ラップが魔法の呪文詠唱になる世界に転生したおじさん、うっかり伝説級の魔法を量産してしまう

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4章 MUSICA

42. 疑いは深く、いざないは不覚、彼我泣いたHOW WACK.

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◇◇◇
42. 疑いは深く、いざないは不覚、彼我泣いたHOW WACK.



「明らかに、出場者と試験官の中に内通者が複数人いる…」


意識を取り戻したケイジは服を着直していたが、モルダウは目を合わせてくれなかった。

彼女が捜査情報を他人に話すことは、そう無い。
ケイジたちに対する信頼と、その実力を見込んでいる証だった。

「予選出場者に紛れていた工作員の何人かが衛兵の屯所で捕えられたんだけど、有力な情報を持たない戦闘員だったわ…
 ただしそいつらを抱えていたのが、あなたもその名を知っていた――WACKSよ」

最愛の妹が信頼する限り、自分もその相手を信頼するというシスコンの鑑がブルタバだった。


捕えられたという戦闘員は、先日ケイジが倒してライムが貴族名義でしょっ引いた連中のことだった。

その他にもさらに下部の組織構成員が多数潜り込んでいると疑われているが、行動を起こさない限り摘発のしようが無く、結局手がかりは得られていない。
ただし、大人数を使っている以上、捨て駒だとしても何かの役割を果たしていると思われた。


「おそらくは数人による要人暗殺などではなく、物理的に人員が必要となる、何か大規模な工作を行っていると私は睨んでいる。
 そうでなければ、捕まって情報を漏らすかもしれない雑魚を多数使う意味が無い」

「集団術式…ですね?
 一人ひとりが意味を知らないままに設置した術式が、全部揃って初めて術式として成立する…」

ライムはさも想定していたかのような回答を返す。

「―そうだ。そして既にその影響が出たと思われるのが一昨日の事件だ」

「一昨日の…?」

「軍と駐屯の衛兵には広まっている話だが、耳にしていないか?
 一昨日の夕方、国立公園に邪眼の魔鳥コカトリスが誤召喚され、当地の部隊と戦闘になったんだ。
 それは試験の召喚課題に使われた魔法陣を、何者かが悪意を持って改変した結果だと我々は考えている。」

国立公園はカッサネール領に隣接しているとは言え、国営地なのでまだライムにまでその情報は回っていなかった。

「コ…コカトリスですか…!? まさか…それで対処は…?」

「被害甚大だったが―、謎の現象によってコカトリスは消し炭になった。
 信じられないことに、それが一人の魔法師の魔法によるものだと推定された」

「一人の…? 邪眼の魔鳥コカトリスをですか…!? そんなことできるはずが―」

ライムは当事件の際、ケイジと別行動をしていたため、トボけているのではなく本当に事実を知らない。
―が、心当たりが無いではないので言葉が尻すぼみになる。

「(――まさか…ケイジさんが…?)」


「―ねえ、コカトリスを一人で倒した魔法師を知らないかしら…?
 アタシもその現場検証に行ったんだけどさぁ…、
 ――残滓だけど、あなたの魔法の跡とよく似た反応が検出されたのよね」

現場に残る魔素を調べることで、どんな魔法がどう発動したかがある程度わかる。
魔力が呪文詠唱によって魔素の流れを作り、作用を指定するからだ。

そして、一瞬で場の魔素が全く入れ替わってしまっている状況を、分析担当のブルタバは検知していた。

「その時近くにいたと思われる人影が手配書に載ったんだけどさぁ、
 まさか、キミが―」

「ちょ、待ってくれよ、コカ…トリス…?って何だよ?」

「知らぬことはないだろう…コカトリスは――
 強力なモンスターだ…通常は上級向けのダンジョンにいるようなレベルの、な…」

「ダンジョンの…モンスターだと…!?」


後藤啓治が寝る間も惜しんで何度も視聴した大人気TV番組“MCバトルダンジョン”における「モンスター」とは、ラッパーの中のラッパーであり、一つの成功者の形だった。

そもそも“ダンジョン”のステージに立つこと自体が後藤啓治の夢だった。
その想いの結晶だけは、まだケイジにも残っている。


「なるほど…“コカトリス”…。
 いずれ相手にしてみたいけど…まあ、ね? まだ…かな…?」

「…そうか…まぁ、そうかもしれないと思っていただけだが…」

憧れの“モンスター”と戦うにあたっては、まだ自分に何の自身も実績も無い。
ケイジは正直に答える。

当然、それ以外にケイジに思い当たることはない。

彼はその当時、いわれなき空腹に怒りを感じ、タンドリーチキンをディスるバースを空に向けて(あと内心、楽しそうなBBQ集団に向けて)発散しただけなのだから。


「その分析情報を、すぐに上申していただけますか?
 私が必ずその謎の人物を特定いたしますので」

「では私たちの限定通信帯に繋いでいただき―」


事務的な手続きがライムを通して為される。
それは情報交換というより、互いの牽制ができるようにとの双方の配慮だった。


信用できることと、全てを開示できることとはまた別問題だ。


結局、政治的権力と真実を求める捜査陣営とでは正義を共有できない。
そのことについては(ケイジを除き)相互理解していた。


―という体を取っているが、実際にはライムはその“渦中の魔術師”がケイジであるということをほぼ悟って、それを隠すために動くつもりだった。


今、ケイジの身を国軍に預けるわけには行かない。

当然、モルダウはケイジのその特異性に気付いている。
いかにケイジが潔白であると信用していてもだ。


「(ケイジさんはどうしても私と一緒に来ていただかなければなりません…

  おそらくそれは明日――その真価が露見する時まで…!)」


ライムは、自白に近い効果を持つブルタバの魔法を偽れたことに一旦安堵する。
その隠蔽は実際、かなり無理があった。


「(お許しください…モルダウ殿、ブルタバ殿…)」


確信犯、という言葉の本来の意味が通じるのであれば、確信犯と言えるのがライムの本心だった。






一方、ケイジは悩んでいた。


「ステージ衣装を買いにいけてない…」


流れで着のみ着のままステージに上がってきたが、こと宮廷オーディションの準決勝(第6コート)とあっては、このまま適当な姿で立ち続けるわけにはいかない。

(――悪そうなラッパーみたいな格好がしたい。)

汚いTシャツとパーカーを着て、派手なネックレスをかける。

それが男としての最低限のたたずまいのはずだ。
Tシャツはなるべく変な英語が書いてあるやつがいい。


翌日の試合(第6コート準決勝)は午後からだった。
午前中は自由だ。


「よし…、ステージ衣装を買いに行こう…!」







しかし、その決意は無駄に終わる。



フロウが攫われたという凶報が入ることで。



◇◇◇
(第43話に続く)
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