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4章 MUSICA

49. 試練の塔(マッスルタワー)、達する山場(ハッスルアワー)

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◇◇◇
49. 試練の塔マッスルタワー達する山場ハッスルアワー


「―おや、遅れた来席者様ですかな?」


塔の頑丈な扉を開けると、広いエントランスに一人だけ衛兵が立っていた。
奥に繋がる通路を守っている。

とはいっても槍や剣を持っているわけでも、鎧を着込んでいるわけでもなかった。
むしろフォーマルな服装に、仮面舞踏会のようなマスケラを着けていた。

そしてそれ以外には全く人影は無く、奥への通路はほの暗い。


「(エロいパーティーでもやってるのか…?)」

怪しい雰囲気にケイジは一瞬、目的を忘れそうになる。


「では聖堂までご案内いたします。」


衛兵(?)は半身で、二人を奥の通路へと促す。


「…。」

「…。」

用心しながらも、案内されるまま二人は奥に進む。

通路は広いくせに外の光が届いておらず、照明も妙に暗くしてあった。
壁の彫刻や調度品の陰が揺れて、ホラー映画のような味をかもしている。

厳かな式典などのためには必要な演出なのかも、とケイジは自分を説得する。


当然、普段の宮廷を知っているライムは警戒している。

「あの…こちらから聞くのもおかしいですが、私たちの身分の確認など、必要では…?」

「門兵が通したのであれば、必要ございますまい。
 本日いらした方はそのまま通せと命じられております。」

門兵には止められた。
塔の中の“敵”の指示だとすると、チグハグしている。

ただ、いかにも怪しいということが、逆に怪しさを減らしている。


「さぁ、こちらの部屋から先へお進みくださいませ」

通路の奥の重そうな扉の取っ手を掴み、案内人が開こうとしたその時―


「その紋章、――あなた、“WACKSワックス”ですね?」


ライムが足を止め、臨戦態勢になる。


男の袖口からほんの少し覗いたカフスボタンに、例の蛇がぶつ切りになったようなマーク。
かなり目を凝らさないと見えないが、間違いなかった。


「…目ざといな。
 普通そう知る者のいない紋章のはずなんだがねぇ…。」


「一身上の都合で、そういうところをよく見ますので」


「――ということは君がカッサネールのご令嬢、か、来るかもとは思っていたよ。
 彼女・・と繋がりがあるようだったからねぇ。

 それに…まさか宮廷試験荒らしの“閃光の先攻”殿とは…。」


ゆらり、と相手は上半身を揺らす。
彼のまとった怪しさが、一気に鋭いオーラに変わった。

その案内人はHIGE髪ひげがみという名の、フロウを試験会場で拉致した魔法師だった。


「なぁ、君は何かい?
 1回戦っただけの縁で彼女を助けに来たとでも言うのかい?

 あれか、“一度戦ったら友達で、毎日戦ったら兄弟だ”ってやつかい、ハッハ」


「友達じゃあない――」


ケイジは「(あっ、ここかな?)」と思いながら、ちょっといい感じの表情を作る。
…と一旦は思ったが、すぐに思い直す。

(――いや、ここじゃなくても、だ。)



「“マイメン”だぜ…!!」



「ちょっと何言ってるかわからないねぇ」


今日どこかで切るべきと思っていた啖呵を、ケイジはここで切る。

“マイメン”とはラッパーにとって全てを投げ打つに値する仲間。
全力の良いバトルを経た相手はマイメンであり、それが助ける理由そのものだ。

そしてこの世界の魔法師には、本当によく意味がわからなかった。


この先の部屋に入ればおそらく罠が仕掛けられている、というライムの読みは正しい。
だからこそ部屋に入る前にわざわざ相手の正体を看破した。

が、こんな通路でWACKSの相手ができるだろうか、と一抹の不安がよぎる。

ケイジにもこの場で戦いになるということはわかった。


「聞いているよ、我々相手に散々とやってくれたそうじゃないか。
 君たちが捕まえた者の中には私の先輩も入っていてねえ、ハッハ」

HIGE髪は穏やかな口調ながらも、殺気はどんどん強くなる。


宮廷内の人物が敵の正体だとわかった矢先に、WACKSが出てきた。
それはつまり、宮廷試験予選を巡るWACKSの一連の工作や襲撃も、この事件の一部だということだ。


「けッ…変態っぽい奴は何人もいたから、どいつのことかわからないな!」

正直殴り込みについては出番が無さそうだと思っていたケイジは、ここぞとばかりにイキッてジャブを打っていく。
MCバトルのDISは、試合前から既に始まっているものだ。

この発言で、「先輩」に対する「変態」、母音で言えば「en-ai」をライミングのキーワードにするということを暗に提示したようなものだ。

(――そうだった。この国は争いをMCバトルで決める国…!
   やってやるぜ、押韻ライム合戦だ…!)



しかしHIGE髪は意に介さない。


「ハッハッ、もうとっくに“儀式”は始まっているんだ…この最上階の聖堂でね。

 君たちはただ何もできずに待っているしかないんだよ
 “伝説”の復活を…そして“あのお方”の復活をねぇ…!」


怪人は不敵に笑いながら二人を見下す。

この男は2SEANツーシーンのように下っ端ではない。
今回の事件の目的を知っているし、言っていることはハッタリでは無い。


「(儀式…? 復活…? “あの方”って何? 誰…?)」


「まさか本当に“伝説”が…!?
 そしてあなたたちが“あのお方”と呼ぶあの存在が、本当に“復活”を…!?」


「(ライムこれ適当に言ってない…?)」


だがライムにとっては疑念より確信の方が大きかった。



そして男がわざわざ敵である二人に真の目的を告げるということは――


「君たちが3階まで上がれる可能性は万に一つも無い。

 なぜならこのフロア、そして2階のフロアの各部屋にはそれぞれ刺客の魔法師が待っている。
 到底お前たち二人で突破できるものじゃあない。
 そして当然、ここから逃げることもできないよ」


「なにぃ…!? 塔の各部屋にそれぞれの刺客が待っていてそれを全部倒してゆけだとぅ…!?」


ケイジはちょっとテンションが上がった。
前世の少年時代に読んでいた少年漫画の王道パターンだったからだ。

時間制限があってそれを超えると死ぬヒロインとかがいればなお良い、と一瞬思ったが、そもそも少女が人質だったことを思い出しブンブンと首を振った。

「その程度のことで怯む俺たちじゃあないぜッ…!!」


ケイジの台詞は結構演技がかっていた。
しかしマスケラの男はやはり柳のようにケイジの熱を流す。


「何より…最大の理由は―そもそも最後だったはずの刺客がこの俺、HIGE髪だからだよ。
 最初からクライマックスってやつだ。

 さあ、始めようか…!!」



心のビートが、最終決戦の開幕を告げていた。




◇◇◇
第50話へ続く
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