ラップが魔法の呪文詠唱になる世界に転生したおじさん、うっかり伝説級の魔法を量産してしまう

paper-tiger

文字の大きさ
上 下
46 / 57
4章 MUSICA

45. 馬車に揺られて、話フカせて(K.G REMIX)

しおりを挟む
◇◇◇
45. 馬車に揺られて、話フカせて(K.G REMIX)


「えええーと…やっぱり俺がなんかやらかして、それが大事故になるってこと?」

「いいえ、そうではなくて、大事件をケイジさんが解決するということだと思います」


早馬と言うものは乗馬状態に限って言うのであり、馬車でそれを為すということはまず無い。
そのためには、相応の剛脚名馬と、どんな滅茶苦茶な社内の振動にも耐えられる乗客が必要となる。

それを朝一の伝令で可能にするのがライムだった。


そのライムの難しい「大事な話」が、彼女の本気かつ本心だとはケイジにも伝わるが、それだけにやはり意味は伝わらない。


「なんで…俺が…?
 別に特殊レンジャー隊員でも名医でも名探偵でもスーパースパイでもないよ?」

「スーパースパイ…? って何ですか?」

「何でもない。ほら、俺ってただの悪そうなラッパー(になりたい人)じゃん?
 事件は起こせても解決できるとは思えないんだけど…」

「悪そうな… そう、それが鍵なんだとようやく気付きました。」


ライムの言葉のトーンが低くなったことに、ケイジも少し身構える。
発車の時に手渡された朝食のパンは、まだ口へと持ち上げるタイミングが無い。


「これまであまりに荒唐無稽で、訊けずにいましたが―

 …ケイジさんの魔法属性は、“光”ではなく“雷”ですね…?」


「(属性…? 好きな音楽ジャンルとかアーティストのことか…?)
  確かにかみなりも好きだよ…ちょっと古いけどな」

「やっぱり…そうでしたか」

ケイジの言う「雷」は、前世で有名だったHIP HOPユニットの名前だ。
好きだった音楽や漫画といった文化は遠い記憶にあった。


「古代魔法ですからね…そして“雷”の属性は元を正せば…伝説の“悪”の魔法に属する禁忌の術。
 私も詳しく調べるまで知りませんでした。
 これは本来、人間には扱いきれないとされた大きすぎる魔法…」

「(“悪”…!? そりゃそうだろう、悪いラッパーの礎を築いたみたいなトコあるから…。
  大きすぎるMCだよな、俺みたいな駆け出し雑魚からすると)」

魔法とHIP HOPの話が錯綜したまま、ライムの話は続く。


「そしてケイジさんの大きな力がどこからくるのか、これがずっとわかりませんでした…。
 なにしろ精霊などから魔素を集める“伏句フック”が無く、全体が感情句になっています。

 ―と思っていましたが、そうではなく、…

 呪文全体が・・・・・伏句フックだったのですね。

 つまり相手の――いえ、世界の“悪”の感情を吸い取って丸ごと返してしまう…というのが、“悪”属性の魔法の仕組み、なのですよね?
 だから相手の悪感情が大きいほど、それが全部自分に降りかかる。そのうえ―」


「ちょっとなに言ってるかわからない」


ライムはオタク特有の早口解説になっていた。


ケイジには、転生時にサボり女神から適当に与えられたスキル「ダジャレをすぐ思いつく」と「どんなに悪口を言われてもいい意味に解釈できる」というものがある。(第29話参照)

他のファンタジー世界ならばハズレもハズレの糞スキルなのだが、ことMCバトルには重要な能力だった。


この場合、後者のスキルが大きく関係している。

大きな呪文の力で相手を倒そうとするほど、相手に強い「悪」感情(ラップで言うDIS)を向けることになる。
それを自分に取り込み、自分の力(更なるDIS)にして返すということを、後者のスキルが可能にしている。

「悪」感情とは、敵対心だけでなく恐怖や悲しみなど「マイナスの感情」全てを含んでおり、たとえば水の魔法が周囲の大気から水の魔素を吸収するように、“悪”の魔法は相手や周囲からその悪感情を吸収する。

