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プロローグ 役立たず付与魔術師と婚約破棄令嬢と

第三話「いっその事、貴族令嬢を冒険者ギルドに登録してしまおうか」

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 二日目。
 調味料も何もないダンジョンでは、大体の料理は焼くか煮込むかして終わりである。油は貴重品であり重たいので、基本的に炒め物や揚げ物は野外では行わない。
 また、味付けもシンプルで、岩塩を削って振りかける程度である。塩分補給のための味付けだが、過剰摂取もよくないため、食事はだいたい薄味となる。
 正直あまり美味しくはないはずなのだが。


「……美味しい」


「え?」


 貴族令嬢のクロエが、料理が美味しい、と口にしたときは耳を疑った。
 どう考えても貴族の食事のほうが美味しいはずである。こんな雑な煮物が味で勝つはずがない。


 などとしばらく考えて、そういえば味覚スキルも付与したんだっけと思い出した。
 味覚を取り戻してから最初の食事。思うに、味を感じることも久々なのだろう。


(ふうん、笑ってやがる。味がわかるってそんなに嬉しいことなのかね)


 ほのかに微笑んでスープを飲むクロエは、昨日までの思い詰めた表情が嘘のように柔らかくなっていた。


















 食事もとって、お腹も十分に膨れたところで、これからのことを話しあう。地上に戻っても馬車には乗れないし、どうするか方針も決まっていない。


 そもそも俺は勇者パーティを追い出されたばかりで、何もするあてがない。要するに暇人なのである。急いでどこかに向かう必要があるわけではないのだ。


「要するに、俺は風来坊の根無し草ってわけ。行く宛もないし目的もなくなっちまった。冒険者をだらだら続けるつもりだけど、もはや趣味みたいなものだ。
 だから、これからどうするかクロエに合わせるつもりだ。ダンジョンから地上に戻って、急いでどこかに出かける必要があるなら、そこまで護衛しようと思っている。急ぐ必要がないなら、まあ、ゆっくりと迷宮探索しつつ、近くの街まで護衛しようかなと」


 今いる迷宮ダンジョンから地上に戻ったところで、馬車という移動手段(というより馬)を失っている今、旅慣れしてない貴族令嬢が一人旅をするのは危険すぎる。確実に護衛が必要だ。
 そして、地道に近くの集落まで歩いても数日かかる。その間の食料事情やスキル事情を考えると、まだしばらくはゆっくり英気を養っておきたい。


 そういったことを包み隠さず伝えると、彼女はしばらく黙り込んで、考え込んでいた。


「……どちらにせよ、近くの街までは護衛してくださるのね。でも謝礼金はお支払いできませんわ。私、爵位を剥奪されてますもの」


「謝礼金はいらないよ。十分受け取った」


「いいえ、私ばかりが受け取ってますわ」


「じゃあ貴族に戻ったら、俺を名誉貴族にしてくれよ。王様とか最高だな。でも政治とか派閥抗争とか面倒なのは嫌だから、楽な貴族がいいね」


 けらけらと笑いながらふざけて答える。
 謝礼金なんてこちらが払いたいぐらいなのだ。
 だがクロエは至って真剣であった。


「……私も今後、どうすればいいのか全く先行きが決まってません。王都を追い出されたので、どこかの修道院に身を寄せようかと。でも、見た目も中身も醜い魔物なので、修道院にも断られるかもしれません。お礼らしいお礼だなんて、私、何も持ち合わせがありませんわ……家財だって、金目のものは殆ど、王子様とお父様に没収されて……」


「ちょ、待って、思い詰めないでくれ」


 慌てて彼女を止める。またちょっと宮廷政治の闇を見てしまった気がするが、それはまた別の話だ。


「……これからの方針はゆっくり考えよう。しばらくは俺の迷宮探索に付き合ってくれないか? 君を近くの集落まで送るのと並行して、この迷宮についても調査しておきたい」


 それで行こうと半ば無理やり説得する。
 よっしゃこれでまた魂の器レベルの抑制ができる、なんてことは考えていない。あまり考えていない。ちょっと考えたけど、ちょっとだけだ。










