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4章 MUSICA
39. 炎上・ライム対モルダウ、戦場・撒きづらい束縛
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◇◇◇
39. 炎上・ライム対モルダウ、戦場・撒きづらい束縛
立ち塞がったのはライムだった。
掴まれる寸前のところで、ムジカの胴を空中で上下反転させて敵の届かない位置へ安置する。
この国でも稀に見る、古流武術の動きだった。
「いってて…あっはぁー、こりゃあライムお嬢ちゃん、おまえサンはあぁしを信用してなかったんじゃねえのかい、ええい?」
ひっくり返ったまま、ムジカは軽口を叩く。
無理をしていた女神っぽい口調は素に戻ってしまった。
「信じていないことと、助けないということは無関係ですよ、ムジカさん」
凛とした微笑は、実の女神より女神らしかった。
「へぇい…あぁしは信じてるぜ…お嬢ちゃん」
「それは光栄です」
ムジカは逆さまの姿勢のまま目を閉じる。
別に気絶したわけではないが、流れがそうしろと言っている様だったからだ。
ブルタバに肩を掴まれたまま、ライムは毅然と相手の目を見つめる。
「待機している攻撃魔法を下ろしてください。」
「何言ってんの…あなたこそ手を上げなさい、お嬢ちゃ―」
そう言いかけた瞬間、ブルタバは膝を折った姿勢で仰向けに倒されていた。
これも魔法ではなく合気道に近い身体運びによるものだ。
ライムはそのまま医務室内に歩を進める。
「くっ…この――!!」
「止せ、ブルタバ!」
起き上がって再度ライムに掴みかかろうとする相棒をモルダウが制止する。
声を荒げるのは久しぶりのことだ。
「…。 あなたはカッサネール公爵家第4女、ライムライト様…ですね」
「…!? カッサ…そんな方がこんな所にいるわけが―」
「ニ度ほどお顔を拝見したことがある、間違いない」
国軍とは言え捜査官クラスで上級貴族に謁見する機会はそうはない。
モルダウも、直接話した経験があるわけではなかった。
ライムはさらに前に出る。
「このK.G―ケイジ殿は、私、ライムライト・ジョーズニー・カッサネールが人格と実力を保証し、推薦した者です。
これ以上の身柄の拘束および一方的な尋問は、即中止しなければ軍法会議に申し出ることも考慮します。」
家からの自立を目指すライムにとって、公的な場ではない所で家名を出すというのは、志を曲げるかのようなある種の屈辱感を伴うものだった。
この言葉にはそれだけの重みがあった。
「ではカッサネール嬢殿、お伺いしたいのですが―」
“嬢殿”という呼称は本来的には無礼なものだが、ここでは敢えて使った。
引くつもりは無いという姿勢を示すためのものだ。
「彼の出自とその“力”の仕組みを教えていただけますか」
「…それは今この場で答えるには高度に政治が絡む内容です。
あなた方国軍の捜査官といえど、この宮廷試験に関するすべての情報を開示されているわけではないでしょう」
これは満更ハッタリではない。
が、そもそも答えようが無い。
ライム自身もそれを知りたいくらいなのだから。
「―過去に貴族推薦枠で参加した出自不明の選手が要人暗殺を企てたこともあるのは、ご存知でしょう?」
「王宮での権力争いのためのクーデター準備という事件はございましたね。
勿論その際は我がカッサネール家も鎮圧に当たりましたが…
―それをまさかこの私が企んでいるとお考えですか?」
上流貴族に対して嫌疑をかけるというのは、かなりの覚悟が要る行為だ。
その後、処分されることになったとしても、その経緯に本人が口出しできることはまず無い。
が、尋問係は姿勢を崩さない。
「普通に考えればありえないことでしょう、 ―が、問題は彼の謎の“力”だ。
あれは我が国の技術でしょうか?」
「…ッ」
当然の指摘だが、家名を出してまでかばった相手を疑われるのは想定外だ。
この相手はケイジに対して何かを掴んでいる、とライムをして思わしめた。
「彼…K.Gの試合運びに関してはイレギュラー要素が多すぎる。
優勝候補相手に無傷で勝利などと、熟練の宮廷魔法師でも不可能だ。
―貴殿は本当に彼のことを理解しておられるのですか?」
「だから、彼に関しては私が保証すると――」
ライムの語調がやや弱くなる。
実際に、ライムはケイジの力の秘密も過去も正しくは理解していない。
それどころか、事実上は会って数日の関係だ。
「そもそも貴殿とこの男はどういう関係なのでしょうか?」
「…それは―その…師弟…というか」
師匠と弟子、という言葉を使うのはケイジが頑なに嫌がっていたのを思い出す。
ちらりとケイジの方を見ると、本人も難しい顔をしている。
「私の名に誓って、全幅の信頼が置ける関係には違いありません…!
