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第十二話 シエルという名のスケルトン
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気が抜けたような、それでいて隙らしい隙がないスケルトン。あの時のような赤いスケルトンではない、普通の白骨死体。だが、雰囲気がまるで違った。纏う空気が歴戦のそれだった。
「……ッ」
滲み寄ろうとし、焦りから石畳と靴の間の小石がジャリ、と音を立てた。
「……?」
夜空を見上げていたスケルトンは音に反応し、此方に視線を向け、こてんと首を傾げた。その姿が骨ではなく肉体が備わっていたらきっと美少女のようだっただろう。だが悲しいことに相手は骨だし、骨だからこそ、その仕草は恐怖でしかなかった。
最近では見慣れて何も感じなくなっていた動く骨に対して久しぶりに……いや、初めてのような、恐怖を抱いた。
「あっ……、く……!」
「……」
声なんて出せないはずのスケルトンの無言が妙な違和感となり、恐怖が加速していく。
ふと、スケルトンが歩き出した。体は前を向いたまま、顔だけ此方を見て。揺れた上半身の重心が向かう側に傾き、速足になり、そして徐々に速度は上がり、駆け出す。凡そ人間らしさのない動きが背筋を冷やす。
駄目だ。無理だ。勝てない。戦えない。
「……ッ」
「ぁ、ぁああ!!」
振り上げた腕が当たる瞬間、咄嗟に頭を抱えてしゃがんだ。全くもって情けないが、それ以外の行動が出来なかった。
だが、それが幸運にも背負っていたリュックを引き裂いた。引き裂いたことは幸運ではない。助かるべきたった一つの道を、運を引き寄せた。
「これ、だ……!」
眼前に転がる赤い骨。そうだ、恐怖に支配されて忘れてしまっていたが、テイムだ……テイムが出来る。仲間にすれば、攻撃されることはない。味方になれば、これ程頼りになる味方はない!
「頼む……!」
使い方なんて分からない。ただ、骨を持って突き付けるだけだ。再び攻撃の為に腕を振り上げたスケルトンはまた首を傾げ、振り上げた腕を下ろして不思議そうに骨に触れた。
するとスケルトンが触れた部分から骨が赤い粒子となって分解されていく。粒子は渦巻くようにスケルトンを覆い、徐々に骨の中へと吸い込まれていく。やがて最後の一粒まで吸収された時、其処には先程と変わりないスケルトンが棒立ちしていた。
「……えっと」
「……? !?」
どうするべきか。悩んだ結果、声を掛けてみたらスケルトンが自分の手や体を見て慌てだした。まるで今、自分がスケルトンだと気付いたかのように。
目の前に居るのは確かにスケルトン。モンスターだ。けれど仕草が全くモンスターらしくなかった。人間って言われたら納得してしまえる程に、視線から、指先の動きから人間臭さを感じた。
「もしかしてだけど……記憶とか、ある?」
「……っ」
コクコク、と何度も頷く。やっぱり、今のスケルトンの意識はモンスターではなく人間のそれだった。
モンスターは瘴気から生まれる。その瘴気は元は死んだ人間が最期に放つ魔素が変異したものだ。つまりモンスターは人間から生まれると言っても過言ではない。ならば、そのモンスターが人間側に寄る可能性だって、無きにしも非ずと言えるんじゃないだろうか?
