魔竜の鍛冶師 ~封印されていた溶鉱の魔竜と契約したら鍛冶師でありながら世界最強になってしまったけど、実はあんまり戦いたくない~

紙風船

文字の大きさ
上 下
14 / 30
出張鍛冶師編

第14話 スタンピード

しおりを挟む
 いつもと変わらない朝だった。歯を磨きながら見下ろす窓の下では朝日を照り返しながら小川が流れていき、町はゆっくりと目覚めていく。空に流れる雲は細く長く、きっとこのあと曇るんじゃないだろうかと思わせる様相だった。

 予想通り、午後になって青空よりも雲の敷地面積が多くなってきた頃、カンカンとけたたましく鐘を叩く甲高い音が町に鳴り響いた。

「全員手を止めろ。ジレッタ、火を消してくれ」

 親方の指示にピタリと仕事の手が止まり、炉から飛び出していた火の粉が鳴りを潜める。皆の間に緊張が走る。自然と弟子達全員で集まっていくのは不安の表れか……其処には漏れなく僕も居た。

 連続した鐘の音はこの王都エフェメラルへの危機を表す。即ち、敵の襲撃だ。

「お父さん!」

 工房にナーシェさんが駆け込んできた。親方の元に駆け寄った彼女は外で何があったか、早速情報を仕入れてきたようだ。話を聞き、腕を組んだ親方が暫く考え込み、そして僕達の元へやってきた。開かれた口から聞かされたのは、『モンスターの集団による暴走』だった。

「スタンピードが発生したらしい。誰かがモンスターの巣を突いたようだ……」
「となると、討伐隊が編成されるのですか?」

 兄弟子の質問に親方が頷く。

「冒険者か王国軍か、或いはその混成軍か。どちらにしても……侘助、お前は確実に招集命令が下るはずだ」
「でしょうね……」

 これまでは職安が僕を守ってくれていたが、その庇護下を抜けた今、国は僕を使いたくてしょうがないはずだ。貴族達にはジレッタに負かされた恨みもあるだろう。
 決して【翡翠の爪工房】が僕を守っていない訳ではない。彼等は異界人エクステンダーである僕にも気軽に接してくれるし、とても親切だ。しかしそれでも国相手に楯突くようなことは出来ない。彼等は違う形で僕を守ってくれている。技術という形でだ。

「お前に教えた技術があれば、失敗するようなことはない。スキルを遺憾なく発揮して驚かせて来い」
「分かりました!」
「侘助さん、出張鍛冶師は戦うのが目的ではないです。直すのが仕事です。危なくなったら、逃げてくださいね!」
「勿論です。僕は戦うの怖いので……」

 震えるふりをすると兄弟子達が笑ってくれた。お陰で緊迫した空気が少し緩まった。どんなモンスターがどれだけの数で襲ってきたかは分からないが、この国には多くの強者が住んでいる。心配することはきっとないはずだ。



 暫くして我らが工房に数名の兵士が尋ねてきた。その中には申し訳なさそうな顔をしたヒルダさんが居た。

「侘助殿……」
「お久しぶりです、ヒルダさん」
「このような事態になって、本当に申し訳なく思う。しかし、貴方の力を借りずにこの難局を越えることはできないと国からの命令が下ってしまった」

 そう言うヒルダさんの顔は本当に申し訳なさそうな、今にも膝を折ってしまいそうな悲痛な色に包まれていた。

「ヒルダさん、そんな顔しないでくださいよ。僕はこうして役立てる為に今まで授業を受け、ヒルダさんに剣術を習い、ヴァンダーさんや此方のボローラさんに鍛冶を習ったんです。余裕ですよ、これくらい」
「すまない、侘助殿……しかし私も、貴方が居てくれたらとても心強い。招集に応じてもらえるだろうか?」
「勿論。準備は出来てます。さぁ、行きましょう!」