つまり“悪”の魔法、そしてそれを流祖とする“雷”の魔法は、他所からエネルギーを集めて相手にぶつけるのではなく、相手のエネルギーをその場で爆発させているようなものだ。

そして通常4節から成る呪文詠唱のうち、ケイジのラップは全ての文字が相手へのディスと自分の誇張でできているため、魔素を魔力化し、魔法化する効率が極めて高い。


だからとにかく発動が早いし、先攻でも強い。


―という仕組みを、ケイジが理解することは一生無いだろう。


「この力を持ち、使える人は私の知る限りケイジさんただ一人です。
 今から思えば、だからこそ私はケイジさんを見つけることができたのでしょう。」

「えっ…あっ…うん、そうなのかぁーそうだなぁー」

ケイジは本当に何も知らない。


「災害時や大事故には必ず悪感情が多く発生します。
 古くから百年に一度と言われるような厄災を救ってきたのが、その“悪”の魔法だったはずなのです!」

強い口調と共に、ライムは顔を伏せる。
スカートの裾を掴む拳は、少し震えていた。

ライムは、事件中心地となりそうな試験会場ではなく、フロウを助けに王宮へ向かうとケイジが言った時点で、どうしようもない運命に対する一つの覚悟を決めていた。


「…。ん…まあ(よくわからないけど)――」


ケイジはおもむろに手を伸ばすと、もう一時間以上ライムの膝に乗せたままだった籠から、パンを掴み出してかじった。


「HIP HOPは、世界を救うってことだろ!」


「ケイジさん…!」

パンには粗切りのベーコンとチーズとしなびた野菜と、あとよくわからないが歯ごたえのいいものが挟んであった。
思ったより歯ごたえが良過ぎて噛み切れずに、オタオタするケイジにライムは―


「この国を、どうか助けてください…!」


触れるのもためらわれる様な美しい金髪が縦に舞う。

ライムは椅子を降りて、足場に膝と肘と掌を付いた。

この国の懇願の姿勢であり、日本で言う土下座だ。


そして額も付けようとした瞬間――



その額ごと、ライムの頭をケイジの両腕が覆う。

「ふえっ…あ、あの、ケイジさん!?」


体勢でいえば、アメフトのライン(壁役)選手が最初のトスをする時にボールを掴んでいるような姿勢だった。
アマレスで下を向いた選手の首を上からホールドするような姿勢といった方がいいかもしれない。


「なあ、俺も身の上話していいか? そういや初めてなんだけどさぁ」


耳よりも背中から振動で声が伝わる。
ケイジの両腕の袖に、ライムが震えているのが伝わる。




「俺、多分別の世界から生まれ変わってきたんだ。」




「…そうなのかも知れないと…思っておりました」


ライムは声まで震えている。
本心からの言に違いなかった。


「信じられないかもしれないけど、俺さ、ライムに―」

「HEY YO! まもなく王宮殿入り口だぜッ、ええい?」


急に幌の外から御者が叫んだ。


馬車全体が大きく揺れる。


ケイジは向かい側の椅子に顔面を打ちつけ、ライムはケイジの股間に顔面を打ちつけた。



◇◇◇
(第46話に続く)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜

櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。 パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。 車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。 ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!! 相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム! けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!! パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

クラス召喚に巻き込まれてしまいました…… ~隣のクラスがクラス召喚されたけど俺は別のクラスなのでお呼びじゃないみたいです~

はなとすず
ファンタジー
俺は佐藤 響(さとう ひびき)だ。今年、高校一年になって高校生活を楽しんでいる。 俺が通う高校はクラスが4クラスある。俺はその中で2組だ。高校には仲のいい友達もいないしもしかしたらこのままボッチかもしれない……コミュニケーション能力ゼロだからな。 ある日の昼休み……高校で事は起こった。 俺はたまたま、隣のクラス…1組に行くと突然教室の床に白く光る模様が現れ、その場にいた1組の生徒とたまたま教室にいた俺は異世界に召喚されてしまった。 しかも、召喚した人のは1組だけで違うクラスの俺はお呼びじゃないらしい。だから俺は、一人で異世界を旅することにした。 ……この物語は一人旅を楽しむ俺の物語……のはずなんだけどなぁ……色々、トラブルに巻き込まれながら俺は異世界生活を謳歌します!

