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January
新体制
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冬休みが明けて、休み明けのテストも終わり。
新体制の委員会は1週間経っても慣れず、現在進行形で冴木とどう距離を縮めたらいいのか分からないままだった。
「橘委員長、作業終わりました」
「ああ、ありがとう」
冴木は飲み込みも早く、仕事も早い。だからすごく助かっている。
ただ1つ気掛かりなのは業務以外の会話が全くないことだけ。
冴木的には別に会話しなくてもいいのだろうが、俺的には沈黙が気まずくない程度には仲を縮めておきたい。こうして仕事をしていても縮まりそうにないので、俺は生徒会室に持っていかなければならない書類を埋めながらさり気なく冴木に話しかけてみることにした。
「冴木はなんで副委員長OKしたの?」
「好きな人が委員長してるからです」
「へー」
こういう面倒事が嫌いそうな冴木が引き受けたことを不思議に思っていたが、理由は意外なものだった。
そうか、好きな人が委員長してるからか。冴木も少しは高校生らしい所があるんだな。
そう思いつつペンを走らせていたが言葉の意味を冷静に理解した後、思わず手が止まる。
「ちなみに橘委員長ではないです」
「…なんだ、びっくりした」
もしかしてたった今さり気なく告白されたのかと思い、顔をあげたのだが、どうやら他の委員会の委員長が好きということらしい。いくらなんでも言葉足らず過ぎるだろ。
勘違いしてしまった恥ずかしさを誤魔化すように「他の委員長って白木とか?」と適当に尋ねると目の前の冴木は珍しく目を少し見開いてこっちを見た。
「え、マジで白木なの?」
「…そんなにわかりやすいですか、俺」
「いや…完全に当てずっぽうだけど…」
一番最初に浮かんだのが今期から風紀委員長になった白木だっただけで当てるつもりなんてなかった。意外な展開だったが、もしかしたらこの会話を機に少しは仲良くなれるかもしれない。
このチャンスを逃さないようそのまま話を続ける。
「好きになったきっかけとかあんの?」
「入学式の時色々助けて貰って、それでいつの間にか」
「へー、白木可愛いしな」
「はい。可愛いです」
あれだけ無表情だった冴木の表情が少し緩む。それだけでめちゃくちゃ好きなんだということが伝わってきた。そもそも副委員長を引き受けてまで接点を作ろうとする時点で相当好きだということは明白だが。
「橘委員長は仲良いんですよね、白木先輩と」
「たまに話すけど、仲良いっていうほどじゃ…」
「…そうですか」
冴木と距離を縮めたいのならここで協力すると答えるべきだったんだろう。でもそう言えなかったのは白木とは会長の件で色々あったからで、俺が白木と冴木をくっつけようとするのはなんかあてがった様で気が進まなかったからだ。
(かといって、このまま何もしないのもな…)
先程の冴木は明らかに俺に協力を期待していた。そんな期待を裏切るのもどうかと思い、暫くは書類を見つめて考える。
「……次の委員長会議、俺の代わりに出る?」
「いいんですか」
「うん。今回だけだけど」
当日は体調不良と言う理由で冴木を代理で行かせればなんの違和感もないだろう。
流石に何回も代理で行かせる訳にもいかないので今回限りにはなるが、副委員長を引き受けてまで接点を作ろうとする彼ならきっとその1回でなんとかしてくれるに違いない。
もはや丸投げ状態の微力にも程がある協力に申し訳ない気持ちだったが、冴木的にはそれで満足らしく「ありがとうございます」と頭を下げる。
その後はもう少し白木の話をして、提出書類を書き終える頃には気まずさなんてすっかりなくなっていた。
「じゃあ俺は生徒会室寄って帰るから。戸締まりよろしくな」
「分かりました」
相変わらずの無表情な冴木に図書室を鍵を渡して、図書室を後にし、校舎を抜けて生徒会室へと向かう。
見慣れたドアをノックして中に入れば、新体制になった生徒会室には副会長になった久我と1年生の書記と会計の3人。