 ミロク
 Lv:3.48→4.56 Sp:1.08→3.22→0.22
≪-≫肉体
 ├×(免疫力)
 ├×(治癒力)
 ├筋力++
 ├視力+ new
 ├聴力 new
 ├×(嗅覚) 
 └×(味覚) 
≪-≫武術
 ├×(短剣術)
 ├棍棒術+
 ├盾術+
 └×(格闘術)
≪-≫生産
 ├道具作成
 ├罠作成++
 └鑑定+
≪-≫特殊
 ├魔術言語++
 ├詠唱+
 ├×(治癒魔術)
 └付与魔術++++++++




 クロエ
 Lv:5.49(42)→5.49(39) Sp:5.60→0.60
 状態変化:腐敗 免疫欠乏 皮膚疾患 呼吸障害 視力× 味覚× 嗅覚×
≪-≫肉体
 ├免疫力+++ new
 ├治癒力++ new
 ├視力++
 ├嗅覚+ 
 ├味覚+
 ├不死性+++
 └異常耐性(毒+ / 呪術+++)
≪-≫生産
 └裁縫+
≪-≫特殊
 └吸魂+++++++










 余っているスキルポイントは有用そうなスキルに適当に割り振った。俺は視力と聴力の強化に、クロエは免疫力と治癒力の強化に。
 なお、×がついて不活性だったスキルの有効化アクティベートにはスキルポイントは1消費され、それ以降は上昇後の+の数に応じてスキルポイントが消費される。
 今回、感覚系を強化しているのは、不慮のトラブルに備えてである。戦闘系の技能も取りたかったが、まだ急がなくても良いだろう。


(これからどうするか折を見て相談しないとな)


 などと考えながらも、今日もいつもと同じく、魔物狩りに出かける。


 今回は新たに落とし穴も掘る。
 落ちた獣が登ってこれないように、丁度U字のように垂直に掘り進み、更に側面をそり返すように削る。Cの字の切れ目を上にしたような作りだ。
 普人族の身長は並の獣より大きい。なので腰の高さまで穴を掘って、登れないような反り返しを作っておくと、殆どの獣は閉じ込められて出られない。ウサギなんかはよくこれに引っかかる。


 落とし穴にも複数の種類がある。


 狭くて深いI字の溝のようにすれば、シカのように足の長い獣を捉えやすい。
 落とし穴には足から落下するので、身体が溝に挟まっても足を上に出せなくなり脱出できなくなる。
 彼らシカ類には枝を踏み超える習性があるので、丁度踏み越えられそうな障害物として木枝を組んで完成である。


 落とし穴の底に枝をたくさん設置すれば、イノシシを弱らせることができる。
 ある程度太めの枝を折り、ささくれを上に向けて設置し、痺れ毒を塗っておけば完璧である。熱分解できる毒であれば、加熱調理して食べても問題ない。
 イノシシ類も枝を踏み越える修正があるので、シカ同様に枝を組んで完成である。


 とはいえ、この日は流石に落とし穴の作成だけでかなりの時間を使ってしまい、シカやイノシシといった大物は捕まえられなかった。
 いつものくくり罠に引っかかっていた牙シマリスとホーンラビットを捕まえて、今日の日課は終了となった。




















 三日目~五日目。
 そろそろ俺たちの一日の生活パターンが固まってきた。


 朝方は、迷宮内に設置した罠を確認して、何かが捕まっていたらそれを狩る、荒らされていたら細工し直す。


 それが終わったら地上に戻って、人里目指してゆっくり歩く。途中で昼休憩なども挟みつつ、太陽を頼りに大まかな方角を割り出して歩き続ける。


 夕方になるまでにもう一度迷宮に戻って、罠を確認してから小屋へと帰る。


 この繰り返しである。
 罠の確認に結構時間がかかるので、地上を歩く時間はそれほど長く取れない。当初は近くの人里まで三日かかる計算だったが、このゆっくりしたペース配分だと、多分あと五日ほどかかるだろう。


