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第51話 (第三者視点)とあるお茶会の令嬢と老紳士
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大型魔獣との戦いや、領地同士の大規模な争いがようやくひと段落ついて、ここ百年は、イルミンスール史上でも稀なほど穏やかな日々が続いていた。
この平和な期間のうちに、貴族たちは夜会や愛好会を主宰することを好んだ。かつての貴族たちは狩猟、舞踏会、乗馬、オペラ鑑賞などを好んだが、趣味が多様化していくにつれて、芸術や文学や音楽などを好む同好の士も増えたのである。
ミュノス・アノールに住まう令嬢、パーシファエ・ミュノスもまた、夜会をよく主催していた。
社交を広げたいという思いももちろんあるが、第一義は、教養を磨くことにあった。
「ねえアルバート。思いのほか、面白い子が釣れたわねぇ」
ティーカップを片手に、パーシファエは話の口火を切った。
紅茶の芳醇な香り。蜂蜜が少し使われているのか、やや甘い香りが混ざっていた。
令嬢のお茶会。
いつもはわずかな女性たちだけで開かれるのだが、今日は少々趣向が異なって、老紳士がそこに座っていた。
街の名士、アルバート・リブラ氏である。
「ええ。是非ともお嬢様に紹介したく」
「彼のもたらす商品を? それとも、彼という人間そのものを?」
「お嬢様の目に適うものを」
「ふぅん」
焼いたメレンゲ菓子をさくりと口に含みつつ、パーシファエは気のない返事をした。
「そうねぇ、腹に一物ありそうな人間じゃなさそうだったけど。一癖あるやつは大抵、もっと主張するはずよ。私が見たところ、権力的野心のあまりない、無害な小市民に近いんじゃない?」
「ごもっともです」
「でも、わざわざ夜会に呼ぶんだから、商品だけを見ろってわけじゃないでしょ。ミュノス家のお墨付きが欲しいなら認可状書くだけでいいもの。もしかしてあなた、夜会に呼んだという実績が欲しいんじゃないの?」
「お嬢様は慧眼であられますな。否定はしますまい。ですが、もっと純粋に、面白い人間だからお嬢様に紹介したいという気持ちの方が強いのですよ」
「ふぅん、どうかしらねぇ」
ともすれば貴族が一般市民を詰問しているようにも取られかねないやりとりだったが、それをあげつらうものはいない。
二人の付き合いはそれだけ深かった。
「信頼が置けるってこと?」
「置けません」
「即答♥ 嫌いじゃないぞ♥」
アルバートの回答はにべもなかった。
だがそれはパーシファエも同じであった。
「人柄は良いのですが、少々危ういのです。もたらす富に無頓着で、お嬢様のように手綱を引ける人が必要なのです」
「嘘つき♥ 欲しいのは手綱じゃなくて黙認でしょ~~♥」
「……お嬢様は慧眼であられる」
「いいのいいの、面白かったらミュノス家の名において保護してあげるわ。金の卵を産む雌鶏を殺すほど愚かじゃないもの」
領地内で迷宮を管理しているミュノス家は、それだけ懐の広い領主である。
ミュノス家は、旧来の頑迷な貴族のような価値観を持ち合わせていない。迷宮のもたらす富を正しく理解し、そこから派生する産業に一定の理解を持ち、迷宮を長く管理し続けてきた。
しかし、その懐の広さは、甘さを意味しない。
領主は絶対君主であり、峻厳たる存在でもある。そして継承権も持たない四女であるパーシファエとて、統治者たるものとしての心得をある程度は理解している。
「実は少し情報を掴んでいたの。ハイネリヒト君ね。領地外に伝書鳩やら使役魔を送って情報漏洩しているような素振りも身請けられないし、密命を帯びた使者という感じでもなさそうよね。安心できるわ。益になるように転がしてあげなさいな」
「なるほど、では今宵の夜会は――」
「いえ、やるわよ」
扇子をぱちりと弾きつつ、彼女は不敵な笑みを浮かべた。
「底が割れるか、見定めるわ」
ミュノスの一族は、甘くはないのだ。
楽しみぃ、と口元をゆがめる少女には、その年齢に似つかわしくないほどの風格があった。
「お手柔らかに頼みますぞ。私の秘蔵っ子でもあるのでね」
「努力するわ」