俺を見るなり1年生の子達は軽く礼をして、久我は笑顔で駆け寄ってきた。
「橘、どうしたん?」
「櫻木に用があって…」
「ああ、櫻木ならもうすぐ帰ってくると思うから座って待っときや」
今期から生徒会長になった櫻木は少し席を外しているらしい。
書類を置いて帰っても良かったが、待っていてくれと言われたので一応ソファーに腰掛けて出されたコーヒーを飲みながら戻ってくるのを待つ。
少ししてからまた生徒会室の扉が開いて、櫻木が戻ってきたのかと思って視線を向けると入ってきたのは予想外な人物だった。
「会長も櫻木に用?」
「あ、うん」
会長は俺の顔を一瞬見て目を見開いた後、直ぐ様久我ににっこりと微笑む。そして俺と同じようにソファーに座って待つように指示されて、大人しくすぐ隣の席に腰掛けた。
(…気まずい…)
委員長会議の時は特に話す機会もなかったのでお互いそのまま過ごしていればなんの問題もなかった。でも今回はそうもいかない。多少の顔見知りが隣にいるのに何も話さないのは不自然だろう。
そう思って何かしら話そうとはしたが、何を話したらいいのか分からない。隣の人も同じようで暫くはお互い出されたコーヒーを見つめていた。
「…橘はなんの用事?」
「入荷する本の書類を提出しに……支倉先輩は?」
「俺は櫻木に分からないところがあるからって呼ばれて」
「へーお疲れ様です」
いつものように会長と呼ぼうかと思ったが、新体制の生徒会室では紛らわしいと思ってやめた。会話はすぐに終了し、いつも騒がしい久我は今日に限って真面目に仕事をしている。今こそ騒がしさを発揮して欲しい時なのに。
静かにコーヒーを飲んでいると扉が開いて、今度こそ入ってきたのは櫻木だった。
俺たちを見るなり申し訳なさそうに「待たせてごめんなさいね」と言う彼の髪の毛は冬休み前と違って短くなっている。長いまま生徒会長をするのはどうかということで思い切ってバッサリ切ったらしい。
すっかり男にしか見えなくなった櫻木は相変わらずの喋り方でまだ残っていた久我たちにもう帰ってもいいと指示すると3人は嬉しそうな顔をして荷物を纏めた。
「じゃあお先に失礼するわ~」
「遅くまでありがと。気をつけてね」
生徒会室を後にした3人を見送って、俺もここから去るために手に持っていた書類を渡す。
「じゃあ、俺はこれで」
「え、会長と一緒に帰らないの?」
櫻木が受け取ったのを確認して早々と生徒会室を後にしようとした瞬間、そんなことを言われて思わず眉を顰めた。
「…帰らねーよ」
「すぐ用事終わるし待ってなさいよ。ね」
明らかにニヤついた笑みを浮かべていた櫻木は俺の背中を強い力で押してソファーに引き戻す。
会長はそんな様子を見て数回瞬きを繰り返した後、特に何か突っ込む訳でもなく、ただ納得したような表情でパソコンの前に向かった。今のやり取りで色々察した様だ。
(やっぱり書類置いて帰ればよかった…)
数分前の自分に後悔しながら、ソファーに座っていても特にやることも無かったので鞄から読み掛けだった本を取り出す。
読み始めて暫く経った頃、用事が終わったのか会長がソファーの後ろから本を覗き込むように「それ前も読んでなかった?」と声を掛けてきた。
「前読んでたやつの下巻です」
「なるほど」
「用事終わったんですか?」
「終わった」
ソファーに置いてあった鞄とマフラーを手に取って帰る支度をする会長に自分も本を鞄に収めて身支度をする。立ち上がって帰る挨拶をしようと櫻木を見ると不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「…なんだよ」
「いや、ほんとに付き合ってるんだなと思って」
会長のそんな顔初めて見たわーと櫻木が言うと隣の会長は少し眉間に皺を寄せる。一体どんな顔をしていたんだろう。全然見てなかった。
気になったが聞くと不機嫌になりそうな雰囲気だったので聞くのはやめて、櫻木に軽く挨拶してから生徒会室を後にする。
下校時間を過ぎた外は真っ暗で誰もおらず、物凄く寒い。ポケットに手を突っ込んでマフラーに顔を埋めても凍えるような寒さだ。
「会長、今週試験ですよね」
「うん」
「受験勉強どうですか」
「ぼちぼち」