おっさん商人、仲間を気ままに最強SSランクパーティーへ育てる

シンギョウ ガク
ファンタジー
※2019年7月下旬に第二巻発売しました。 ※12/11書籍化のため『Sランクパーティーから追放されたおっさん商人、真の仲間を気ままに最強SSランクハーレムパーティーへ育てる。』から『おっさん商人、仲間を気ままに最強SSランクパーティーへ育てる』に改題を実施しました。 ※第十一回アルファポリスファンタジー大賞において優秀賞を頂きました。 俺の名はグレイズ。 鳶色の眼と茶色い髪、ちょっとした無精ひげがワイルドさを醸し出す、四十路の(自称ワイルド系イケオジ)おっさん。 ジョブは商人だ。 そう、戦闘スキルを全く習得しない商人なんだ。おかげで戦えない俺はパーティーの雑用係。 だが、ステータスはMAX。これは呪いのせいだが、仲間には黙っていた。 そんな俺がメンバーと探索から戻ると、リーダーのムエルから『パーティー追放』を言い渡された。 理由は『巷で流行している』かららしい。 そんなこと言いつつ、次のメンバー候補が可愛い魔術士の子だって知ってるんだぜ。 まぁ、言い争っても仕方ないので、装備品全部返して、パーティーを脱退し、次の仲間を探して暇していた。 まぁ、ステータスMAXの力を以ってすれば、Sランク冒険者は余裕だが、あくまで俺は『商人』なんだ。前衛に立って戦うなんて野蛮なことはしたくない。 表向き戦力にならない『商人』の俺を受け入れてくれるメンバーを探していたが、火力重視の冒険者たちからは相手にされない。 そんな、ある日、冒険者ギルドでは流行している、『パーティー追放』の餌食になった問題児二人とひょんなことからパーティーを組むことになった。 一人は『武闘家』ファーマ。もう一人は『精霊術士』カーラ。ともになぜか上級職から始まっていて、成長できず仲間から追放された女冒険者だ。 俺はそんな追放された二人とともに冒険者パーティー『追放者《アウトキャスト》』を結成する。 その後、前のパーティーとのひと悶着があって、『魔術師』アウリースも参加することとなった。 本当は彼女らが成長し、他のパーティーに入れるまでの暫定パーティーのつもりだったが、俺の指導でメキメキと実力を伸ばしていき、いつの間にか『追放者《アウトキャスト》』が最強のハーレムパーティーと言われるSSランクを得るまでの話。

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

転生王子はダラけたい

朝比奈 和
ファンタジー
 大学生の俺、一ノ瀬陽翔(いちのせ はると)が転生したのは、小さな王国グレスハートの末っ子王子、フィル・グレスハートだった。  束縛だらけだった前世、今世では好きなペットをモフモフしながら、ダラけて自由に生きるんだ!  と思ったのだが……召喚獣に精霊に鉱石に魔獣に、この世界のことを知れば知るほどトラブル発生で悪目立ち!  ぐーたら生活したいのに、全然出来ないんだけどっ!  ダラけたいのにダラけられない、フィルの物語は始まったばかり! ※2016年11月。第1巻  2017年 4月。第2巻  2017年 9月。第3巻  2017年12月。第4巻  2018年 3月。第5巻  2018年 8月。第6巻  2018年12月。第7巻  2019年 5月。第8巻  2019年10月。第9巻  2020年 6月。第10巻  2020年12月。第11巻 出版しました。  PNもエリン改め、朝比奈 和(あさひな なごむ)となります。  投稿継続中です。よろしくお願いします!

処理中です...