さあ、その方をお放しなさい!」
ケイジの背筋が伸びる。
それでもなお、この捜査官は何かを嗅ぎ取って、一歩も引かない。
「…あなたが我々の検知能力に反応しない術式による変装、あるいは操られているという可能性もある」
「…ッッ!? そんな、私は…!!」
それは悪魔の証明であって、弁明も何もできたものではない。
この相手はそもそも話を聞く耳が最初から無かった。
「検査させていただく。…ブルタバ」
「ハイハイったく…ごめんなさいねお嬢様、ちょっとだけお休みくださいませ―」
一度転ばされているブルタバにもう油断はない。
迂闊に近づかず、捕縛用の魔法器具を懐から出して構えた。
「ううっ…」
説得するつもりでいたライムには、攻撃の準備も意思も元から無かった。
故に、それが失敗した今、抗う術は無い。
身体能力を発揮して逃げることならできるだろう。
が、ケイジを置いて逃げることなど、ライムの考えには毛頭無い。
「…わかりました、ひとまず投降しま――」
「そこまでだ」
その声に3人は揃って振り返る。
「…何か言ったか?」
「そこまでだっつってんだ!」
寝台に縛られたままだが、ケイジは凄む。
それは試合の時にもWACKSとの戦いの時にも見せたことの無い顔―
「ライムに… 俺の弟子に1ミリも触れるな」
―初めて酒場でライムに会った時の顔だった。
◇◇◇
(第40話に続く)
39. 炎上・ライム対モルダウ、戦場・撒きづらい束縛
立ち塞がったのはライムだった。
掴まれる寸前のところで、ムジカの胴を空中で上下反転させて敵の届かない位置へ安置する。
この国でも稀に見る、古流武術の動きだった。
「いってて…あっはぁー、こりゃあライムお嬢ちゃん、おまえサンはあぁしを信用してなかったんじゃねえのかい、ええい?」
ひっくり返ったまま、ムジカは軽口を叩く。
無理をしていた女神っぽい口調は素に戻ってしまった。
「信じていないことと、助けないということは無関係ですよ、ムジカさん」
凛とした微笑は、実の女神より女神らしかった。
「へぇい…あぁしは信じてるぜ…お嬢ちゃん」
「それは光栄です」
ムジカは逆さまの姿勢のまま目を閉じる。
別に気絶したわけではないが、流れがそうしろと言っている様だったからだ。
ブルタバに肩を掴まれたまま、ライムは毅然と相手の目を見つめる。
「待機している攻撃魔法を下ろしてください。」
「何言ってんの…あなたこそ手を上げなさい、お嬢ちゃ―」
そう言いかけた瞬間、ブルタバは膝を折った姿勢で仰向けに倒されていた。
これも魔法ではなく合気道に近い身体運びによるものだ。
ライムはそのまま医務室内に歩を進める。
「くっ…この――!!」
「止せ、ブルタバ!」
起き上がって再度ライムに掴みかかろうとする相棒をモルダウが制止する。
声を荒げるのは久しぶりのことだ。
「…。 あなたはカッサネール公爵家第4女、ライムライト様…ですね」
「…!? カッサ…そんな方がこんな所にいるわけが―」
「ニ度ほどお顔を拝見したことがある、間違いない」
国軍とは言え捜査官クラスで上級貴族に謁見する機会はそうはない。
モルダウも、直接話した経験があるわけではなかった。
ライムはさらに前に出る。
「このK.G―ケイジ殿は、私、ライムライト・ジョーズニー・カッサネールが人格と実力を保証し、推薦した者です。
これ以上の身柄の拘束および一方的な尋問は、即中止しなければ軍法会議に申し出ることも考慮します。」
家からの自立を目指すライムにとって、公的な場ではない所で家名を出すというのは、志を曲げるかのようなある種の屈辱感を伴うものだった。
この言葉にはそれだけの重みがあった。
「ではカッサネール嬢殿、お伺いしたいのですが―」
