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転職鍛冶師編

第12話 緋心

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 職安の権力が凄い。そろそろ恐怖になりつつある今日この頃だ。それは何故かというと、僕がジレッタに乗せられて生み出したファンタジック超合金『魔緋鉄ヒヒイロカネ』で作った刀は本当なら神剣……いや、神刀として国に納めるレベルのものだった。

 しかし此処である人物の介入でストップが掛かった。

「その刀は持ち主が居ます」

 職業安定所職員代表取締役(僕が来て4ヶ月目の頃に昇進しやがった)である吉田宗人だ。

 彼は職安の規約に記載されている『研修中の日本人が得た物、作成した物品の所有権は本人に帰属する』という文言の権利をフルに行使し、ヒヒイロカネの刀を僕の所有物として国に認めさせたのだった。

『であればもう一本作らせよう!』

 という貴族の声も当然あった。しかしながらジレッタはヒヒイロカネの配合量を公開せず、問い詰めだした貴族達が会議を開き、僕とジレッタを呼びつけたが、ジレッタが放った殺気で全員気絶させて強制的に会議を終わらせ、悠々と会議室から出ていってしまった。そして蘇った貴族達がジレッタを呼び出す事はもうなかった。

「本当はもう今の在庫じゃ作れないんだよね。あの倉庫には鉄、鋼、銀、魔鉄、魔銀、魔金と種類は豊富だった。他にも宝石類もあった。その中に一つだけ、石に包まれた賢者の石エーテライトが紛れていたんだ。それを使わなければヒヒイロカネは造れない」

 ファンタジーにファンタジーを重ねて煮詰めたような話だった。何故、エーテライトなるものが紛れ込んでいたかは分からない。手配ミスか、誰かの仕業か、はたまた完全な偶然か。賢者の石を使ったにも関わらず、今現在もお叱りの言葉一つ、暗殺者の1人も寄越さないということは、結局のところ放置されているということでいいだろう。ということになっている。

 ヒヒイロカネの刀は無事に僕の手元に戻ってきた。刀身しかないので鍔や柄、鞘を拵えないといけないのだが、その辺りは鍛冶仕事中に習いはした。むしろそっちの方がに力を入れていたと言っても過言だ。なにせ鍛冶仕事はスキルで事足りる。目を養うことと、作業を学び、想像力を養うことの中にはこうした鍛冶後の仕上げの作業も肝心だった。

 しかし実際に日本刀を触ったことはない。ドラマとか映画でしか見た事がなかった僕は、暫くの間は鍔や柄を作る作業に没頭した。

 金属製の鍔や留め金は鍛冶でどうにかなるが、柄の部分が難しかった。金属にはめっぽう強い《鍛冶一如》も、木相手には手も足も出なかった。一長一短とはいえ、助かりまくってるからあまり文句を言ってヘソを曲げられては敵わない。最高の鍛冶が出来るのと同じくらい、他の作業も上手にこなせるようにならなければならなかった。

 ジレッタが倉庫から持ってきた木材や革を使って試行錯誤を繰り返す。失敗に失敗を重ね、その積み重なった結果、最高の武器が出来上がった。

「出来たね。侘助の武器」

 手にした刀を見て、ほぅと息を吐いた。刃の出来があまりにも良かったから、それに見合う刀装具が自分では作れないと思っていた。どう工夫すればこの刃の魅力にマッチするだろうか……そんなことばかり考えながら必死に作業を繰り返し、この『緋心ひごころ』は完成した。

 当初は図書館での学びの為にと、残した1ヶ月の使い方を考えていたのに気付けば出立の日程まであと3日しかないという馬鹿のスケジュールになっていた。それもこれも鍛冶場へ僕を誘ったジレッタが全部悪い。あれさえなければ僕は他にも術式を覚えられていたはずだ。

 しかし悪いことはそれくらいで、あとは思い返せば素晴らしい日々が凝縮されていた。作業自体は地味だったかもしれないが、確実に僕の経験値になっているし、その結果を今、ちゃんと手にしている。

「鍛冶場、行って良かったでしょ?」
「……賢者の石もお前の仕込みだな、さては」
「はて、何の事やら?」

 こうしてまんまと魔竜の手の平の上で踊らされた鍛冶師は折れず、曲がらず、万物を断つ世界最強の剣を生み出してしまったのだった。


  ◇   ◇   ◇   ◇


 歴史を習い、法律を習い、剣術を習い、鍛冶を習い。術式を少し学び、残りの時間を刀造り使い、あっという間に転移から半年が経過した。

 今日は宿舎から退去し、城を巣立つ日である。

「手荷物は?」
「兵士の皆さんが全部運んでくれたから、これだけだ」

 宗人に尋ねられ、左手に持った緋心を見せる。赤い塗料に塗られた鞘に収まった緋心は先程、僕の手に戻ってきた。『最後に調べさせてくれ!』と懇願する親方を断れるはずはなく、ヒヒイロカネに傷がつくような心配もしていなかったので快く預けたところ、今日まで帰ってこなかった。

「別れは?」
「お前が最後。もうヒルダさんにも親方にも、他の皆にも挨拶は済ませたよ」
「そうか。まぁ、今生の別れじゃない……とは言い切れない世界だ。俺はいつでも城に居るから、登城した時は顔くらい見せてくれよ」
「あぁ、勿論だとも」

 プライベートモードの宗人はラフな格好で、ラフな口調でそう言ってくれた。正直、此奴のオンオフははっきりしすぎてビジネスモードで心情を汲むのは大変だった。言いたくても言えないことを言葉の裏に隠す宗人から、この世界の人間の言葉から真意を見出すことの大変さを学んだ気がする。

 しかし、だからこそ、こうしてプライベートモードの宗人は真正面からぶつかってくれる。裏も表もあるけれど、裏表のない言葉がとても心地良かった。宗人がどう思っているかは分からないけれど、僕は親友だと、そう言い切れるくらいには彼を信用し、信頼していた。

「侘助」

 城の外でジレッタが呼ぶ。

「そろそろ行くよ」
「達者でな」
「あぁ。……今更だけど、最初に会えたのがお前で良かったよ」

 照れ臭いけれど、そういう言葉は伝えないと後悔する世界だから、言ってやった。この年になってこんな小恥ずかしいことを言わされるとは、やはり転移なんて最低だ。

 素直に言うことは出来ても、素直になりきれない僕は宗人からの返事を待たずに踵を返す。そして数歩進んだところで背中に宗人の言葉が投げかけられた。

「こんな世界だけれど、お前が来てくれて良かったよ! また会おう、必ず!」

 僕もそうだが、宗人もだいぶ恥ずかしいことを言ってくれる。彼にもまた色々あったのだろう。だからこそ、返事を返してくれた。

 その素直で真っ直ぐな言葉に涙腺を刺激された僕は振り向けず、挙げた右手を振って見せることくらいしか出来なかった。
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