特に中身のない会話をしながら歩き進めていると横を歩いていた会長は急に立ち止まった。俺も足を止めて前を見ていた視線を横に向ける。
「前から言おうと思ってたけど、会長呼びやめない?」
「駄目ですか?」
「駄目っていうか櫻木も会長だし、紛らわしいじゃん」
「じゃあ今度から支倉先輩って呼びます」
冬休みが明けてから自分もそう思っていた。
でもなかなか変えるタイミングがなくて。後なんだか支倉先輩って長いし呼び辛くて。だからそのままを貫いていたのだが、本人に指摘されたら変える他ない。
すんなり会長呼びをやめることを承諾すると何故か提案した本人は不満そうな顔を浮かべていた。
「不満そうですね」
「不満でしょ。要は下の名前なのに」
「別にいいでしょう。呼び方なんて何でも…」
不満な顔の原因は下の名前で呼ばなかったことらしい。
俺的にも凌先輩の方が呼びやすくて良かったが、そうしなかったのは少し気恥ずかしさがあったからだった。
「なに、恥ずかしいの?」
「いえ、別に」
「じゃあ呼んでよ」
躊躇する俺に会長は心境を察したのか笑って真っ直ぐ見つめてくる。呼ぶ以外の選択肢はなく、小さく「凌先輩」と呼ぶとすぐに「もう一声」と返された。ふざけんな。
「……し、凌…さん…」
「聞こえない」
もうやだこの人。
視線を逸らして先程よりも小さい声でぎこちなく呼んでもまだ解放してくれない。からかいを含んだ声色は俺の反応を楽しんでいるのは明らか。自分がこんな反応するからいけないんだと気付き、何度も心の中で呼んで気恥ずかしさを誤魔化した。
今度は真っ直ぐ会長の顔を見て、はっきりと口を開く。
「……凌さん」
「うん。今度からそれで」
目の前の人が嬉しそうな甘い笑みを浮かべているのを見て、この呼び方は駄目だと思った。このままじゃ俺の心臓がもたない。
「…やっぱり当分は会長呼びにします」
「なんで?」
「こういうのはたまに呼んだ方がグッとくるでしょう」
「………それはあるな」
適当な言い訳のつもりだったのに真面目な顔で会長は納得して再び歩き出す。
そんな理由で納得するなら早くそう言っておけばよかったと思いながら追いかけるように俺も寮へと足を向けた。
新体制の委員会は1週間経っても慣れず、現在進行形で冴木とどう距離を縮めたらいいのか分からないままだった。
「橘委員長、作業終わりました」
「ああ、ありがとう」
冴木は飲み込みも早く、仕事も早い。だからすごく助かっている。
ただ1つ気掛かりなのは業務以外の会話が全くないことだけ。
冴木的には別に会話しなくてもいいのだろうが、俺的には沈黙が気まずくない程度には仲を縮めておきたい。こうして仕事をしていても縮まりそうにないので、俺は生徒会室に持っていかなければならない書類を埋めながらさり気なく冴木に話しかけてみることにした。
「冴木はなんで副委員長OKしたの?」
「好きな人が委員長してるからです」
「へー」
こういう面倒事が嫌いそうな冴木が引き受けたことを不思議に思っていたが、理由は意外なものだった。
そうか、好きな人が委員長してるからか。冴木も少しは高校生らしい所があるんだな。
そう思いつつペンを走らせていたが言葉の意味を冷静に理解した後、思わず手が止まる。
「ちなみに橘委員長ではないです」
「…なんだ、びっくりした」
もしかしてたった今さり気なく告白されたのかと思い、顔をあげたのだが、どうやら他の委員会の委員長が好きということらしい。いくらなんでも言葉足らず過ぎるだろ。
勘違いしてしまった恥ずかしさを誤魔化すように「他の委員長って白木とか?」と適当に尋ねると目の前の冴木は珍しく目を少し見開いてこっちを見た。
「え、マジで白木なの?」
「…そんなにわかりやすいですか、俺」
「いや…完全に当てずっぽうだけど…」
一番最初に浮かんだのが今期から風紀委員長になった白木だっただけで当てるつもりなんてなかった。意外な展開だったが、もしかしたらこの会話を機に少しは仲良くなれるかもしれない。
このチャンスを逃さないようそのまま話を続ける。
「好きになったきっかけとかあんの?」
「入学式の時色々助けて貰って、それでいつの間にか」
「へー、白木可愛いしな」
