになると、ビオラもそれに負けじと意識そのものを揺さぶる。トロンボーンは低いところから、体の真髄までを丁寧にそして正確に、突き動かす。地震とは違う、巧妙にして精巧な揺れ。振り子時計とは違う、テンポだけでも具現することはできないであろう、そんな暴力的な振動。
パチンと何かが弾け飛ぶような音がして、私の何かがうねる。歪むとでも言うべきだろうか。歪な波をつくり、風を引き起こし、そして次第にその活力のある音を聞き取れなくなっていく。最初は鮮明であったイメージが、時間とともに、音とともに崩壊するのであった。ちょうど鏡の目の前のオマージュを、凝視したときのように。鏡が波打つ様が、音がひしゃげる表象とよく似ている。聞こえる音と聞こえない音、それらが交差し、融合し、反発し、そして消え去っていく。交錯した脳裏に、もはやその音も気配も感じ取れなくなる。もちろん、振動も空気も。
白と橙の狭間に刻まれた、暗黒の空間が、私は何よりも好きであった。両者に交わることのない、独立した存在であることを誇示しているような気がして、それを一瞥した私はひどく安心する。それは鮮やかではないし、華やかでもない。しかし、そこに実在するという事実は、確かなことであるように、しっかりと主張しているのである。
なぜ私はここまでも暗黒に拘るのであろう。私は無機質なコンクリートのような広がりを見せる空間が、大変空虚でニヒルな雰囲気を醸し出しているからだと思う。曖昧さを残した白と橙とはまた違う、どこか儚げな、意義をなくした物質だから。まるで必要とされていないこの感覚が、私には嫌悪感しか残さない。いや、嫌悪感というよりも、無関心なのかもしれない。そして、刻一刻とそのコンクリートの自由な広がりは、私の元へと近づいてくる。私自身が怖いだけなのかもしれない。
もう一度、波の再来を覚悟する。じわっと、身体が蕩けてふやけていく。またもや、私の脳裏に、音が反響するのだった。今度は楽器ではないようだ。甲高い子供の声だった。叫んではない、ただ笑っているのだ。微笑みではない、ただ笑っているのだ。ざわめきを身体中に染み渡らせる。焦点がずれていく。まるで近視や乱視の網膜のように。催眠術のように。地中深くに身体中がめり込んでいくような気分だった。底なしに埋まっていく。
ふと気づくと、私はまた世界を見ていた。手には微かに暖かい感触が伝わる。私は徐にそれを壁に擦り付け、床に捨てると、やがてあたらしいものを取り出した。まだ、白一色である。鮮やかな色、まるで苦を知らない純真な白のキャンバスのよう、と思いを廻らせながら、青と橙のハーモニーを点灯させる。ゆらゆらと蠢くそれは、まるで磯巾着のようで、生気すら感じた。以前、彼の旧友を、きっと床に捨てたときことを怒っているのであろう。近づけて、吸い込む。
あぁ、私は今日も気分が軽やかだ。こんな日は決まって空が橙と黄の中間ような色に灯る。明日はカラッと晴れるだろう。
麻痺したかのように、痙攣を起こす私の脳裏は、私のなかで共鳴をはじめる。バイオリンとビオラとトロンボーンが互いを尊重しあい、そして貶し合う。バイオリンの音が重複して耳に届くようになると、ビオラもそれに負けじと意識そのものを揺さぶる。トロンボーンは低いところから、体の真髄までを丁寧にそして正確に、突き動かす。地震とは違う、巧妙にして精巧な揺れ。振り子時計とは違う、テンポだけでも具現することはできないであろう、そんな暴力的な振動。
パチンと何かが弾け飛ぶような音がして、私の何かがうねる。歪むとでも言うべきだろうか。歪な波をつくり、風を引き起こし、そして次第にその活力のある音を聞き取れなくなっていく。最初は鮮明であったイメージが、時間とともに、音とともに崩壊するのであった。ちょうど鏡の目の前のオマージュを、凝視したときのように。鏡が波打つ様が、音がひしゃげる表象とよく似ている。聞こえる音と聞こえない音、それらが交差し、融合し、反発し、そして消え去っていく。交錯した脳裏に、もはやその音も気配も感じ取れなくなる。もちろん、振動も空気も。
白と橙の狭間に刻まれた、暗黒の空間が、私は何よりも好きであった。両者に交わることのない、独立した存在であることを誇示しているような気がして、それを一瞥した私はひどく安心する。それは鮮やかではないし、華やかでもない。しかし、そこに実在するという事実は、確かなことであるように、しっかりと主張しているのである。
なぜ私はここまでも暗黒に拘るのであろう。私は無機質なコンクリートのような広がりを見せる空間が、大変空虚でニヒルな雰囲気を醸し出しているからだと思う。曖昧さを残した白と橙とはまた違う、どこか儚げな、意義をなくした物質だから。まるで必要とされていないこの感覚が、私には嫌悪感しか残さない。いや、嫌悪感というよりも、無関心なのかもしれない。そして、刻一刻とそのコンクリートの自由な広がりは、私の元へと近づいてくる。私自身が怖いだけなのかもしれない。
もう一度、波の再来を覚悟する。じわっと、身体が蕩けてふやけていく。またもや、私の脳裏に、音が反響するのだった。今度は楽器ではないようだ。甲高い子供の声だった。叫んではない、ただ笑っているのだ。微笑みではない、ただ笑っているのだ。ざわめきを身体中に染み渡らせる。焦点がずれていく。まるで近視や乱視の網膜のように。催眠術のように。地中深くに身体中がめり込んでいくような気分だった。底なしに埋まっていく。
ふと気づくと、私はまた世界を見ていた。手には微かに暖かい感触が伝わる。私は徐にそれを壁に擦り付け、床に捨てると、やがてあたらしいものを取り出した。まだ、白一色である。鮮やかな色、まるで苦を知らない純真な白のキャンバスのよう、と思いを廻らせながら、青と橙のハーモニーを点灯させる。ゆらゆらと蠢くそれは、まるで磯巾着のようで、生気すら感じた。以前、彼の旧友を、きっと床に捨てたときことを怒っているのであろう。近づけて、吸い込む。
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素敵ですね、橙をいろんな見方をするのは