今漸く、僕はちゃんと目の前のスケルトンを見た気がする。彼女は死に、そしてスケルトンとして生まれ、僕と出会い、自分を取り戻したのだ。
他のモンスターがテイムされたら自我を取り戻すのかは分からない。試そうとも思わない。助ける為にするようなことではないし、僕は助かる為に彼女を自分のものにしたのだ。死んで安らかに眠り、意識を手放した彼女を、自分の都合で呼び覚ました。その責任が僕にはあった。
だから僕は彼女以外をテイムする機会があっても絶対にすることはない。しちゃいけない。生涯を彼女とだけ過ごすのが、僕が背負う責任だった。
「君、名前はあるの?」
「っ、っ……」
キョロキョロと周囲を見回し、そして木の傍に落ちていた枝を見つけて拾い、石畳のない土の部分に文字を書いた。日本語ではないが、ジッと見つめることでそれが読めた。
「シ……エ、ル。シエル?」
「っ! っ!」
顔を上げて名を呼んでやると手を叩いて喜んでいた。何だこの感情……骨だけなのに凄く可愛い……。さっきまで責任を感じていたのに今は愛情を感じてしまっている。我ながら屑だなぁ。
更に辺りを見回したシエルが一つの墓石を指差す。ダンジョンの入口にもなっている大きな墓石だ。どうやら、その墓石がシエルのお墓らしい。あの偉い人らしきお墓、シエルのお墓だったのか……。刻まれた年数も見えた。逆算すると……25歳。若いが、僕よりは年上のようだ。
「僕はナナヲだ。これからよろしくね」
「……、……」
僕の名を呼ぼうとしてくれているのだろう。口をパクパクと開くが、やはり声は出ない。それがかなりショックだったらしく、自分の喉骨に触れながらジッと地面を見つめている。
「いいんだ、君が話せなくても、何を言いたいのかは通じてる。きっとこれがテイムした事で発生した絆なんじゃないかな」
「……!」
「これからもっともっと、仲良くなれたなと思うんだけど、シエルはどう思う?」
手を取り、ジッと眼孔を見つめる。光の無い眼が僕を見返しているのを感じる。するとその瞳の奥の思いも、心を通して伝わってきた。
「……っ」
「……そうか、良かった。ありがとう」
「!」
「大丈夫、言っただろう? 気持ちは伝わるって」
死んでしまった事。生きたかった事。モンスターになってしまった事。それでも自我を取り戻せた事。そんな後悔と絶望と希望が混ざった感情が僕になだれ込んできた。それを全部受け止めて、そして僕は頷いた。
「これからもずっとずっと、よろしくね」
「……っ」
こくこく、と頷くシエル。良かった。僕自身、死ぬかもという思いはしたし、突発的なテイムとはなってしまったけれど、良い関係を築けそうな気がする。もしかしたら、シエルに会えた事で幸運を使い切ってしまったかもしれない。
なんて思えるくらいに、僕は彼女に出会えて良かったと、心からそう思えたのだ。
「……ッ」
滲み寄ろうとし、焦りから石畳と靴の間の小石がジャリ、と音を立てた。
「……?」
夜空を見上げていたスケルトンは音に反応し、此方に視線を向け、こてんと首を傾げた。その姿が骨ではなく肉体が備わっていたらきっと美少女のようだっただろう。だが悲しいことに相手は骨だし、骨だからこそ、その仕草は恐怖でしかなかった。
最近では見慣れて何も感じなくなっていた動く骨に対して久しぶりに……いや、初めてのような、恐怖を抱いた。
「あっ……、く……!」
「……」
声なんて出せないはずのスケルトンの無言が妙な違和感となり、恐怖が加速していく。
ふと、スケルトンが歩き出した。体は前を向いたまま、顔だけ此方を見て。揺れた上半身の重心が向かう側に傾き、速足になり、そして徐々に速度は上がり、駆け出す。凡そ人間らしさのない動きが背筋を冷やす。
駄目だ。無理だ。勝てない。戦えない。
「……ッ」
「ぁ、ぁああ!!」
振り上げた腕が当たる瞬間、咄嗟に頭を抱えてしゃがんだ。全くもって情けないが、それ以外の行動が出来なかった。
だが、それが幸運にも背負っていたリュックを引き裂いた。引き裂いたことは幸運ではない。助かるべきたった一つの道を、運を引き寄せた。
「これ、だ……!」
眼前に転がる赤い骨。そうだ、恐怖に支配されて忘れてしまっていたが、テイムだ……テイムが出来る。仲間にすれば、攻撃されることはない。味方になれば、これ程頼りになる味方はない!
