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3章 FLOW

18. 時を賭ける少女、取り込まれる公序

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◇◇◇
18. 時を賭ける少女、取り込まれる公序


予選最終日と本戦開始日には中二日空きがあったはずだった。


が、ケイジの昨日一日の記憶がなぜかすっぽり空いており、もう明日が本戦開始日だった。

昨晩はライムが宿へ来たような覚えがあるが、いつの間にか寝てしまっており良く覚えていない。
が、前日の連戦ですごく疲れていたのだろうか?くらいにしかケイジは気にしていなかった。


この日はこれまでより早めに目が覚めて、顔を洗い着替え終えたところでライムが合流した。

今日は調整日としてゆっくりする予定だった、が―


「ケイジさん、賭場へいきましょう!」

「はぁ…?」


球の休日に、博打で羽を伸ばそうという趣向の中年サラリーマンは多い。
しかしケイジが後藤啓治だった頃も、博打の趣味は無かった。

勝ったときの嬉しさより、負けたときのダメージの方を先にイメージしてしまうタイプだったからだ。
ペットを飼う喜びより、死んだときの悲しさを避けて結局飼わないという心理に近い。

何より、博打で買ったの負けたのという話題で盛り上がる人間を心底軽蔑していた。
彼らは遊んでいるつもりで、遊ばれているのだ。

朝からパチンコ屋に並んでいる中年を見る目は、生ゴミを見るより嫌悪に満ちていた。


「カジノなんてRPGでも行った覚えねえよ…。貴族の娘はキミの年でそんな所へ行くのか、けしからんぞ」
「カジノじゃなくて、賭場ですよ。」
「一緒だよ、そんなところで使う金なんて―」

あるわけない、と言いかけて、少なくとも雑貨屋を店ごと買い取れる硬貨が何枚も自分の荷物に入っていることを思い出した。

「…い、いやダメだ! 懐が平気だろうと、もし負ければ気分もゲンも悪くなる。本選を前に負けのイメージも引きずってしまう…もっと明日に向けてできることをすべきだろ」
「だからこそですよ、ケイジさん。さあ、行きましょう!」
「でも俺ほら、ステージ用の勝負服とかも欲しいし…」
「それならもう手配済みですよ、ついでに取りに行きましょう!」

せっかく食堂の朝定食提供時間帯に起きたのに、食べようと思う暇も与えることなく、ライムは強引にケイジを連れ出した。
こういうときのライムは、大抵説明が足りない。





午前中にもかかわらず、賭場は盛況だった。

治安がいい割に、酒場や賭場が明るいうちから賑わうというのは、一体この領地はどうなっているんだとケイジは思ったが、その理由はすぐにわかった。

「オイ!俺はM.C.PALADINEに20枚だ!」
「こっちも10枚!」
「明後日のシャーク刃-D.D戦、只今から受付開始でーす!」
「号外!号外!元・本戦参加者の最速下馬評だよ!」
「午前のチケットまだあります、押さないでください!押さないでください!」
「物を売るってレベルじゃねえぞ!」

明日正式公開のはずの、宮廷魔法師試験本戦のトーナメント表が大々的に張り出されている。

場内を飛び交う、本戦参加者の個人情報を細かに記した紙。


「対戦相手の対策を立てるためには、今日のここが一番なのです!」

「最初からそう言ってくれよ…」


賭場――ここは、宮廷魔法師試験で勝ち残るだろう選手に有り金を賭ける、トトカルチョの場だった。


「すげえな…こんな情報、集められるもんなのか」
「まあいくつか国家絡みのカラクリがありますけど―」

宮廷試験は、国費で言えば特別防衛費にあたる資金を稼ぐための、一大国営賭博の対象だった。
胴元こそ民営の企業各社または自治体による委員会運営であるものの、その利益の一定割合を国へ上納すれば開催の自由を保証されていた。

本来は本戦初日に開示される出場者同士のバトルの対戦表も、特定の情報元から賭場にリークされる。
当然これにも利権は絡むが、事実上この場所でのみ、市井の民でも有力選手の情報やマッチアップを開催前日に知ることができた。


―当然、出場者たちも事前情報を求める。

増して初出場のケイジとしては、この場に来る以上に有益な今日の過ごし方など無かった。


「…つまりお金を賭けるんじゃなくて…」

「勝負に賭けるために来たんですよ、ケイジさん!」


魔法戦は情報戦、ラップバトルも情報戦。
精神を削ぎ合う戦いである以上、相手を知ることは最優先事項だった。

「…俺の対戦相手とかもわかるの…?」
「勿論です、有力選手の情報はみんな貰っていきましょう!」

場がごった返していて、対戦表が見える場所までは遠いが、有力選手のステータス表はあちこちに立ち売りの人員がいた。

ケイジはこの世界の有名人を誰一人知らない。
対戦する相手かどうかに関係なく、一人でも多くの敵を知っておく必要があった。

「あっ、1部ください!あっ、あっ、こっちに1部!ください!あっ…」

ただし混雑も尋常ではない。
ケイジのヤワい肉体は売り子にも近づけず、人だかりの外に弾き出される。
わざとらしいTVドラマのように尻餅をつくケイジ。

―の、顔に、一枚の下馬評がパラリと降ってくる。

「あーあーこりゃ賭け不成立だぜー、徹夜で並んでイの一番に70枚も賭けたのになぁー」
「まあ最有力候補相手に、対戦者もどっかの素人だから」
「どうせ払い戻しだから、賭けとくだけ参加率上げになるかー」

