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山岳都市ケインゴルスク篇

第72話 地装錬化が見せたもの

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 そんなこんなで、あの反徒一掃から1ヶ月が経過した。

 町はすっかり元通りになり、初めて来た頃のような活気を取り戻している。此処最近は何処かの旅の演奏団が寄っているのか、何処か不思議な音楽も聞こえてきて何とも言えない風情が漂っていた。どんな楽器なのか、詳しくないので音を聴いただけでは判別がつかないからこそ、情景というか、想像力が働いていくのを感じる。

 そんな思考は錬装にも作用し、最近は魔道具関連の錬装が増えていた。俺の魔力問題を解決する為の物は勿論、ちょっとした作業を楽にさせてくれるような、生活に役立つ物も作るようになっていた。

「さてと……そろそろやらないとな」

 今日は休日。ダンジョン探索はお休みだ。俺もチトセさんもヴィンセントも自由に過ごす日ということで、俺は宿に借りた自室に引き籠っている。最近は殆どダンジョンも攻略しきって、そろそろ出発の準備もしようという話になっていた。それに備えて、俺はやらなければならないことがあった。

 そう、灰雪ノ剣サンドリヨンに隠されている錬装術師だけが知れる特性、『地装錬化』の確認だ。

 バタバタしていたのもあって放置していたが、これを確認しないことには先へと進めない。やらなければならないことなのだ。

「また酷い頭痛があるのかもしれないと思って攻略中はできなかったが……今なら大丈夫だろう」

 俺は今、宿でベッドに仰向けで寝ている。隣にはサンドリヨンも寝ている。魔剣と一緒にベッドで寝る日が来るとは思わなかった。だがこうして横になっていれば、たとえ気絶したとしても床に転がったり机に突っ伏してるよりもいくらかましだろう。

「よし……」

 剣に触れ、『地装錬化』を発動させる。

「ぐっ……う、がぁぁああ……っ!」

 途端に襲ってくる激しい頭痛。分かっていることではあったが耐え難い。いや、耐える必要はなかった。あっさりと意識を手放してしまえば楽になれる……。

 頭痛は止まない。だが俺は意識を手放すことでそれに対応する。


  □   □   □   □


「いいのか?」
『あぁ……』
「しかし……」
『私が良いと、言っているんだ。寿命を迎えた後の私を……私の魂石を扱えるのはお前だけなのだから』
「……。はぁ、そうだな。お前が良いと言ってるんだ。なら、私はそうするべきなのだろう」
『一つだけ、頼みがある』
「聞こう」
『剣となった私を、あの山の……オルディミアースの傍で眠らせてくれないか?』
「分かった。必ず」
『……』
「……」
『頼んだぞ……我が生涯の友、錬装術師ハロルド・ルインデルワルド。短い間ではあったが、充実した毎日だった』
「安らかに眠れ。我が盟友、灰雪の王竜サンドリヨン。お前と過ごす日々は感動の連続だった」


  □   □   □   □


 静かに瞼を開く。あれ程酷かった頭痛は嘘のように一切なく、ただ後遺症のように見慣れたはずの天井が歪んで見えていた。

「違う……これは、泣いているのか?」

 起き上がった俺の頬を涙が伝った。あの夢を見て、感情が刺激されていたようだ。ハロルドの記憶が、知識が、俺の頭の中へと流れ込んでくる。



 遥か昔、ハロルドは白竜の王サンドリヨンと共に過ごしている時期があった。彼がサンドリヨンに出会ったのは偶然も偶然。未知の素材を求めてアルルケイン山脈を彷徨い、吹雪の中で道を見失ったハロルドは偶々サンドリヨンの巣穴へと入ってしまった。

 サンドリヨンはまもなく寿命を迎えようとしていた。長く生きた白竜は洞穴の奥でじっと最期の時を待っていた。其処へ舞い込んだのがハロルドだった。襲う気力も追い返す気力もなかったサンドリヨンは凍えるハロルドを自分の懐へと招いた。ハロルドは不思議と恐怖はなかった。それに従い、寄り添い合う。

 暫くして互いの事を話し始めた。長く生きたサンドリヨンの知識はハロルドの知識欲を満たしていく。サンドリヨンはこれまで知らなかった人間目線の出来事を知れて、彼女もまた知識欲を刺激された。いつしか寿命も忘れ、探索も忘れて互いの意見を交わしたり、実験したりと研究の日々が始まった。

 しかしそれも長くは続かなかった。ハロルドとの会話は確かに寿命を忘れさせてくれた。しかしそれは寿命が伸びたという訳ではなかった。サンドリヨンは死期を悟り、死後残る自身の魂石をハロルドへと託すことにした。

 大気の気を感じ、取り込み、循環させることで得る天の錬装。それは空と雲を交ぜるような、渾然一体の錬装術。天装錬化。

 その対の気、大地の気を取り込み、行う地の錬装。それは世界に生きる者の魂を扱う千変万化の錬装術。地装錬化。

 サンドリヨンと過ごして身に付けた大地の力を使った錬装術がサンドリヨンの魂石をハロルドの持つ剣に錬装し、こうして『灰雪ノ剣サンドリヨン』が生まれた。

 魔剣サンドリヨンはケインゴルスクの象徴とも言える巨竜の化石、大地の王竜オルディミアースの眠る山の山頂に突き立てられた。

 遥かな時の流れを生きたサンドリヨンは、かつて愛した竜の傍で眠ることになったのだった。

「その眠りを妨げたのが、僕か……」

 知らなかったとはいえ、引き離す事になってしまったのは申し訳なく思う。白竜召喚……一度も使ったことがなかったが、これは恐らくサンドリヨン本体を呼び出す特性だったのだろう。

「これは流石にちゃんと謝った方がいいな」

 俺がサンドリヨンの立場だったら怒り狂うだろう。オルディミアースからも、ハロルドの剣からも引き離されたのだから、文字通り引き裂かれるような思いのはずだ。

 居ても立ってもいられなかった俺はサンドリヨンを片手に、ギルドに居るはずのベラトリクスの元へと走った。
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