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山岳都市ケインゴルスク篇

第74話 蘇った灰雪の王竜

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 『天装錬化』を使い、特性のみを移し替える。元々指輪に残っていた『魔力上昇』のみが残った指輪を指に嵌め、左手に持っていたままの灰雪の魔剣サンドリヨンの剣先を何もない場所へと向ける。

「まずは白竜と話をしたい。いざという時は頼むよ」
「うん、任せて~」 

 ベラトリクスに頷き、魔力を剣へと込めていく。指輪を嵌めたことで練り上げられる魔力が増え、必要量まで貯めるのに時間は掛からなかった。

「白竜召喚」

 言葉にしてしっかりと力を行使すると、刃が白く輝き始める。その輝きは剣の根元から剣先へと凝縮されるように集まっていき、一点に集まった光は粒となり、パァッと強い光を放ちながら散開する。

「指輪の時とは召喚過程が違う……」

 ベラトリクスの言葉を聞き、やはり白竜召喚はサンドリヨンから引き剥がすべきではなかったと改めて思う。魔剣に備わった特性というのは、やはり魔剣を構成する大切な要素なのだ。プリマヴィスタもそうだし、サンドリヨンもそうだし、今後出会う魔剣もきっとそうなのだ。完璧なバランスで特性が組み上がった剣……それが、魔剣なのだ。

 広がった光の粒子は互いに結びつき合い、線となり、やがて魔法陣となった。大小様々な大きさの円が構成され、それを大きな1つの円が囲う。いくつもの魔法陣が、この大きな魔法陣の一部だなんて……。

 剣先で広がった魔法陣が再び強く光る。

 そして、その光の中から巨大な白竜が……。

「や、やばい、建物が!」
「うわわわわ……!」

 まだ出現途中の白竜が首を動かし、俺を見た。俺は慌てて何も言えなかったが、その目は知性と理性が存在する眼差しだった。白竜はそのまま周囲を見回すと静かに目を閉じる。

 魔法陣とは別の光が白竜を包む。すると白竜のサイズが見る見るうちに小さくなっていった。場所に合わせてサイズを小さくしてくれたのか……助かった……。

 と思ったのだが、どうやら違うらしい。白竜を包む光は、白竜を完全に覆って光の塊となる。その塊はゆっくりと形を変え、俺やベラトリクスと同じくらいの大きさになった。

 というか、人型へと変化した。

「これで問題ないだろうか?」

 真っ白な光の塊であんまり分からなかったが、顔と思われる部分が俺をジッと見ているような気がしたので、ぶんぶんと首を縦に振る。白竜は放っていた光を納めていく。その中から現れたのは白銀の髪を肩で揃えた長身の女性だった。身に纏う衣服は白と青で配色されたドレスで、その上から金色の鎧を身に付けていた。その荘厳さは何処か、氷凍蒼宮を思わせた。

「ふむ。何だか久しぶりの外界のような気がするし、何度も召喚されたような気もする。記憶が曖昧だ」
「それに関しては俺が原因です」
「聞こうか」

 竜と言葉を交わすのは初めてだった。それなりに緊張したし、俺の錬装術が引き起こした問題ということもあって負い目もあった。だが白竜……サンドリヨンは静かに俺の話を聞き、何度か質問をしてくれた。答えられる範囲でそれに答え、全ての話が終わる頃にはすっかり日が暮れていた。



「……ふぅ。流石に話し疲れた。こんなに話したのはハロルド以来だ」

 あらかた話し終えたサンドリヨンは、話の途中で職員が持ってきたお茶を飲み、一息をついた。すっかり冷めてしまったお茶を飲み干した俺は、まだ本当に話さなきゃいけないことを話していなかった。

「それでサンドリヨン。貴女にどうしても聞かなきゃいけないことがあるんだ」
「聞こう」
「貴女はこれからどうしたい?」
「どう、とは?」

 色々だ。俺はサンドリヨンと共にダンジョン攻略をしたい。非常に魅力的な戦力だし、こうして話して大体の性格は分かったつもりでいる。
 ベラトリクスは傍に置きたがっている。竜関係のものを、そして母に害になりそうなものを監視したいのだ。
 そしてサンドリヨンは生前、オルディミアースの眠るあの崖上で眠り続けることを望んでいた。知らなかったとはいえ、それを邪魔したのは俺だ。旅をしたいという我儘もあるが、サンドリヨンが望むのなら、俺は再びあの場所に魔剣を突き立てるだろう。

「そうだな……あの時はずっとこの地で眠り続けることを望んでいた。だがこうして動ける身となった今では、生前は叶わなかった夢をみたくなった」
「夢?」
「あぁ、夢だ。私は世界を見たい。この山だけで生を終えるつもりだった。そも、私はこの山に縛られている身だった」

 聞けば、竜という生き物は生まれた場所でしか生きられない生き物なのだとか。ベラトリクスの端親が、襲われて怪我をしてもその場を離れられないのはそういう理由があったのだろう。
 一度、寿命を迎えて死に、地装錬化によって魂石から魔剣へと生まれ変わったサンドリヨンは、生前の姿にもなれるが竜ではない。彼女は剣なのだ。

「剣の身として移動するのも良い。役立たずだった翼で空を飛ぶのも良いだろう。私は今まで目にしたことのない物を見たい。感じたい。人伝に聞いた知識ではなく、自らの意志と体で何かを得たいんだ」
「それはつまり、この山を離れるってこと……ですか?」
「あぁ、そのつもりだ」

 おずおずと尋ねるベラトリクスにサンドリヨンは首肯する。サンドリヨンが夢を叶えるということは、ベラトリクスの望みは叶わないということだった。それを改めて突き付けられたベラトリクスは一瞬、悲しみの色を視線に滲ませた。それを見逃すサンドリヨンではなかった。

「最終的に、私はこの地に帰ってくるだろう。世界を見たい気持ちはあるが、結局は生まれ故郷というのは切っても切れないものだ」

 そっと手を伸ばしたサンドリヨンがベラトリクスの頭を撫でた。端から見れば、親子のようにも見えた。全然似てないが。

「それにこの地を離れる前にお前の母親の治療もするつもりだ」
「えっ!? ほ、本当に!?」
「あぁ。これも知識の中だけだが、かつて竜の治療をした人間の話を聞いたことがある。恐らく、私でも可能だろう。いや、私ならもっと手早く済ませることも可能だろうな」

 それを聞いたベラトリクスは信じられないという顔で呆然としていたが、やがてポロポロと涙を流し始めた。決壊した涙腺はすぐに滝となり、傍にいたサンドリヨンに顔を埋める。一瞬戸惑ったサンドリヨンではあったが、そっと抱き締めていた。

 俺はそれを眺めながら、もらい泣きしそうになるのをグッと堪えているのだった。
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