「はい。可愛いです」
あれだけ無表情だった冴木の表情が少し緩む。それだけでめちゃくちゃ好きなんだということが伝わってきた。そもそも副委員長を引き受けてまで接点を作ろうとする時点で相当好きだということは明白だが。
「橘委員長は仲良いんですよね、白木先輩と」
「たまに話すけど、仲良いっていうほどじゃ…」
「…そうですか」
冴木と距離を縮めたいのならここで協力すると答えるべきだったんだろう。でもそう言えなかったのは白木とは会長の件で色々あったからで、俺が白木と冴木をくっつけようとするのはなんかあてがった様で気が進まなかったからだ。
(かといって、このまま何もしないのもな…)
先程の冴木は明らかに俺に協力を期待していた。そんな期待を裏切るのもどうかと思い、暫くは書類を見つめて考える。
「……次の委員長会議、俺の代わりに出る?」
「いいんですか」
「うん。今回だけだけど」
当日は体調不良と言う理由で冴木を代理で行かせればなんの違和感もないだろう。
流石に何回も代理で行かせる訳にもいかないので今回限りにはなるが、副委員長を引き受けてまで接点を作ろうとする彼ならきっとその1回でなんとかしてくれるに違いない。
もはや丸投げ状態の微力にも程がある協力に申し訳ない気持ちだったが、冴木的にはそれで満足らしく「ありがとうございます」と頭を下げる。
その後はもう少し白木の話をして、提出書類を書き終える頃には気まずさなんてすっかりなくなっていた。
「じゃあ俺は生徒会室寄って帰るから。戸締まりよろしくな」
「分かりました」
相変わらずの無表情な冴木に図書室を鍵を渡して、図書室を後にし、校舎を抜けて生徒会室へと向かう。
見慣れたドアをノックして中に入れば、新体制になった生徒会室には副会長になった久我と1年生の書記と会計の3人。
俺を見るなり1年生の子達は軽く礼をして、久我は笑顔で駆け寄ってきた。
「橘、どうしたん?」
「櫻木に用があって…」
「ああ、櫻木ならもうすぐ帰ってくると思うから座って待っときや」
今期から生徒会長になった櫻木は少し席を外しているらしい。
書類を置いて帰っても良かったが、待っていてくれと言われたので一応ソファーに腰掛けて出されたコーヒーを飲みながら戻ってくるのを待つ。
少ししてからまた生徒会室の扉が開いて、櫻木が戻ってきたのかと思って視線を向けると入ってきたのは予想外な人物だった。
「会長も櫻木に用?」
「あ、うん」
会長は俺の顔を一瞬見て目を見開いた後、直ぐ様久我ににっこりと微笑む。そして俺と同じようにソファーに座って待つように指示されて、大人しくすぐ隣の席に腰掛けた。
(…気まずい…)
委員長会議の時は特に話す機会もなかったのでお互いそのまま過ごしていればなんの問題もなかった。でも今回はそうもいかない。多少の顔見知りが隣にいるのに何も話さないのは不自然だろう。
そう思って何かしら話そうとはしたが、何を話したらいいのか分からない。隣の人も同じようで暫くはお互い出されたコーヒーを見つめていた。
「…橘はなんの用事?」
「入荷する本の書類を提出しに……支倉先輩は?」
「俺は櫻木に分からないところがあるからって呼ばれて」
「へーお疲れ様です」
いつものように会長と呼ぼうかと思ったが、新体制の生徒会室では紛らわしいと思ってやめた。会話はすぐに終了し、いつも騒がしい久我は今日に限って真面目に仕事をしている。今こそ騒がしさを発揮して欲しい時なのに。
静かにコーヒーを飲んでいると扉が開いて、今度こそ入ってきたのは櫻木だった。
俺たちを見るなり申し訳なさそうに「待たせてごめんなさいね」と言う彼の髪の毛は冬休み前と違って短くなっている。長いまま生徒会長をするのはどうかということで思い切ってバッサリ切ったらしい。
すっかり男にしか見えなくなった櫻木は相変わらずの喋り方でまだ残っていた久我たちにもう帰ってもいいと指示すると3人は嬉しそうな顔をして荷物を纏めた。
「じゃあお先に失礼するわ~」
「遅くまでありがと。気をつけてね」
生徒会室を後にした3人を見送って、俺もここから去るために手に持っていた書類を渡す。
「じゃあ、俺はこれで」
