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山岳都市ケインゴルスク篇

第73話 白竜召喚を取り戻せ

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 ギルド内は中途半端な時間ということもあって人はまばらだった。カウンターを見回したがベラトリクスの姿は見えない。こっちは忙しくないから別の仕事をさせられているのだろう。

「すみません」
「はい。あ、ウォルター様。どうされましたか?」

 そういえば着の身着のままで来てしまったからいつも頭を隠すフードを身に付けてなかった。いやもう意味ないか……『二色にしき』を隠したところでメリットは今まで特になかった。結局、俺がまだ慣れなくて恥ずかしかっただけだし。

「えと、ベラトリクスに至急面会をしたいのですが」
「少々お待ちください」

 俺の必死さが伝わったのか、断られることなく職員が奥へと引っ込んだ。数分後、職員が顔を見せる。束ねた書類を抱えながら、戻ってきた職員は目が合うと一礼して俺を呼ぶ。

「ウォルター様、此方へどうぞ」
「ありがとうございます」

 案内された先はギルドマスターが使う事務室だ。両開きの扉を開けた向こうで、革張りの椅子に座り、磨かれた艶のある机に足を乗せてだらしない姿をしたベラトリクスが呑気に果物を食べていた。

「えっ、あっ!」
「マスター、まだ仕事中です」
「違う、これは休憩してて」
「仕事が終わってから休憩してください。これは没収です」
「あぁっ……」

 食べかけの果物は職員に奪われ、代わりに持っていた書類を机の真ん中に置く。えぐい光景だった。これが上に立つ者の責務か……。

「それとウォルター様から御用があるとのことです。緊急のようですが……」
「あぁ、はい。そうなんだ。急ではあるがベラトリクスに大事な用事があって」
「いいよいいよ! 大事な用事ならそっちが優先!」
「では、よろしくお願いいたします」

 ここぞとばかりに身を乗り出したベラトリクスが書類を脇に寄せ、満面の笑みで俺を見る。助け船だとでも思っていそうだ。職員さんは一礼してさっさと部屋を出ていく。なんというか、ちょっと怖い人だったな……。

「大丈夫だ。ベラトリクスの魔道具に用事があるだけだから、ベラトリクスは仕事してていいよ」
「へ?」
「『白竜召喚』の魔道具を貸してくれ。白竜に用事があるんだ」
「そんな、貸すと思ってるの?」

 当てが外れて不機嫌そうな顔をしているが、それでも俺は白竜に会わなくちゃならない。

「大事な、用事なんだ」
「……」
「頼むよ」

 しかしベラトリクスは首を横に振った。

「悪いけど、貸せない」
「ベラトリクス」
「理由があるんだよ!」

 必死な俺に対してベラトリクスは悲痛ともいえる顔でジッと指輪を見つめていた。右手の人差し指に嵌められた指輪。それは俺が『白竜召喚』の特性を移した指輪だった。それを左手で覆うように隠すベラトリクス。まるで何かから指輪を守るかのようにぎゅっとそれを握り締める。

「……心配させると思ったから皆には説明してなかったけれどね」
「うん」
「白竜の状態が安定してないの。ボーっとしたり、かと思ったら急に暴れ出したり。ふと我に返って会話をする時もあるんだ。私なら抑えられるけれど、他の人には危なくて貸せない」
「そうか……やっぱりな」

 ベラトリクスの説明から、多少危惧していた状況が現実のものとなっていた。灰雪の王竜サンドリヨンの魂石から作り出した魔剣から、サンドリヨンそのものを引き剥がしてしまうとどうなるか?
 俺の予想は『暴走』だった。体から無理矢理、魂のようなものを引き剥がされたらそうもなるというものだ。

 そうした俺の見解からの呟きを、ベラトリクスは聞き逃さなかった。

「やっぱりって、どういうこと? ウォルター、何か知ってるの!?」

 机を乗り越え、身を乗り出したベラトリクスが俺の胸倉を掴む。

「落ち着けって、今説明する!」

 無理に引き剥がそうものなら服ごと持っていかれそうな握力だったので、俺はその状態のまま、地装錬化から得た魔剣サンドリヨンの情報を話した。魔剣サンドリヨンは竜の魂石から作られていること。そのサンドリヨンを特性として定着させた『白竜召喚』を引き剥がしたことで、サンドリヨンの情緒が不安定になっていること。サンドリヨンがケインゴルスクの象徴、大地の王竜オルディミアースの眠る山で眠るのが願いだったこと。

 それを、俺が全部台無しにしてしまったこと。

「白竜召喚を魔剣に戻せばサンドリヨンは安定する。そして剣はあの台地に眠らせたいんだ」
「……そういうことなら、私はこの指輪をウォルターに返すよ」
「ありがとう、ベラトリクス」

 右手から外した指輪を受け取る。ベラトリクスは先程と同じように、しかし柔らかい表情で首を横に振った。

「いいんだよ。竜の意志を尊重するのが、竜の娘である私の心だよ~」
「ありがとう、ベラトリクス」
「ただしあの時も言ったけど、お母さんに仇なすのであれば回収するからね」

 俺は剣を左手に、指輪を右手に持ち替えて頷く。

「あぁ、それはちゃんと守るよ」
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