猫被りも程々に。

ぬい

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January

02

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完全に忘れていた。
会長と朝からあんな大事な話をしたせいで昨日の晩のことをすっかりすっきり忘れてしまっていた。

目の前には何故か朝から人数分の赤飯。
思わず部屋に戻ろうかと振り向く前に珍しく父が口を開く。

「…何かめでたいことでもあったのか」
「お父さん、聞いて!湊と凌くんね…」

嬉しそうに話すと母親の言葉が頭に入ってこない。というか頭が理解するのを拒絶している。

その場から逃げ出してしまおうかと困ったが、愛梨に抱き着かれて逃げられなかった。
冬なのに変な汗が垂れて、母が喋るのをやめる頃には何故か父は座っていた椅子から立ち上がる。皆黙ってその光景を見つめた。

父は台所に行ってコップを2つ取り出すとこの前会長からお土産で貰った日本酒を机に置いて注いだ。そして自分の隣の席の椅子を引いて、会長に座るよう目配せし、お酒の入ったコップを差し出す。

「えっと…」
「父さん、会長まだ未成年だから」
「ハタチなったら飲めばいいじゃない!ね!」

父は未成年ということをすっかり忘れていたらしい。
母さんと俺が止めると「そうだった」としょぼくれた顔で差し出したお酒を自分で飲み始めた。困惑していた会長は相当面白かったのかクスクスと肩を震わせて笑っている。

「ごめんなさいね。お父さん一緒にお酒飲むのずっと夢だったみたいで…」
「いえ、大丈夫です」

姉の旦那とは結局飲めずじまいだったからか、母の話を聞いて念願の夢が叶うと色々すっ飛ばしてしまった様だ。笑い終わった会長が「20歳になったらぜひ付き合ってください」と言うとしょぼくれていた父は少し嬉しそうに頷く。

「…てか反応おかしくね?」
「何が?」
「何がってこういうのって普通反対するもんじゃ…」
「あんた前からなに?反対して欲しかったの?」

何故少し強気に母に言われ、自分がおかしい気すらしてきた。普通は会長の家ほどで無くても多少は反対するもんじゃないのか。
あまりにも自然に受け入れられすぎて違和感。眉間に皺を寄せ、朝ご飯の赤飯を口に運ぶ。普通に美味い。

「母さんも父さんも湊が幸せならそれでいいわよ。孫なら愛梨で満足してるし」
「ふーん」
「でも湊と凌くんの子は見れないのは少し残念ねぇ。この先男同士で産めるようにならないかしら」

ならねーよ。
赤飯を食べながらこの先の化学発展に期待し始める母が恐ろしい。折角少しいいことを言っていたのに最後の言葉で台無しである。

食べ終えた食器を下げてからはダラダラと家で過ごし、昼ご飯の後。

俺は母にされるがまま、ウィッグを被らされ、化粧され、昨日買った服まで着せられた。もう覚悟を決めていたことなので抵抗はしない。

「うわそっくり!完璧だわ」
「ママだ!ママ!」

姉にかなり寄せたせいか、前回よりめちゃくちゃ似ていた。愛梨は目を輝かせて抱き着く。父は黙って写真を撮っていて、居心地が悪かった。実家にいるのに帰りたい気分だ。

「お姉さんのモノマネしてあげたら」
「ちょ、また余計なことを…」
「何あんたそんなのできるの?」

暫く好きにさせていると会長が笑ってそんなことを言い出し、家族全員の期待の目が集まった。ノリとはいえあんなモノマネするんじゃなかったと心の底から後悔する。

やる以外の選択はなく、姉を思い浮かべながら1度咳払いをしてから声を調整し、笑顔を作った。

「…も~~!1回だけだからねー…!」
「ギャハハハハハ!!!」

相当面白かったらしく母は大爆笑。父は感心したような顔でこちらを見ていた。愛梨に関しては目を一層輝かせて興奮している。
自分でも思っていたが皆の反応的を見て似ていることを確信した。変な特技を取得してしまった気がする。

「ま、って、もっかいして、動画、撮りたい…」
「今のは撮ったので送りますよ」
「今日はずっとそれがいい!」

もうやだこいつら。
いつの間にか携帯で動画を撮っていた会長は兎も角、父はどこからかビデオカメラを持ってきて回そうとしていた。運動会か、ここは。

俺が流石にやめてくれと言うと父はしゅんとして素直に片付けに行き、母はやっと笑い終わったのかティッシュで涙を拭いていた。

「どうやって出してんの?その声」
「適当」
「へえ。あんたそんな才能あったのねえ」

これがもし才能なのだとしたら本気でいらない。
膝の上に乗る愛梨の頭を撫でながら、早く皆満足してくれないかななんて思っていると母さんが急に思い付いた顔して声を上げた。どうせろくでもないことを言い出すに違いない。

「折角だし3人で出かけ……」
「嫌だ」
「なによ。いいじゃない、少しくらい」
「良くねえよ。バレたらどうすんだよ」
「マスクしときゃ絶対わかんないわよ。ほらコート着てたら体格も分からなくなるし」

予想通りろくでもない事を言い出した母は俺にマスクとコートを渡してきたが、何がなんでも行かない。テコでも動かない。それくらい意思は強い。

「お出かけしよーよ~ママ~~」

そう例え目の前の愛梨に可愛くねだられたとしても絶対揺るがない。
腕にしがみつかれようが、擦り付かれようが、物凄いキラキラとした目で見つめられようが絶対に。

「………公園くらいなら…」
「やったー!!あいり、用意してくる!」

揺るがない筈が気が付いたら口が勝手に動いていた。
隣にいた会長が「ほんと愛梨ちゃんに弱いな」と笑っている。俺も本当にそう思う。一生勝てる気がしない。なんなら反抗期が来て嫌われたら一生立ち直れる気がしない。

渋々立ち上がって渡されたマスクとコートを着て、玄関に向かった。流石に靴は用意してないのでいつもの黒のキャンバスシューズを履いて立ち上がって外に出ると物凄く寒かった。もう帰りたい。

のろのろと歩いていると後ろから「手くらい繋いだらー!」という母の声が聞こえて眉間に皺が寄る。

「…繋ぐ?」
「絶対嫌だ」
「じゃあ、あいりとつなご!」

茶化して手を差し出してくる会長を断ると愛梨が真ん中に入ってきて俺たちの手を取った。なんなんだ、この状況。

流石に近所の公園は嫌なので徒歩20分ほどかかる少し離れた公園まで足を動かす。
そこそこ距離はあったが、テンションの高い愛梨の話を聞いているとといつの間にか公園に着いていた。
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