 三日もあんな寒い夜を過ごせる自信はない。
 本当にこの隠し迷宮を発見できてよかったと思う。




















 六日目~八日目。
 この頃になってくると、クロエにも狩りを手伝ってもらうようになってきた。具体的には、罠にかかった魔物を弱体化させる作業である。


 吸魂魔術は、魔物を弱らせる用途においては、かなり役に立つ。
 たとえ落とし穴に引っかかった魔物相手でも、こちらが仕留める前の抵抗は侮れない。下手をして奴らに落とし穴から脱出されると、こちらが大怪我を負う危険性がある。


 なので、仕留める前でも弱体化できるに越したことはない。


(それに、彼女が狩りを手伝ってくれるおかげで、魔石の取り出しや肉の解体の手間が減って、とても助かっている)


 牙シマリスやホーンラビットのような小柄な魔物であっても、肉を捌くのは一苦労である。大柄なシカやイノシシになると、それはもうかなりの作業になる。魔物の体内に埋まっている魔石を取り出す作業も馬鹿にならない負担なのだ。


 一人でやるよりも、二人で協力したほうが当然負担が減る。貴族令嬢だというのに積極的に手伝ってくれるクロエは、その意味ではとてもありがたい存在であった。




















 九日目。
 ついに人里が見えた。
 逸る気持ちはあったが、急いで人里に向かわずに、先に服を脱いで、泥、草木の汁、魔物の血の汚れをきちんと綺麗に洗う。ここまで普通の歩き旅をしてきたという設定にしては、流石に汚れが酷すぎる。
 身なりぐらいはしっかりしないといけない。隠し迷宮に今まで潜んで魔物を狩ってました、なんて荒唐無稽もいいところである。せめて普通の旅人のふりをしないといけなかった。


 だが、集落にいざ足を踏み入れる段階になって、少々問題があった。


 黒い痘痕だらけの顔のクロエは、何かしら疫病に罹患している恐れがあるとして、集落に立ち入れなかったのである。


(この展開は予想してなかった、これはちょっと……ショックだな)


 抗議はしたが、無為であった。
 目立った病症は出ていないと説明しても全く通じない。何せ、医学に精通した人がこの集落にはいないのだ。
 幸い俺だけは集落に立ち入ることができたので、日用品やら薬草やらは購入できたが、それ以上のことはなかった。


「……すまん、もう少し旅が続くけど許してくれ」


「……ごめんなさい」


 取り急ぎ、集落の人たちから近辺の人里や街の情報を一通り聞いて回ったあと、俺たちは再び旅に出かけるのであった。


(スキルポイントをたくさん稼いだら、いつか顔の痕も治らないだろうか)


 歩きながら俺は、疲れたように隣を歩くクロエのことを考えて、そんな可能性を検討してみるのだった。




















 ミロク
 Lv:4.56→8.49 Sp:0.22→8.41→0.41
≪-≫肉体
 ├免疫力+ new
 ├治癒力+ new
 ├筋力++
 ├視力++ new
 ├聴力+ new
 ├嗅覚 new
 └×(味覚) 
≪-≫武術
 ├×(短剣術)
 ├棍棒術+
 ├盾術+
 └×(格闘術)
≪-≫生産
 ├道具作成
 ├罠作成++
 └鑑定+
≪-≫特殊
 ├魔術言語++
 ├詠唱+
 ├×(治癒魔術)
 └付与魔術++++++++




 クロエ
 Lv:5.49(39)→6.22(24) Sp:0.60→1.83
 状態変化:腐敗 免疫欠乏 皮膚疾患 呼吸障害 視力× 味覚× 嗅覚×
≪-≫肉体
 ├免疫力+++
 ├治癒力++
 ├視力++
 ├嗅覚+ 
 ├味覚+
 ├不死性+++
 └異常耐性(毒+ / 呪術+++)
≪-≫生産
 └裁縫+
≪-≫特殊
 └吸魂+++++++






















(そうだ! もういっその事、クロエを冒険者ギルドに登録してしまって、こんな顔の冒険者なんですよって認知してもらうか!)


 考えるのに疲れてしまった俺は、ふと名案(迷案?)を閃いたのだった。



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