ラップが魔法の呪文詠唱になる世界に転生したおじさん、うっかり伝説級の魔法を量産してしまう

paper-tiger

文字の大きさ
上 下
9 / 57
2章 RHYME

8. 街中 ROOM TALK、足早 MOON WALK.

しおりを挟む
◇◇◇
8. 街中 ROOM TALK、足早 MOON WALK.


食堂を飛び出す他はなかった。


これから数日(?)滞在することになる宿の食堂。
初日から出入りが気まずくなるわけにはいかない。
小市民とはこういう小市民たる所業がゆえの身分。ケイジは自分の矮小さを悔やむ。

――悪そうなミュージシャンになろう。それしかない。


結局昨晩のことは何も分からないままだった。
宿には自分の足でたどり着いたのだろうか?

この街の地理は知らないから、宿の手配をライム(の使いの人?)がしてくれたのだとすると、案内してもらったのだろうか。泥酔した状態で担ぎ込まれるなどという惨事でなかったことを祈るが、それなら屋敷の客室に寝かされている方が自然だ、とケイジは冷静に推測する。

何がどうして、ライムと二人で街の宿屋で昼過ぎに目覚める事態になったのか。
(ライムが屋敷ではなく宿屋で寝る必要がどこかにあるだろうか…?)


ケイジは最悪の可能性には触れないように意識を他に向ける。



街並みは昨日初めて見たときの印象より、明るくて清潔だった。

一見、中世ヨーロッパのようだと思っていたが、当時は外に撒き散らしていたという糞尿も、ボロをまとった浮浪者や孤児も見あたらない。
福祉や下水設備などが整った裕福な町なのかもしれないが、少なくともケイジの前世の世界とは歴史の異なる世界のようだった。


町の中央の水路が通った広場まで来ると、立派な噴水まであった。
周囲は平地だし、生活に電気が使われている様子も無いので、高度な治水技術の賜物なのだろう。

ここまで来ると、昨日の歓楽街や反対側にライムの屋敷が見えた。

つまりこのあたり一体がカッサネール家とやらの領地ということだった。
面積だけで言えば、王都全体の実に1/5を占めていた。


そしてそれは、ライムに何かあったとき(何かしたとき)にはこの街全てが敵になるということだ。
火薬庫を連れて歩いているということを、ケイジはまだ自覚できていなかった。


「試験の予選を見に行きませんか?ケイジさん!」


結局、説得の末「師匠」呼ばわりだけは勘弁してもらった。

弟子というよりマネージャーのようなポジションで、宮廷試験の間はケイジと行動を共にすることになった。
何を学び取るかはライムの自由というわけだ。

昨日ようやくMCバトル初陣を果たしたばかりのケイジには、到底他人にラップを教える自信など無かったし、魔法士官学校で学科試験主席のライムには、1の魔法を見て10の魔法を読み解く能力があった。


ラップと魔法。相互誤解を深めたまま、二人三脚の紐を結んだ状態だった。


「え、予選ってもう今日やるの…?」

「今日というか、先月から始まっていて、今月末まで続きます。
 受験者は二ヶ月間で、様々に設定された課題を自由に選んで取り組み、期間内に一定の点数を獲得すれば予選通過です。」


宮廷試験を勝ち抜くという目標で、双方の理解は違えど利害が一致しているので、そのための情報集めが当面の目的となる。
予選免除の推薦状があるとは言え、出場者を研究し対策を立てるのは当然のことだ。

「課題を選んで…期間内に…?一度ステージに立ったらそれで終わりじゃなくて?」

「ルール違反以外、減点は原則ありませんので、期間内なら複数の課題に取り組んで点数を合算できます。
 一度の試技じゃそうそう実力は測れませんから。本戦も似たような形式ですよ。」


「(―グッド!一発勝負じゃないなら、俺の場数の少なさもカバーできるぞ…!)
 課題って、決まった曲をやるとか、イベントに何人以上集めるとか、CDの売り上げ額とか、そういうこと?」

「??? ―ええと、一番多いのは対人戦闘ですね。もっとも点数の獲得効率が高いですから」

「(対人戦闘―やはりMCバトルが人気なのか…)本戦でもバトルは多いの?」

「そうですね。本戦では特にトーナメント戦も含まれますので。」

「(好都合だ! ヴァイオリンを弾けとか、オペラを歌えとかいうような全く専門外ジャンルでの戦いだったらどうしようかと思ったぜ…。)」



「まあダンジョンを攻略して特定条件をクリアするという課題なんかもありますけど、他の受験者を見学するにはちょっと―」

「“ダンジョン”!? この世界にも“ダンジョン”があるのか!?」

「えっ…!? あの、あ、はい、もちろん壁外ですが―」

急に肩を掴まれてライムは少しドギマギする。


“MCバトルダンジョン”――。
―それはMCバトルを一大エンターテインメントに昇華した、ラップ界最大にして最高の人気を誇るTV番組。
日々バトルを繰り広げる全MCたちの憧れのステージであり、遥かなる高み。
後藤啓治のラップ技術は、ほとんどこの番組の録画ビデオから得たといっても過言ではない。


「やっぱり“モンスター”とバトルして勝ち抜くの!?」

「は、はい、倒せば試験の点数以外に獲得物もあるので―」

「(賞金か…!)強い“モンスター”ほどたくさんもらえたり!?」

「で、でも本当に強いモンスターほどめったに会えませんから、未知の部分が多くて結構危険で―」

「だ、だよねー(確かに、いきなり“ダンジョン”のステージは早い。もう少しこの世界に慣れてからでなくては…。)」


ケイジはバトル経験の少なさを誤魔化すように自分に言い聞かせる。
ライムの言うモンスターが、有名ラッパーを指すのではないということをケイジが知るのは随分先の話だった。


――しかし確信は得た。

  この世界ではやはりラップに厚い支持があり、宮廷オーディションもMCバトルで勝ち抜くことができる。
  この世界で自分はラッパーとして民衆をアゲていく運命なのだ。


ラップ神はなおもケイジの頭上を飛び続けている。


「よし、予選の様子を見に行こうじゃないか!」

「はいっ!」


昨夜のことは、まあいいか、というテンションになっていた。



…まさかそれがあんなことになろうとは、ケイジも想像していなかった。


◇◇◇
(第9話へ続く)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!

やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり 目覚めると20歳無職だった主人公。 転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。 ”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。 これではまともな生活ができない。 ――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう! こうして彼の転生生活が幕を開けた。

異世界は流されるままに

椎井瑛弥
ファンタジー
 貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。  日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。  しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。  これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。

元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜

ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。 社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。 せめて「男」になって死にたかった…… そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった! もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

処理中です...