“嬢殿”という呼称は本来的には無礼なものだが、ここでは敢えて使った。
引くつもりは無いという姿勢を示すためのものだ。
「彼の出自とその“力”の仕組みを教えていただけますか」
「…それは今この場で答えるには高度に政治が絡む内容です。
あなた方国軍の捜査官といえど、この宮廷試験に関するすべての情報を開示されているわけではないでしょう」
これは満更ハッタリではない。
が、そもそも答えようが無い。
ライム自身もそれを知りたいくらいなのだから。
「―過去に貴族推薦枠で参加した出自不明の選手が要人暗殺を企てたこともあるのは、ご存知でしょう?」
「王宮での権力争いのためのクーデター準備という事件はございましたね。
勿論その際は我がカッサネール家も鎮圧に当たりましたが…
―それをまさかこの私が企んでいるとお考えですか?」
上流貴族に対して嫌疑をかけるというのは、かなりの覚悟が要る行為だ。
その後、処分されることになったとしても、その経緯に本人が口出しできることはまず無い。
が、尋問係は姿勢を崩さない。
「普通に考えればありえないことでしょう、 ―が、問題は彼の謎の“力”だ。
あれは我が国の技術でしょうか?」
「…ッ」
当然の指摘だが、家名を出してまでかばった相手を疑われるのは想定外だ。
この相手はケイジに対して何かを掴んでいる、とライムをして思わしめた。
「彼…K.Gの試合運びに関してはイレギュラー要素が多すぎる。
優勝候補相手に無傷で勝利などと、熟練の宮廷魔法師でも不可能だ。
―貴殿は本当に彼のことを理解しておられるのですか?」
「だから、彼に関しては私が保証すると――」
ライムの語調がやや弱くなる。
実際に、ライムはケイジの力の秘密も過去も正しくは理解していない。
それどころか、事実上は会って数日の関係だ。
「そもそも貴殿とこの男はどういう関係なのでしょうか?」
「…それは―その…師弟…というか」
師匠と弟子、という言葉を使うのはケイジが頑なに嫌がっていたのを思い出す。
ちらりとケイジの方を見ると、本人も難しい顔をしている。
「私の名に誓って、全幅の信頼が置ける関係には違いありません…!
さあ、その方をお放しなさい!」
ケイジの背筋が伸びる。
それでもなお、この捜査官は何かを嗅ぎ取って、一歩も引かない。
「…あなたが我々の検知能力に反応しない術式による変装、あるいは操られているという可能性もある」
「…ッッ!? そんな、私は…!!」
それは悪魔の証明であって、弁明も何もできたものではない。
この相手はそもそも話を聞く耳が最初から無かった。
「検査させていただく。…ブルタバ」
「ハイハイったく…ごめんなさいねお嬢様、ちょっとだけお休みくださいませ―」
一度転ばされているブルタバにもう油断はない。
迂闊に近づかず、捕縛用の魔法器具を懐から出して構えた。
「ううっ…」
説得するつもりでいたライムには、攻撃の準備も意思も元から無かった。
故に、それが失敗した今、抗う術は無い。
身体能力を発揮して逃げることならできるだろう。
が、ケイジを置いて逃げることなど、ライムの考えには毛頭無い。
「…わかりました、ひとまず投降しま――」
「そこまでだ」
その声に3人は揃って振り返る。
「…何か言ったか?」
「そこまでだっつってんだ!」
寝台に縛られたままだが、ケイジは凄む。
それは試合の時にもWACKSとの戦いの時にも見せたことの無い顔―
「ライムに… 俺の弟子に1ミリも触れるな」
―初めて酒場でライムに会った時の顔だった。
◇◇◇
(第40話に続く)
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