 ヒルダさんは力強く頷いてくれる。僕は着替えと鍛冶道具を詰めたバッグを担ぎ、そして何かあった時の為に緋心を持ち、工房の外へ出た。

「親方、暫く休職します。戻ったらまた色々と教えてください」
「あぁ、気を付けてな。皆、お前の帰りを待っているぞ!」

 兄弟子達も口々に『行ってらっしゃい!』『頑張ってこい!』『待ってるからな!』と応援してくれる。本当に此処で働けて良かったと心から思う。

「行ってきます!」
「皆、ちゃんと自分達で火付けしなね」
「……ん?」

 ふと隣を見るとジレッタが工房に向かって手を振っていた。まるで自分も行きますみたいな顔をして。その様子に工房の皆も首を傾げていた。

「ジレッタ? お前は呼ばれてないよ?」
「呼ばれてなくてもついていくのが私だよ。さぁ、行くとしよう」
「いやいやいや」
「いやいやいやいや」

 出張鍛冶師は鍛冶師が出張するから出張鍛冶師なのだ。巷では凄腕の魔法使いだとしても冒険者登録もしていないジレッタに召集の命令は下らない。戦争でもあるまいし、国も魔竜を恐れてこんなつまらないスタンピード如きに魔竜を召喚するなんて馬鹿な真似はしないはずだ。

「ジレッタは工房の皆を助けてやってくれないか?」
「助けたい気持ちはなくもないがそれは出来ない」
「なんで」
「私はお前から一定以上離れたら死ぬ」

 その言葉に空気が凍り付いた。少しして鍛冶側からは口笛を鳴らし始めるが、兵士側は強張った表情のまま、沈黙が続いた。

「やるじゃねぇか侘助ー!」
「最初からおかしいとは思っていたが、そういうことか!」
「守ってやれよー!」

 兄弟子達は楽しそうに歓声を上げる。

「ジレッタ殿、それは契約上の理由ですか?」
「そうだよ。まったく面倒極まりない。王城内程度なら問題ないけど、町の外はギリかな。侘助がモンスターに攫われたとなると確実にやばいことになるね」
「お前、そういうことはもっと早く言えよ……!」
「適当に暮らす程度なら言う必要ないと思ってたんだよ。聞いたら心配しちゃうだろう?」

 ジレッタの心遣いはとても助かるが、この状況で言い出すのは悪手だった。主に鍛冶工房側の勘違いが酷くえぐい。ナーシェさんを含めた何人かは青褪めてるぞ。

「まぁそういうことだ。本なら持ってきている。すぐに出発しよう」
「お前なぁ……まぁ、そういう理由ならしゃあないか……」
「すまない、ジレッタ殿、侘助殿。陣地の安全は兵達が絶対に守る。装備の修復作業は任せるぞ」
「えぇ、新品同様に直します。行きましょう」

 とんでもない事実が発表され、とんでもない勘違いを生み出したが、無事(?)に僕達は工房を後にすることができた。向かうは王都の外だ。初めて出るが、その初めてがこんな形になるとは思っていなかった。

 何が起きるか分からないが、僕は僕の出来ることをするだけだ。きっちりしっかり仕事をして、怪我無く元気に帰るとしよう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜

むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。 幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。 そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。 故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。 自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。 だが、エアルは知らない。 ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。 遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。 これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!

椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。 しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。 身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。 そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

無能認定され王宮から追放された俺、実は竜の言葉が話せたのでSSS級最凶竜種に懐かれ、気がついたら【竜人王】になってました。

霞杏檎
ファンタジー
田舎の村から上京して王宮兵士となって1年半…… まだまだ新人だったレイクは自身がスキルもろくに発動できない『無能力者』だと周りから虐げられる日々を送っていた。 そんなある日、『スキルが発動しない無能はこの王宮から出て行け』と自身が働いていたイブニクル王国の王宮から解雇・追放されてしまった。 そして挙げ句の果てには、道中の森でゴブリンに襲われる程の不遇様。 だが、レイクの不運はまだ続く……なんと世界を破壊する力を持つ最強の竜種"破滅古竜"と出会ってしまったのである!! しかし、絶体絶命の状況下で不意に出た言葉がレイクの運命を大きく変えた。 ーーそれは《竜族語》 レイクが竜族語を話せると知った破滅古竜はレイクと友達になりたいと諭され、友達の印としてレイクに自身の持つ魔力とスキルを与える代わりにレイクの心臓を奪ってしまう。 こうしてレイクは"ヴィルヘリア"と名乗り美少女の姿へと変えた破滅古竜の眷属となったが、与えられた膨大なスキルの量に力を使いこなせずにいた。 それを見たヴィルヘリアは格好がつかないと自身が師匠代わりとなり、旅をしながらレイクを鍛え上げること決める。 一方で、破滅古竜の悪知恵に引っかかったイブニクル王国では国存続の危機が迫り始めていた…… これは"無能"と虐げられた主人公レイクと最強竜種ヴィルヘリアの師弟コンビによる竜種を統べ、レイクが『竜人王』になるまでを描いた物語である。 ※30話程で完結します。

処理中です...