ほどなくして、お代わりの紅茶が二人のカップに注がれた。場の空気を和ませるような、ふくよかな茶の香りが立った。
うららかな日差しに照らされた庭では、いかにも優雅な時間が過ぎていた。
この平和な期間のうちに、貴族たちは夜会や愛好会を主宰することを好んだ。かつての貴族たちは狩猟、舞踏会、乗馬、オペラ鑑賞などを好んだが、趣味が多様化していくにつれて、芸術や文学や音楽などを好む同好の士も増えたのである。
ミュノス・アノールに住まう令嬢、パーシファエ・ミュノスもまた、夜会をよく主催していた。
社交を広げたいという思いももちろんあるが、第一義は、教養を磨くことにあった。
「ねえアルバート。思いのほか、面白い子が釣れたわねぇ」
ティーカップを片手に、パーシファエは話の口火を切った。
紅茶の芳醇な香り。蜂蜜が少し使われているのか、やや甘い香りが混ざっていた。
令嬢のお茶会。
いつもはわずかな女性たちだけで開かれるのだが、今日は少々趣向が異なって、老紳士がそこに座っていた。
街の名士、アルバート・リブラ氏である。
「ええ。是非ともお嬢様に紹介したく」
「彼のもたらす商品を? それとも、彼という人間そのものを?」
「お嬢様の目に適うものを」
「ふぅん」
焼いたメレンゲ菓子をさくりと口に含みつつ、パーシファエは気のない返事をした。
「そうねぇ、腹に一物ありそうな人間じゃなさそうだったけど。一癖あるやつは大抵、もっと主張するはずよ。私が見たところ、権力的野心のあまりない、無害な小市民に近いんじゃない?」
「ごもっともです」
「でも、わざわざ夜会に呼ぶんだから、商品だけを見ろってわけじゃないでしょ。ミュノス家のお墨付きが欲しいなら認可状書くだけでいいもの。もしかしてあなた、夜会に呼んだという実績が欲しいんじゃないの?」
「お嬢様は慧眼であられますな。否定はしますまい。ですが、もっと純粋に、面白い人間だからお嬢様に紹介したいという気持ちの方が強いのですよ」
「ふぅん、どうかしらねぇ」
ともすれば貴族が一般市民を詰問しているようにも取られかねないやりとりだったが、それをあげつらうものはいない。
二人の付き合いはそれだけ深かった。
「信頼が置けるってこと?」
「置けません」
「即答♥ 嫌いじゃないぞ♥」
アルバートの回答はにべもなかった。
だがそれはパーシファエも同じであった。
「人柄は良いのですが、少々危ういのです。もたらす富に無頓着で、お嬢様のように手綱を引ける人が必要なのです」
「嘘つき♥ 欲しいのは手綱じゃなくて黙認でしょ~~♥」
「……お嬢様は慧眼であられる」
「いいのいいの、面白かったらミュノス家の名において保護してあげるわ。金の卵を産む雌鶏を殺すほど愚かじゃないもの」
領地内で迷宮を管理しているミュノス家は、それだけ懐の広い領主である。
ミュノス家は、旧来の頑迷な貴族のような価値観を持ち合わせていない。迷宮のもたらす富を正しく理解し、そこから派生する産業に一定の理解を持ち、迷宮を長く管理し続けてきた。
しかし、その懐の広さは、甘さを意味しない。
領主は絶対君主であり、峻厳たる存在でもある。そして継承権も持たない四女であるパーシファエとて、統治者たるものとしての心得をある程度は理解している。
「実は少し情報を掴んでいたの。ハイネリヒト君ね。領地外に伝書鳩やら使役魔を送って情報漏洩しているような素振りも身請けられないし、密命を帯びた使者という感じでもなさそうよね。安心できるわ。益になるように転がしてあげなさいな」
「なるほど、では今宵の夜会は――」
「いえ、やるわよ」
扇子をぱちりと弾きつつ、彼女は不敵な笑みを浮かべた。
「底が割れるか、見定めるわ」
ミュノスの一族は、甘くはないのだ。
楽しみぃ、と口元をゆがめる少女には、その年齢に似つかわしくないほどの風格があった。
「お手柔らかに頼みますぞ。私の秘蔵っ子でもあるのでね」
「努力するわ」
ほどなくして、お代わりの紅茶が二人のカップに注がれた。場の空気を和ませるような、ふくよかな茶の香りが立った。
うららかな日差しに照らされた庭では、いかにも優雅な時間が過ぎていた。
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