「頼む……!」
使い方なんて分からない。ただ、骨を持って突き付けるだけだ。再び攻撃の為に腕を振り上げたスケルトンはまた首を傾げ、振り上げた腕を下ろして不思議そうに骨に触れた。
するとスケルトンが触れた部分から骨が赤い粒子となって分解されていく。粒子は渦巻くようにスケルトンを覆い、徐々に骨の中へと吸い込まれていく。やがて最後の一粒まで吸収された時、其処には先程と変わりないスケルトンが棒立ちしていた。
「……えっと」
「……? !?」
どうするべきか。悩んだ結果、声を掛けてみたらスケルトンが自分の手や体を見て慌てだした。まるで今、自分がスケルトンだと気付いたかのように。
目の前に居るのは確かにスケルトン。モンスターだ。けれど仕草が全くモンスターらしくなかった。人間って言われたら納得してしまえる程に、視線から、指先の動きから人間臭さを感じた。
「もしかしてだけど……記憶とか、ある?」
「……っ」
コクコク、と何度も頷く。やっぱり、今のスケルトンの意識はモンスターではなく人間のそれだった。
モンスターは瘴気から生まれる。その瘴気は元は死んだ人間が最期に放つ魔素が変異したものだ。つまりモンスターは人間から生まれると言っても過言ではない。ならば、そのモンスターが人間側に寄る可能性だって、無きにしも非ずと言えるんじゃないだろうか?
今漸く、僕はちゃんと目の前のスケルトンを見た気がする。彼女は死に、そしてスケルトンとして生まれ、僕と出会い、自分を取り戻したのだ。
他のモンスターがテイムされたら自我を取り戻すのかは分からない。試そうとも思わない。助ける為にするようなことではないし、僕は助かる為に彼女を自分のものにしたのだ。死んで安らかに眠り、意識を手放した彼女を、自分の都合で呼び覚ました。その責任が僕にはあった。
だから僕は彼女以外をテイムする機会があっても絶対にすることはない。しちゃいけない。生涯を彼女とだけ過ごすのが、僕が背負う責任だった。
「君、名前はあるの?」
「っ、っ……」
キョロキョロと周囲を見回し、そして木の傍に落ちていた枝を見つけて拾い、石畳のない土の部分に文字を書いた。日本語ではないが、ジッと見つめることでそれが読めた。
「シ……エ、ル。シエル?」
「っ! っ!」
顔を上げて名を呼んでやると手を叩いて喜んでいた。何だこの感情……骨だけなのに凄く可愛い……。さっきまで責任を感じていたのに今は愛情を感じてしまっている。我ながら屑だなぁ。
更に辺りを見回したシエルが一つの墓石を指差す。ダンジョンの入口にもなっている大きな墓石だ。どうやら、その墓石がシエルのお墓らしい。あの偉い人らしきお墓、シエルのお墓だったのか……。刻まれた年数も見えた。逆算すると……25歳。若いが、僕よりは年上のようだ。
「僕はナナヲだ。これからよろしくね」
「……、……」
僕の名を呼ぼうとしてくれているのだろう。口をパクパクと開くが、やはり声は出ない。それがかなりショックだったらしく、自分の喉骨に触れながらジッと地面を見つめている。
「いいんだ、君が話せなくても、何を言いたいのかは通じてる。きっとこれがテイムした事で発生した絆なんじゃないかな」
「……!」
「これからもっともっと、仲良くなれたなと思うんだけど、シエルはどう思う?」
手を取り、ジッと眼孔を見つめる。光の無い眼が僕を見返しているのを感じる。するとその瞳の奥の思いも、心を通して伝わってきた。
「……っ」
「……そうか、良かった。ありがとう」
「!」
「大丈夫、言っただろう? 気持ちは伝わるって」
死んでしまった事。生きたかった事。モンスターになってしまった事。それでも自我を取り戻せた事。そんな後悔と絶望と希望が混ざった感情が僕になだれ込んできた。それを全部受け止めて、そして僕は頷いた。
「これからもずっとずっと、よろしくね」
「……っ」
こくこく、と頷くシエル。良かった。僕自身、死ぬかもという思いはしたし、突発的なテイムとはなってしまったけれど、良い関係を築けそうな気がする。もしかしたら、シエルに会えた事で幸運を使い切ってしまったかもしれない。
なんて思えるくらいに、僕は彼女に出会えて良かったと、心からそう思えたのだ。
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