「え、会長と一緒に帰らないの?」
櫻木が受け取ったのを確認して早々と生徒会室を後にしようとした瞬間、そんなことを言われて思わず眉を顰めた。
「…帰らねーよ」
「すぐ用事終わるし待ってなさいよ。ね」
明らかにニヤついた笑みを浮かべていた櫻木は俺の背中を強い力で押してソファーに引き戻す。
会長はそんな様子を見て数回瞬きを繰り返した後、特に何か突っ込む訳でもなく、ただ納得したような表情でパソコンの前に向かった。今のやり取りで色々察した様だ。
(やっぱり書類置いて帰ればよかった…)
数分前の自分に後悔しながら、ソファーに座っていても特にやることも無かったので鞄から読み掛けだった本を取り出す。
読み始めて暫く経った頃、用事が終わったのか会長がソファーの後ろから本を覗き込むように「それ前も読んでなかった?」と声を掛けてきた。
「前読んでたやつの下巻です」
「なるほど」
「用事終わったんですか?」
「終わった」
ソファーに置いてあった鞄とマフラーを手に取って帰る支度をする会長に自分も本を鞄に収めて身支度をする。立ち上がって帰る挨拶をしようと櫻木を見ると不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「…なんだよ」
「いや、ほんとに付き合ってるんだなと思って」
会長のそんな顔初めて見たわーと櫻木が言うと隣の会長は少し眉間に皺を寄せる。一体どんな顔をしていたんだろう。全然見てなかった。
気になったが聞くと不機嫌になりそうな雰囲気だったので聞くのはやめて、櫻木に軽く挨拶してから生徒会室を後にする。
下校時間を過ぎた外は真っ暗で誰もおらず、物凄く寒い。ポケットに手を突っ込んでマフラーに顔を埋めても凍えるような寒さだ。
「会長、今週試験ですよね」
「うん」
「受験勉強どうですか」
「ぼちぼち」
特に中身のない会話をしながら歩き進めていると横を歩いていた会長は急に立ち止まった。俺も足を止めて前を見ていた視線を横に向ける。
「前から言おうと思ってたけど、会長呼びやめない?」
「駄目ですか?」
「駄目っていうか櫻木も会長だし、紛らわしいじゃん」
「じゃあ今度から支倉先輩って呼びます」
冬休みが明けてから自分もそう思っていた。
でもなかなか変えるタイミングがなくて。後なんだか支倉先輩って長いし呼び辛くて。だからそのままを貫いていたのだが、本人に指摘されたら変える他ない。
すんなり会長呼びをやめることを承諾すると何故か提案した本人は不満そうな顔を浮かべていた。
「不満そうですね」
「不満でしょ。要は下の名前なのに」
「別にいいでしょう。呼び方なんて何でも…」
不満な顔の原因は下の名前で呼ばなかったことらしい。
俺的にも凌先輩の方が呼びやすくて良かったが、そうしなかったのは少し気恥ずかしさがあったからだった。
「なに、恥ずかしいの?」
「いえ、別に」
「じゃあ呼んでよ」
躊躇する俺に会長は心境を察したのか笑って真っ直ぐ見つめてくる。呼ぶ以外の選択肢はなく、小さく「凌先輩」と呼ぶとすぐに「もう一声」と返された。ふざけんな。
「……し、凌…さん…」
「聞こえない」
もうやだこの人。
視線を逸らして先程よりも小さい声でぎこちなく呼んでもまだ解放してくれない。からかいを含んだ声色は俺の反応を楽しんでいるのは明らか。自分がこんな反応するからいけないんだと気付き、何度も心の中で呼んで気恥ずかしさを誤魔化した。
今度は真っ直ぐ会長の顔を見て、はっきりと口を開く。
「……凌さん」
「うん。今度からそれで」
目の前の人が嬉しそうな甘い笑みを浮かべているのを見て、この呼び方は駄目だと思った。このままじゃ俺の心臓がもたない。
「…やっぱり当分は会長呼びにします」
「なんで?」
「こういうのはたまに呼んだ方がグッとくるでしょう」
「………それはあるな」
適当な言い訳のつもりだったのに真面目な顔で会長は納得して再び歩き出す。
そんな理由で納得するなら早くそう言っておけばよかったと思いながら追いかけるように俺も寮へと足を向けた。
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