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2章 RHYME

9. 見学の予選会場、混濁と野戦胎動

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◇◇◇
9. 見学の予選会場、混濁と野戦胎動


「この会場は本来は国軍の練兵場で、この試験期間だけ試験会場として一般公開されているんです。」

カッサネール家の領地に隣した国領の平原は、元は古い寺院の一部であり、今は闘技場として観客席に囲まれたグラウンドになっている。
ケイジの宿から歩いて12分というところだった。これなら予選最終日まで通うのも一つの策だ。


階段状になった観客席の人影はまばらだったが、試合場は本日出場しないものも含めて受験者でごった返していた。

その中央には、柔道のコートより少し広いくらいの競技コートが12面、線で区切られて設置されている。
そしてそのいずれにも、中に二名の受験者の姿があった。


対人戦闘――どのコートでもMCバトルが繰り広げられていた。


「(オイオイすげえな、全部フリースタイルMCバトルじゃん…
  ギター弾く奴とかいねえのか?)
 これって…他の演り方でやる人はいないの…?違う会場でやってるとか?」

「他のやり方…? いえ、これがスタンダードですが…。
 ――やはり、ケイジさんはこの国の魔法大系とは異なる術式を修めていらっしゃったのですね。」

ライムはこれで、昨日から訊ねるに訊ねられなかった疑問の答えを得た。

ケイジが昨日見せた異形の魔法。

それは到底この国で為される、どの魔法の術式とも異なっていた。その途轍もない発動速度と威力、ましてその系統はおそらく雷。


魔法実技はともかく魔法学科の主席であるライムが、およそ自国を含めた近隣諸国の魔法と比較しても亜型すら見いだせない特殊性は、間違いなく別の人種・別の言語・異なる文化圏で生成されたもの。―秘匿中の秘匿情報に違いなかった。


加えて、この国の文化への理解度の低さ、宮廷魔法師試験を受けるというのに試験内容に明るくない点。それらを踏まえると導かれる答えは一つ。


(――やはりこの人… この…お方は…。)


顔には出さないようにしていたつもりだが、ライムの動悸は外に鳴り響いてしまうのではないかと思われるほど胸中を暴れていた。

訊いても、よいのだろうか。

出会って二日目とは言え、壊れてしまうものはある。否、ここで訊かなければもう訊けない―。


「あ、あのっ!やっぱりケイジさんは――」

「そうか!やっぱりここはラップ王国だったんだ…!!」


ケイジはケイジでタイミング悪く確信していた。

宮廷楽士の選抜オーディションで出場者がみんなMCバトルを繰り広げている。

貴族の令嬢がラッパーを目指していたり、酒場でのいさかいをMCバトルで平定しようとしていたり、あらゆる点から見てもこれは

もうラップ文化が音楽業界を牽引している、HIP HOPキングダムとも呼ぶべき国だ。


ここまでたった二日目にして、全てのことが自分をラッパーにするために運ばれているとしか思えない。


――なる、俺は。俺はなる。―悪そうなラッパーに、俺はなる。


ライムの勇気は青空の水面の藻屑となった。



残念な潮が引いていったところで、目の前のコートでバトルが決着した。

ローブで顔を隠した小柄な男が、スキンヘッドの筋肉質な見た目ソルジャーを下していた。

柔よく剛を制す。小さい者が大きい者に打ち勝つ。
これこそがMCバトルの醍醐味だとケイジは感心する。


やはり昨日のいざこざ同様に、競技者が口にした内容に則して大きな「水流」と、それを跳ね返す「暴風」がコート内に現れていた。

実際には水の魔法と風の魔法の撃ち合いだったが、ケイジは音楽が可視化するほどの熱狂の所業くらいに捉えている。
観客を本当にアゲるというのはこういうことに違いない。


―ただ、昨日のように負けた方がその場に倒れているというわけではなかった。

敗者の足元に、ボウリングの玉のようなものが3つ転がっている。

「あのボールは?」

「この競技の勝利条件は、魔法だけで3つの魔石球を相手の陣地に押し込む、というものです。
 他にも相手の魔石をより早く破壊するとか、聖像を傷つけずにより多く自陣へ引き寄せるといった競技もありますよ。
 魔力が相手の身体に作用するような直接的な攻撃での戦闘は、危険なので本戦までありません。」

「そうなんだ…」

(――相手への接触は大抵のステージで減点だしな。「魔力」というのはアレか、「リリックの魔力」とかそういう感じのことか、おもしろい…。)

水流による石球の直接移動を、同じ水流や土堰で阻むのでなく風で逆流させるというのは、かなりの実力差がなければ不可能だった。
ケイジが小兵の活躍に目を見張る横で、ライムも同じ術師に驚嘆を込めて注目していた。


「よぉ兄ちゃん、本当に来ちまったんだなぁ、地獄へようこそだぜ、ええい?」


棒立ちの二人へ近づいてきた影が不意に話しかけてくる。

振り返ればそれは昨日の酒場前で会った酔っ払いだった。
観客席でもなくこの試技場にいるというのは、まさかこの人も出場者なのだろうか。
こういう人物こそ情報通だったりする。

昨日会っていきなりRPGの村人のように情報をくれたこの酔っ払いを、重要キャラだとケイジは認識する。

「あんたも出場するのか? そんなに酔っ払ってて大丈夫かよ…」

手には蒸留酒の瓶、足元はふらふらしているこの有様では到底この場に似つかわしくなかった。

「いやいやご冗談! あぁしはなぁ、見物だよ見物!
 こんな棺桶に頭から飛び込むようなとこに来る命知らずどもを肴に一杯やってるのさあ、ええい?」

「なんでつまみ出されないの…? 平和かここは」

「兄ちゃん今日が初めてだろ? こう言っちゃなんだが今からあと4日足らずで規定点数稼ぐなんて無理山アホ太郎だぜぇ、ええい?」

――無理山アホ太郎…?さくら(独唱)の奴か?みんな独唱だよアホ太郎が。
  …いやそれより、あと4日で期限の月末だったのか。
  推薦を貰っていなかったらいかに降りてきてる俺とて危なかったな…。

「ああ、俺はカッサネール家の推薦で予選を免除に―」

「しっ!しっ、ですよ!!」

慌ててライムがケイジの口を塞ぐが、もう遅い。

「へへえ~、予選免除の推薦枠を…!
 そりゃとんでもねえやな兄ちゃん!ええいめーん?」

瞬時に周囲が殺気立つ。
コートに向けられていた注目が一挙にケイジに集まる。
明らかに敵意とわかる、刺さるような視線。

迂闊に敵を作ってしまった。
残り4日でまだ戦っているギリギリの連中にとって、予選免除などというパワーワードは法を犯すに足る価値を持つものだった。


「本戦は予選とは全くの別世界だぜ。
 こんな酒飲んでられるお気楽な場所じゃあねえ、身体が粉々になって魂がしゃぶりつくされる無間地獄よぉ。
 ハッハー、まあ、精々遺産の配分でもしとくんだなぁ、そんなもんあるようにも見えねえけどな!ええいめーん!」


――酒はあんたしか飲んでねえよ。なんかもっとヒントっぽいこと言ってけよ…!


遺産などと呼べるものはおそらく持っていないに違いないが、浮浪者よろしき体たらくの酔っ払いに言われるのは少しムカッと来

たケイジだった。



◇◇◇

(第10話へ続く)
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