賭けた対象のオッズが低すぎて消沈した人々の勝手な声。
ハズレ馬券を投げ捨てるように、ぺラッと放り投げられた選手紹介票だった。

この国にはいわゆる現代の写真技術はまだ無かったが、魔石の結晶を通して肖像を紙に転写したり、術者が見ている対象を自動筆記する技術は存在し、選手紹介票にもかなりの精度の本人肖像が描かれていた。

「はぁー、こんな若い子も出るのか…」

紙の中の、中学生くらいの少女の肖像とその個人情報。
この時点でのケイジは、この国の成人が15~16才であることを知らないし、エルフなど見た目によらない長寿種の存在も知らない。
が、予選で見た参加者の年齢層に比べ、明らかに若いということはわかる。

「超有名人ですよ、その方は」

人ごみを掻き分けて追い付いたライムが、ケイジの手を引いて起こしてくれる。

「今回初登場ながら25歳未満の最有力ランカー、フロウ・カマーズニイェル・ヨドミナイト、今年で15歳だと思いますよ。国内でも最も有名な魔法師の家系の嫡子で、次期当主候補でもあります。」

この国における一般の魔法師の社会的地位が低いとは言え、技術的、国防的な貢献度が高いごく一部の人間には官位や爵位が与えられ、権力を誇っている。

ヨドミナイト家はその中でも、国家の黎明期から続く名家であり、高度な魔法師を数多く輩出し、国政にも関与していた。

「フロウさんは、歴代の中でも魔法の才能が飛び抜けているそうで、幼い頃から魔法学の発展に数多くの功績をお持ちなんですよ。おそらく今回、成人を前に宮廷資格を取るつもりなのでしょう。」

ケイジはこの世界の魔法という言葉を「音楽」、否もはや「HIP HOP」だと思っているので、つまりは由緒正しいラッパーの家系なのだと理解していた。

ラッパーの子はラッパーになる。
我が子も立派なラッパーにできないで何がラッパーなものか。


「予選も、推薦でクリアする方法もあったのでしょうけど、家の力を誇示するために魔法対戦のみを手当たり次第組んで、全参加者中最速で勝ち抜けたそうです。一度だけ対戦を見たことがありますが、あまりに圧倒的で…私が相手だったら1戦で10回は失神させられているでしょうね」

「(1回失神したら終了なんじゃないの…?)」

権威を嫌い、それをひっくり返すのがHIP HOPだと考えるケイジは、しかしこの話には感心していた。

「すげえな…(ラップ)バトルに身分差は関係無いけど、強い奴が勝ち上がって地位を築くってのは文句はない。サラブレッドだろうと家柄が実力に繋がるなら、癪だけどそれも才能だしなぁ」

「それだけなら、若い才能を歓迎すべきで済むのですが――」

ライムは少し言葉を濁す。

「あまり良くない噂もありまして――
 負かした相手を無理やり自家の傘下に入れたり、従わない場合は家ごと取り潰して下僕にしたり、やりたい放題のワガママざかり、とも言われています。」

「あああー調子に乗ってる系のガキかぁ…中学生くらいでちやほやされちゃうとなりがちだよなぁ。大人がみんな言うこと聞くと思ってる世間知らずだわ確実に。自分が大人に踊らされてんのにな」
「ガキって、あっ、ちょっとケイジさん…」

別に調子に乗ったガキを恨むような覚えはケイジには無い。
お世話になっているライムの家に迷惑もかけたくないし、戦ってみたくはあるが、関わり合いにならないようにしようと思いつつ、中坊はやはり中坊だとケイジは侮る。

「周りの同年代がみんなガキに見えるとか言うよねそういう奴。お前もガキだと思われてるっつうの!ワハハ」
「ケイジさ―」


ドンッ、と背中に人とぶつかる感触があった。重くは無い。


「ああっと、すみません―」

振り向きざまにケイジが謝ると、そこに立っていたのはまるで手中の紙から飛び出してきたかのような、肖像と同じ顔の少女だった。

「あっ…えっ…?まさか―」

フロウ・カマーズニイェル・ヨドミナイト、本人だった。



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